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ある日ある夜 月曜日

作者: 喬央 鶏

この作品の主人公は女装しています。

そういったものに不快感を感じられる方は、御覧にならないことをオススメします。

 私は真面目なサラリーマンだ。

難しい仕事もこなしてきた。

気立ての良い妻と、二人の子供に恵まれ、幸せな家庭を築いている。

だが私は――オカマだ。

いや、オカマという表現はよそう、ニューハーフだ。

 オカマというのは差別用語だ。男じゃないという意味の差別用語だ。私の通っていた高校では、オカマなどと言われて黙っている奴はいじめられた。私も何度か言われたこともあるが、その度相手を病院送りに……。

……話が反れてしまったようだ。兎に角、私はニューハーフなのだ。

 そういう訳で、今私は女装している。

 それはいい。私はニューハーフなので女装ぐらいする。

 そして、ここは馴染の居酒屋である。

 それもいい。ここの主人は私がニューハーフだと知っているし、女の姿で飲みに来たことも何度かある。

 問題は、私の隣に座っている人物。小学校四年生ぐらいの男の子なのだが、女の子かと思うほどの美系である。

 ………………私の息子だ。


「お姉さん。どうしたの?」


 多少挙動不審になっていたらしい。

 息子が心配そうに、あるいは訝しげに私を覗き見る。


「なっ、なんでもないの。気にしないで」


 私は出来るだけ顔を見せないようにして、裏声を使って答える。ちなみにこの裏声、友人に浮気の濡れ衣を着せたといういわく付きの一級品だ。


「でも、さっきから黙ってるし、顔色も悪いし」


 息子が再び、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

 ゆうき、物怖じしない子に育ってくれてうれしいけどいまは恨むよ。


「ほ、本当になんでもないの」


 そう言いながら、顔を隠すようにして頭を抱える。

 時刻は九時を過ぎた頃。小学生が出歩く時間じゃない。

 そうでなくても、ここいらは小学生が一人で出歩くには少し、いや大分有害な地域である。

 こんなところで息子に出会う理由はないのである。

 理由はないのであるから、ここにゆうきがいる筈がない訳で、隣にいるのは……。

 ちらっと隣を盗み見る。

 私の隣には確かに息子のゆうきが座っていた。

 そして私は完全武装(女装)。

 ……どうしてこんなことになったのだろう。


     *  *  *


 先に言っておくが私はホモではない。世界中の誰よりも妻を愛している。男より絶対に女のほうが好きだ。

 昔はホモの先輩に口説かれることも度々会ったが、その度に鉄拳で返り討ちに……

 ……そんなことはどうでも良い。兎に角私は愛妻家だ。

 そんな私が結婚後も女装を続けるのには理由がある。

 現在私はとある商社に勤めているが、月曜日だけ定時に退社してとあるバーに通っている、従業員として。

 説明の必要はないだろうが、従業員は全員男だが、店内でズボンを履いている店員はいない。そういう店だ。

 正直辞めたい。

 体力的にキツイし、最近化粧のノリも悪くなってきたし、昇進して残業が減ったから妻への言い訳も限界だし。

 それ以前に、家族にばれたらと思うと気が気でない。

 しかし、私の勤めるバーは場末の弱小で、ナンバーワンホストの私に辞められるとやっていけない。

 長年お世話になったママ(熊田彰雄 五十二歳 独身)に頼まれたこともあり、この仕事を続けてきた。

 だが、上の娘はもう十四歳、良い頃合であろう。

 そう思い、その日は辞表を持ってママの所へ行った。


「あの~、ママ? ちょっとお話が~」

「ああ~。ちょっと桜子ちゃん(私の源氏名)見てよ~」


 私がママに話しかけようとすると、ママは飛びつかんばかりの勢いで私に帳簿を差し出してきた。


「桜子ちゃんの来てくれる月曜日以外はみい~んな赤字。ホンともう(ぷんぷん)やんなっちゃうわ」


 そういってママは大きく溜息を吐いた。

