10話 逃げる居候
更新、間が空いて申し訳ないです。
なんか前話の、いきなりバトル回と思わせてバトルじゃありませんでした!という展開だけで満足してしまった気がします。
「はじめに、ルールの説明をさせていただきます」
お姉さんが合図を送ると、舞台裏から文字が書かれた大きなボードが運び込まれる。
1.フィールドは中央広場から南、東大通と外壁の内側に位置する全屋外
2.追跡者はイベント本部で用意した赤のペイント武器を使用すること
3.逃亡者が着用するジャケットに一定量の塗料が付着した場合のみ攻撃は有効となる
4.追跡者はペイント武器を失った時点で失格
5.有効打を受けた逃亡者、有効打を与えた追跡者はその時点でゲームから離脱扱いとなる
6.ペイント武器以外の道具の使用は禁止
7.制限時間は夕刻の鐘が鳴るまで
「ルールは以上7項目となります」
ルールの書かれたものの隣のボードを見ると大きな地図が貼られており、フィールドに指定されたエリアが色分けされている。
ここビオテースは、大雑把に言うと角を丸くした長方形のような形をしている。そのほぼ中心にあるのがこの中央広場であり、そこから東西南北に大通りが伸びている。色分けされているエリアは時計でいうと3時から6時の間にあたる。このエリアは他のエリアに比べて建物が密集しており、また道が入り組んでいる。
つまり<立体軌道>のパフォーマンスには一番向いているエリアということだな。
「勝利判定はこちらで用意した、ペイント武器によって行います」
『おーーーー……』
観客に見えるようにステージ上に並べられた、スポンジ状の刀身を持つ様々な形状の武器。
「赤いペイント武器が参加者の皆様に配布されるもので、これには特殊な塗料が使用されています。逃亡者の2名に着用していただくジャケットへ一定量以上付着すると、その時に使用したペイント武器とジャケットの両方が発光します」
スタッフによって用意された的に向かってお姉さんがペイント武器を振るうと、当たった場所に鮮やかな赤い痕が残る。と同時に、ジャケットの胸元とペイント武器が想像以上に強く発光した。
それを見てざわめくギャラリー。
「参加者の方は、発光したペイント武器を本部に持参することで、勝利となります。また、すでにジャケットが発光している逃亡者に対しては、その後の攻撃は無効となります」
「攻撃が掠めただけの場合はどうなるんだ?」
参加者からそんな声が飛ぶ。
「一撃で付着塗料が一定量に達しなかった場合も塗料自体は蓄積していきますので、規定量に達した時点の攻撃を与えていたペイント武器が発光いたします!」
ふむ、あくまで止めとなった一撃のみが有効ってことだな。
「参加者の方々は、所持している赤のペイント武器を失うと失格になりますので、ご注意ください!」
武器を手放したら失格ということは、飛び道具はないってことか。それに加えて、こちらとしては相手の武器を奪えば追っ手が減るということだな。余裕があったら狙っておきたい。
「最後に、見事ミッションを達成した方には豪華なプレゼントがございます!!」
ガラゴロとカートに乗せられて運ばれてきたのは、鈍い光りを放つ槍、剣、弓といった数々の武器。そのどれもが精緻な細工を施されつつ、それ以上に1級の実用品として確かな風格を放つものだった。
「副賞として金一封と、今回登録されたスキルの習得方法。そしてこの街の鍛冶ギルドで作成された、こちらの新作魔法武器、グロリアス・シリーズの中からお好きな一品をプレゼントします!!」
『うおおおおおおおおおおおお!!』
「ちなみにこちらの品は本日のイベントが終了後に鍛冶ギルド直営の武器屋に卸される予定ですので、是非そちらにもお立ち寄りくださいね」
はい、CM入りましたー。俺も後で寄ってみるかなぁ。
◇ ◇ ◇
ルール説明の後、参加者の受付が開始された。
本部ステージ前にずらっと並ぶ長蛇の列。
これだけの数に追いかけられるのか、と思うと少しだけ「……辞めとけばよかったか?」という気持ちになってくる。何百人いるんだよこれ。どんだけ暇なんだよ。
「凄いね! 盛り上がってきたね! これはわくわくしてきたよ」