 ちなみに私は経理部だ。帳簿を見ればお店の経営状態ぐらいわかる。よくわかる。


「桜子ちゃんがいてくれるおかげで、店は成り立っているようなものだわ。ところで、お話って?」

「いえ、何でもありません」


 そうしてその日も私は、仕込の手伝いをしたり、新人に化粧や着付を教えたり、常連の相手をしたりしていた。

 気が付けば時刻は八時、忙しくなってくる頃合だ。

 そのときである、ふいに私の携帯が鳴った。


「ごめ~ん。ちょっとまってね。……はい、私だが」


 客に軽く謝って席を立ち、声を戻して携帯に出る。

 電話は妻からであった。


『あっ。あなた。今、どこにいるの』

「まだ会社だ。毎週月曜は残業だって言ってあるだろう」


 普段なら仕事中(ということにしている時)に電話を掛けてきたりはしないのだが、何かあったのだろうか。


『仕事中に御免なさい。でも、ゆうきの事知らない?』

「ゆうきがどうかしたのか」

『それが……まだ帰って来てないの』

「なんだって!」


 つい声を上げてしまい、周りの視線がこちらに向いた。

 それらに、なんでも無いと手振りで答え、口元に携帯を引き寄せる。


「なんで? これまでこんなことは無かっただろう」

『わからないわよ! 私だって、何がなんだか』


 妻の泣きそうな声に、私の不安も高まっていく。

 なにか事故か事件に巻き込まれたのかもしれない、最近は何かと物騒だし、誘拐ということも……


「わかった。兎に角落ち着いて、私もすぐに戻るから」


 電話を切り、ポケットにしまう。


「ごめん。私早退するから、ママには言っといて」


 自分の荷物を引っ掴むと、状況をつかめずに目を白黒させている後輩達を尻目に、私は夜の街に飛び出した。


     *  *  *


 三十分後、私は再びバーの近くまで舞い戻っていた。

 家の近くまで走って帰ったのだが、そこで私は一つの問題に直面した。

 女装したまんまじゃん、私。

 ……戻ってくるしかなかった。

 ゆうきのことは心配だが、こんな格好で家に帰ったら、さらに深刻な問題に発展しかねない。

 さすがに走り疲れ、よろつきながら繁華街に入る。

 それにしても、ゆうきはどうしてしまったのだろうか。

 こんなことはこれまでなかった。

 遅くなるときはちゃんと連絡を入れていたし、それでも、七時を過ぎてから帰ってくるようなことはなかった。


「この餓鬼、なにしやがる」


 学校からどこかに遊びに行ったにしても、子供の足だ、そんなに遠くへは行けないだろう。


「おら! なんとか言いやがれ!」


 事故や通り魔にあったのなら、多少は騒ぎになるだろうし、それなら妻も気付きそうなものであろう。誘拐なら、犯人から何か連絡があるだろうし……。


「あ、逃げんなコラ!」


 繁華街の雑踏に混じって、何かプラスチックの様な物を蹴り飛ばすような音が響く。

 音のした方を見ると、高校生の金髪の男達がゴミ箱を蹴飛ばし、誰かを電柱の影に連れ込んでいるのが見えた。

 周りには私の他にも大勢人がいるのだが、誰もそちらを見ようともせず、ただ通り過ぎるだけである。

 深く溜息を吐いて、男達の方に足を向ける。

 ゆうきの事は心配だ。本音を言えば無視して帰りたい。

 だが、私には本質的に許せないことが三つある。

 一つは家族に手を出す奴。

そして二つ目は、明らかな弱者相手に粋がる屑共だ。


「ちょっと、止めなさい」


 呆れ半分に男達に話しかける。

 男達の人数は三人。やはり全員高校生ぐらい。

絡まれているのは、男達の影に隠れて良くわからないが、背丈から見るに小学生位だろうか。

 繁華街とはいえ近くに民家も多い、こんな時間でも塾帰りの小学生を見かけることもある。無用心な事だ。


「なんだぁ。このババア」


 男達の一人がこちらににじり寄って来る。

 タバコの臭いに混じって、何かの甘い臭いがする。

 恐らく、歩きながらジュースか何かを飲んでいて、子供にぶつかり、中身を引被ったといったとこだろう。


「こんなことしてもどうにもならないでしょう? そんな小さな子相手に、みっともない」

「んだとコラ」


 男が私の胸倉を掴もうと手を伸ばしたが、その手を私は片手で払った。


「大体、こんな人通りの多いところでジュースなんか飲んでいるあなたが悪いんでしょう。反省しなさい」


 完全な呆れ声で男に告げる。


「馬鹿にしやがって!」


 逆上した男が拳を振り上げる。

 が、次の瞬間に倒れていたのは男の方であった。

 呆然と私を見上げる男の鼻から赤い血が一筋流れる。

 単純な直突きなのだが、周りで見ていた二人はおろか、殴られた本人ですら見えなかったようだ。

 しかし、実力差はわかったらしい。無傷の二人も、こちらに突っ掛かってくる様子はない。


「くそ、」


 それだけ言うと、男達は一目散に逃げていった。

 さよならヤンキーABC。

 と、そんな馬鹿なことを考えている場合ではない。

 この後この子を家まで送って、バーに戻って着替えて、また走って帰らなくては。

まったく、かなりのタイムロスである。


「大丈夫? 怪我はない?」


 出来るだけ優しい口調で語りかける。

 その瞬間、私の思考は凍りついた。


「あ、はい。だいじょうぶです。ありがとうございます」


 丁寧な口調でお礼を言い、立ち上がる少年。

 女の子と見紛うばかりの美系だが、その子が少年であることを、私は知っている。……見間違えるはずもない。


「えっと、どうかしたんですか?」


 なんでこんなところにいるの? ゆうき。


    *  *  *


その後、いつまでも路上にいるわけにも行かないので、知り合いの居酒屋に連れてきて、今現在に至るわけです。

 ちなみに、ここの店長とは古い付き合いで、こちらの事情も知っているので口裏を合わせてくれる筈だ。

 横目でゆうきの様子を覗う。

ゆうきは一言もしゃべらないまま暗い顔で俯いている。

ここに来るまでの道中も気になっていたのだが、なにか悩んでいるようにも見える。

 あっさりと知らない人に(本当は父親だが)連いて来てしまったことからも、どこかおかしいことは明らかだ。

 しかし、どう切り出したものか。

 今の私は、ゆうきとは赤の他人である。そういうことにしておかなくては、家に帰った後の私の立場が危うい。

 今男の姿をしていればとも思うが、ここでゆうきを放って着替えに戻るのも不自然な気がする。

 とはいえ、ゆうきをここに連れて来てからもう十分以上過ぎているし、そろそろ何か話さなくては。


「……あの」

「え! えっと~。なぁに?」


 急にゆうきに話しかけられて、裏返った声で答える。

 それが功を奏し、ゆうきは私だと気付かずに続けた。


「ここ、お父さんの友達のお店なんですよ」

「へ、へぇ~そうなんだ」


 いや待て、これはチャンスじゃないか? この会話の流れなら、『それじゃあお父さんに電話してもらって、迎えに来てもらえば?』とか言って自然に離脱できる。


「……あの」

「え! なに?」

「……いえ、なんでもないです」


 そう言って、ゆうきはまた俯いてしまった。

 これはいよいよ元気がない。

 ここで離脱して父親の姿で迎えに来るというのも一つの手ではあるが。


「元気ないわね、何かあったの」


 見知らぬ他人だからこそ言えることもあるだろう。

 父親に戻るのは、それを聞いてからでも遅くはない。

 ゆうきは暫らく黙っていたが、やがて覚悟したかのように語り始めた。


「お姉さんは、僕のことどう思います」

「ん? 良い子に見えるけど。こんなところに来ちゃって、ちょっとやんちゃなトコもあるみたいだけど、礼儀正しくて可愛い良い子よ、君は」


 それは偽らざる本心である。ゆうきは自慢の息子だ。贔屓目を差し引いても、将来が楽しみな良い子だと思う。


「ありがとうございます。でも、駄目なんです」


 ゆうきはそう言って俯いてしまった。

 また暫らく黙っていたが、今度はすぐに続けた。


「女の子みたいでしょ。僕」


 胸の奥で、何かがずきりと疼いた。

「友達からもよくそれでからかわれるんです。僕のことオカマだって、女の子みたいだって。それに、僕、運動とか苦手だから、友達と遊んでも、足ひっぱちゃって、それで、今日も……」