一方、全然動じていないセンテさん。ちっさい見かけによらず豪胆だな、この子は。
ウェイスト氏の話を聞いて正直イメージが変わっていたのだが、この様子を見て元に戻りました。頼み事をしたのはイベントに出たかったことのついでなのではなかろうか。たまたま目の前にぶら下がったチャンスを逃さず、四方に恩を売った上に自分が楽しむチャンスを逃さないとは、案外したたかなタイプだったんだなぁ。
「さて、皆さま準備は整いましたでしょうか!」
受付が一通り終了し、ずらっと集まった追手の方々総勢約200名。
それだけの視線が集まっている中、俺とセンテはステージの中央に立たされていた。
「改めて紹介します! 今回<立体軌道>の発見に貢献していただいたのはこの2名!」
ばばばっとオーバーリアクションでこちらを示す。
「まずは助手を努めましたこちら! “疾風の巫女”センテ・ナディールさんです!!」
『うおおおおおおおおおおおお!!』
パチパチパチパチ
巻き起こる拍手。弾ける歓声。
ときどき「さすがだぜセンテちゃん!」とか「さすが、結婚してくださいです!!」とかいう声が合間から聞こえてくる。そういえば地元民なんだよな。そりゃあ馴染みの相手もたくさんいるわ。ちなみに後の方のセリフを叫んだのは15歳くらいの女の子でした。
「そして登録いただいたのがこちら! 出身は不明! 経歴も不明! 謎の旅人、シンタロウ・サカイさんです!!」
『うおおおおおおおおお……?』
なんだよその微妙な反応……というかもうちょっとマシな紹介とかないのか。
会場のあちこちでぼそぼそと囁き声が聞こえてくる。
――「名前を出さないってことは特殊なクラスなのか?」「いや、称号のほうかもしれない」「あの体格、さほど腕が立つようには見えないが」「見た目で判断するな! 体技スキルを見つけたってことは相当な腕だぞ」「私のお姉さまに“パートナー”だなんて……!」
どうやらこういう場では称号を一緒に紹介するのが一般的らしいが……言えるか居候だなんて!!
センテの称号は読み上げたのに俺のものだけ言わないということで、逆に興味を引いてしまったようだ。何か深読みしてくる人も出てきて、じりじりと高まるプレッシャー。
そんな中、1人の空気を読めない奴がいた。
「……あっ、さっき本部でギルドの人が話してたのが聞こえたぞ」
その言葉に周囲の視線が集まり、聞き逃さないようにと静けさが広がる。
――おい止めろそこのモミアゲ!!
俺の心の声も届かず、そのもっさりしたモミアゲを持つ若い冒険者はその言葉を口にしてしまった。
「あいつのクラス……“居候”だってさ」
その爆弾は止めるまもなく、燎原の火のように恐ろしい勢いで会場に一気に広がっていった。
――「……居候?」「居候だってよ」「あの歳で?」「そういや保護者同伴でギルドにきたらしいぞ」「うわー、引くわー」「お姉さまにまとわりつく虫は排除しますです!」
……よし、モミアゲ。お前だけはいつかコロス。
さっきまでの緊張感とは違って、今度は俺を見る目がなんだか生温い。帰りたい……
「さて、場が盛り上がってきた所でそろそろスタートしますよー!!」
盛り下がってるよ! お姉さんはもうちょっと空気読んで!
案内されたスタート地点。
広場の端、ゲームのフィールド方向に一番近い一点に立つ俺とセンテ。
その後方20mほどに、ずらりと集まった追跡者たち。そのほとんどが荒事に慣れた風貌で、それが100人単位で集まっているのを見ると凄い迫力だ。
しかもその全てが俺らを狙ってくるとかもうね。
「そうそう、最後まで逃げ切ったら景品が貰えるらしいよ」
屈伸運動をしながらのセンテ。
「景品?」
「景品が何かは聞いてなかったけどね。勝ってからのお楽しみってことで」
「勝つって……逃げ切れる気か?」
「当たり前だよ。そのつもりじゃないと楽しめないでしょ」
あー、この姿勢は見習うべきだな、うん。
「それでは、スタートです!!」
その声と同時に、空中で鮮やかな色の光が爆発した。
爆発音を合図に、全力で駆け出す。
背後でも一斉にスタートした気配が伝わってくる。主に100人超の足音として。
だが俺は振り向かない! 後ろを見るのが怖いから!
「おっ先ー」
びゅんっと音がしそうな勢いで、センテが<疾駆>。あっという間に引き離される。
確か……センテの<疾駆>はAランク。俺は補正込みでB。
ランク差によるスキル性能の違いを思い知らされながら、必死で走る。
みるみるうちに小さくなるセンテは、そのままの勢いで道の片側の建物に寄ると、まったく速度を落とさないまま壁面を登っていく。
うわ。<立体軌道>の補正で壁に多少吸着するとは言え、まさか垂直に走る光景が見られるとは。
俺は手を使わないと無理だな。
あっという間に屋根の上まで登りきったセンテは、こちらに向かって手を振ってそのまま向こう側へと消えていった。
…………あれ?
すっかり置いていかれた形になった俺は、背後の圧力が急に増したのを感じた。スタート直後で団子状態のまま標的の片方を見失った追跡者たちは、完全に俺にロックオンしたのだった。
――体技スキル<気配察知>習得
◇ ◇ ◇
あの後、追いつかれる前になんとか壁をよじ登って追跡を一時的に撒くことが出来たが、エリア中に追跡者が散らばった後はどこに移動しても誰かと出くわすという厄介な状況に追い込まれていた。
追手が地上にだけいたうちは良かったのだが、どこからかはしごを持ってきたりして屋根伝いにもウロウロするようになってからは、身体を休める暇もない。
何せ、力仕事が本業の連中。追手の半分以上が俺と同等以上の<疾駆>レベルなのだ。水平移動では分が悪すぎる。
地上に降りては誰かに出くわし襲いかかられ、捕まる前になんとか壁面を登って屋根の上に登れば、今度はそこで網を張っていた誰かに見つかり屋根の上を追いかけられる。飛び降りることで引き離すことができても、今度はまた地上を追い回されるといった塩梅だ。
時々センテに会うが、奴はその度に俺に追手を押し付けてそのまま消えていく。
「見つけたぞ居候!」
曲がり角でばったり出くわし、反射的に長剣タイプのペイント武器を振り下ろすツンツン頭の青年。慌てて横っ飛びに躱し、そのまま隣を駆け抜ける。
「居候はどーこだー?」
道の脇に積まれた木箱の後ろに飛び込み、追手の目をくらます。息を殺すすぐそばを、猫耳のお姉さんがキョロキョロと見回しながら通り過ぎていく。
「先輩! 居候を見つけました!」
「何っ、どこだ!?」
「ほら、あそこの壁に張り付いてます」
「ぬぅ、俺の武器じゃ届かないな……」
「私の長槍タイプならぎりぎり行けるかも!」
「あぁっ、逃げられた!」
もはや地上に安息の場はないと大通りから死角になる壁にくっついて見るも、敢え無く発見されて地面から長い棒でつつき回される。
「ここまでだな、居候!」
「追い詰めたぞ居候!」
壁際に追い込まれ、じりじりと近づいてくる二人組。絶対絶命か! と思った次の瞬間、さらにその後ろから風のように現れたセンテがそれぞれの武器を横から掻っ攫い、そのまま向こうへと走り去っていった。唖然とする二人組を横目に逃走。
「あっ、居候がっ」
「てめえこのモミアゲ野郎!」
「ぎゃあああああ!!」
鉢合わせたモミアゲをそのままドロップキックでなぎ倒し、駆け抜ける。地面に落ちたモミアゲの悲鳴は、そのまま俺の後ろを追いかける重戦車みたいなマッチョに踏み潰されてフェードアウトしていった。
デデーン。モミアゲ、アウトー。
◇ ◇ ◇
結構逃げた。あとどれくらい逃げればいいのだろう。
基本的に祭の最中だけあって、時間が経つとともにどんどんカオスになっていく。
すれ違う時に塗料が付いただのなんだので、イベントそっちのけでペイント武器によるチャンバラを始めるやつ。
途中で飽きてペイント武器で壁に落書きを始め、住人に殴られるやつ。
酒飲んで走ったおかげで悪酔いして、マーライオンと化してドン引きされているやつ。
いつまで経ってもガチで追いかけてくるやつ。
「どうした。もう逃げないのか」
疲労のあまり足がプルプルし始めた頃、目の前に1人の冒険者が立ちはだかった。
正面から出くわしてしまったのだが、タイミングが遅れて立ち往生してしまったのだ。
相手は恐らく30代後半くらいの、上背のある男性冒険者。その二の腕は俺の太腿くらいありそうで、全身が鍛え上げられた筋肉に覆われていることが分かる。全体としてはスマートなシルエットで、瞬発力よりもやや持久力に重点が置かれた、猟犬のようなタイプの人間だ。
まぁ、大仰に構えている武器がペイント武器なのが妙に滑稽ではあるが。
<ステータス表示>を行なってみる。
◆名前
エルクハウンド・リッジバック
◆称号
巨人を倒した 十字騎士
◆冒険者ランク
S-A
◆スキルレベル
○基礎体力 S-
○基礎知能 B-
○感知 A+
○体技 S-
○魔技 C+
○近接 S-
○遠隔 B+
○物耐 B-
○魔耐 A-
○生産 C+
○商業 C-
「ちょっと待てぇ!!」
なんだよこのステータス! スキルレベルにSとか普通に持ってる奴が参加するなよ大人げない!