 ゆうきの外見は、妻でなく私に似てしまった。

 それも、私にとっては自慢の一つであった。

 女性と見紛うばかりの美系。大人になれば皆から羨まれる長所である。

 しかし、幼い時分には、それは時に嘲りの対象となる。

 私も子供の頃、そういう体験もした。

 だが、私には腕力があった。

 誰よりも男らしいと見せつける、誰にも負けない力が、しかし、この子には頼れるだけの腕力も、いや、そもそも暴力に訴えるという考えすらないのかもしれない。


「僕、弱いんです。だから……」

「だから、こんなところに来ちゃったの?」


 その言葉は、驚くほどすんなりと出てきた。

 ゆうきが、少し驚いたような顔でこちらを見る。

 その顔に笑顔で返し、その先を続けた。


「わかるよ。私も子供の頃、そういう経験あるから。こういうとこに来たら、強くなれるような気がしたんでしょ。でもね、そんなのは強さでもなんでもない」


 それは、私の師の言葉であった。

 俺は男なんだと見せつけたくて、拳を振り回してばかりいた私を、折れてしまいそうな細い腕で、思い切り殴ってくれた。あの人がいたから、今の私がある。


「この町の人達は、本当は弱い人ばかりなの、自分の居場所で思うようにいかずに、ここ以外じゃ自分を曝け出せずに、逃げてきた人達。君に絡んでいた子達とかその典型ね。学校で巧くいかなくて、こんな場所で自分より弱い相手に暴力を振るわないと自分を保てない弱い人」