――「あれってまさか巨人殺しか?」「Sランク冒険者が何でこんなところに」「他のリッジバック隊の連中も見かけたぞ」「これは居候死んだな」
周囲の反応を指摘すると、エルクハウンドさんは苦笑を返した。
「いや俺は遠慮したんだがな、連れが乗気だったものでつい」
そういって目線を向けた先。騒ぎに気づいてぞろぞろと集まってきては、エルクハウンドさんに気づいて遠巻きにする野次馬たちの一番前。ダガータイプのペイント武器を持った茶髪セミロングの少女が、やいのやいのと捲し立てている。
「隊長ナイスですよー。そのまま世の中を舐めている居候に、社会人の厳しさを叩き込んでやるです!」
拳から突き出した親指を何度も地面に向ける。
……そのジェスチャー、こっちでもあまり変わらないのか。
「なんなんですか、あの子は」
「俺の隊の部下なんだが、この街の出身でな。久々の里帰りでこのイベントの開催に鉢合わせたんだが、急に参加すると言い出して、ついでにとこうして駆り出されてしまったのだよ」
最初は応援だけすると言ってたんだがな、と嘆息する。
「あー、苦労してるんですね」
第一印象だが、真面目で面倒見のいいタイプっぽいだけに、破天荒な部下に普段から振り回されているのだろうな。
破天荒な部下、というのも第一印象だ。
「まぁ正直あまり本気で追いかけるつもりも無かったんだが、折角だから一太刀つきあってもらおうか」
「気軽に言うけど、結構洒落にならないよな!?」
長剣タイプのペイント武器を向けられ、さすがに叫ぶ。
スキルレベルを見ると<片手剣>がSランクでメインウェポンのようだが、<両手剣>も普通にAランクを達成している。
――勝てるかこんなもん!
全力で拒否る俺に、エルクハウンドさんは続ける。
「どうせそろそろタイムアップだからな。一撃躱すか受けきるか出来たら、居候の勝ちってことでいいだろう」
そう言って、ギャラリーの中にいた既に観戦モードの追跡者の1人から、自分のものと同じ長剣タイプのペイント武器を借り受け、俺に投げ渡した。
「ハンデとして開始距離は40ヤルド、俺は上段一撃のみ。どうだ?」
40ヤルドはおよそ35mほど。近接武器の間合いには随分遠いように思うが、相手の技量からすれば十分に射程内なのだろう。
既に周りを囲まれて脱出も困難な状態。どうせ祭りだ、ここは思い切って挑戦してみるか。
疲労からハイになっているのかもしれない。
少し気持ちが浮き立ったまま、受け取った武器を見様見真似の正眼に構える。肩幅に開いた膝は少し曲げ、左右どちらにも直ぐに飛べるように。
武器は剣だが、気分は西部劇。
「合図はコイントスで」
ついでに要望を。
ギャラリーの中から審判役を買って出た人が、二人の中間に立ってコインを構える。
「いくぞー」
気の抜ける掛け声と共に、親指に載せたコインを弾き上げる。
相手の予告は上段からの降り下ろし。これだけの距離が空いていれば、最悪でも<反射行動>と<見切り>でなんとかいけるか……?
ゆっくりとコインが落ちていく。じりじりと時間が引き伸ばされる感覚――というとさすがに大袈裟だが、タイミングを逃さないように気を張る。
コインが地面に落ち、高い音を立てると同時――
瞬間移動でもしたのか、刹那の間に目の前に移動していたエルクハウンドさんの長剣が、肩口に打ち込まれていた。
――やっぱり無理でしたー。
疲労と緊張に衝撃が止めをさし、ゆっくりと俺の意識は薄れていった。
◇ ◇ ◇
◆取得した称号
“脱兎の 居候”
“一撃で倒された 居候”
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