 そして私も、ここでしか見せられない姿を持っている。

 それもまた、私の弱さなのだろう。


「だから、君はこんなところに来ちゃいけない。こんなところは必要ない。本当の君は、きっと強い子だから」


 ぎゅっとゆうきの手を握る。その手はまだ小さく、頼りなかったが、確かな温かさを帯びていた。


「わかった?」

「……はい」


 ゆうきは小さく、しかしはっきりとそう答えた。

 心なしか表情も明るくなった気がする。

 私の話した言葉は、ゆうきの問題を直接的に解決するものではない。

 これはこの子の本質に関わる問題である。少しずつ克服していくしかないのだ。

 故に、今の私に言えることはもう何もない。後はこの子と、そして父親としての私の問題だ。


「そう、それじゃあもう帰りなさい。ここお父さんのお友達のお店なんでしょう? 電話してもらって迎えに来てもらうと良いわ」


 そういってゆうきの手から手を離す。

 厨房を見やると、店長が小さく指で○をつくっていた。


「それじゃあ私も帰るわね。実は仕事の途中なのよ」


 言うが早いか、私は急いで席を立ち、出口へと向う。

 よし、これで後はバーにもどって着替え、そ知らぬ顔でゆうきを迎えに来れば良いだけだ。

 不自然でない程度に早足で、私は店を後にしようとした。その時である。


「いました! アキラさん。こっちです」


 太めの声が、私の行く手を遮った。

 声の主は私を見つけると、通せんぼするように立ち塞がった。後ろからは、更に男が三人やってくる様である。


「へ、ババア、またあったなあ」

「あっ、ヤンキーA」

「誰がだこらぁ!」


 だれかと思えば、さっきゆうきに絡んでいたヤンキー達である。お礼参りとは恐れ入る。


「ちっ、粋がってられんのも今のうちだ」


 そうこう言っていると、後方の三人も追い付いて来た。

 ヤンキーBCに混ざって、かなり体格の良い男がいる。これがさっき言っていたアキラさんだろう。


「なんだお前ら、こんな女になめられたのか」


 アキラさんはそう言うと、訝しげに私の顔を覗き込む。


「あれ? どこかで見たような」

「ん~。それは良いんだけど」


 何か思い出そうとしているアキラさんを無視して、私はヤンキー達に向き直る。


「お礼参りも結構だけど、するなら人の手を借りずに自分でやりなさい」


 私に睨まれてヤンキー達が後ずさる。頼みの綱のアキラさんも、何か考えるのに夢中の様であった。


「一人でお誘いも出来ない坊や達の相手をしてあげられるほど私は暇じゃないの。それじゃあね」


 ヤンキー達の間を擦り抜け、私はバーに向おうとする。


「あ、思い出した。この前行ったオカマバーのホストだ」


 その背中に、アキラさんの大きな声が突き刺さった。


「本気っすか。じゃああいつオカマ何すか」


 止めれば良いのに、ヤンキー共はオカマオカマとオレの後ろで連呼する。そのヤンキー達に向き直る俺。


「何だと? もう一度言ってみろ」


 懐かしい、酷く低い声が俺の喉から漏れた。


「何度でも言ってやるよ、このオカ……」


 言い終る前に、アキラさんの顔面に俺の拳がめり込む。

 そのまま後方に吹っ飛び、動かなくなった。

 俺には本質的に許せないことが三つある。

 一つは家族に手を出す奴。

 一つは、明らかな弱者相手に粋がっている屑共。

 そしてもう一つは、俺をオカマと呼ぶ奴だ。

 悲鳴を挙げてヤンキー共が逃げ出す。

 だが逃がしはしない。俺をオカマと呼んだ報いは受けてもらう。お前らを血祭りに挙げるまで俺の怒りは止ま

「お父さん?」

 った。


 ヤンキーを追って飛び出そうとした私は、驚くほどすんなりと止まっていた。

 因みに、ゆうきは大人しいが、姉の方はお転婆で、酷い悪戯をした時はかなり本気で起こったこともある。

 そんなときは酷く低い声が出ていた気がするが……。

 振り返るのが怖い。

 だが、振り返らないわけにも行かない。

 私は老人のように固くなった間接に力を入れ振り向く。

 無垢なふたつの瞳が私を見つめていた。



「お父さんってオカマだったんだね」


 バーに寄って着替えた後、二人で並んで帰る家路の道中、ゆうきは沈んだ声でそう呟いた。

 何か言おうとして、止めた。かけられる言葉などない。

 それっきり会話がないまま、家の玄関が見えてくる。

 玄関に向って駆け出すゆうき。それをただ見送る私。

 開いていく距離は、二人の心の距離なのかもしれない。

 と、ゆうきは玄関の前で立ち止まり、私の方へ振向く。


「お父さんはオカマだったけど、本当に強かったんだね」


 ドアを開けて、家の中へと入っていくゆうき。

 これから、妻の長いお説教が待っているのだろう。

 幼い心に巨大なトラウマを残したような気がするけど、今回はこれで良しとしよう。

 あの調子なら、トラウマぐらい乗越えていくだろう。

 というか乗越えてくれ! 

 がんばれゆうき!


   *  *  *


「お父さんって本当に綺麗だよね」


 あくる日の朝、娘から突然そんなことを言われた。

 いや、突然でもないだろう。娘はどうも昔から自分の容姿にコンプレックスがあるらしく、良く私やゆうきを羨んでいた。今日はそれが早朝に来ただけの話だ。


「ありがとう。でも、麻子のほうが綺麗だよ」

「そんなことないよ。お父さんこんなに肌白いし」


 確かに私は色白だが、それはそれで色々困るのだ。

 日に当てるとすぐ染みが出来るし。

 私はむしろ色素の濃い麻子や妻が羨ましい。

 そんな、うちにとってはごくごくありふれた会話をしていると、ゆうきの声が話を遮った。


「ねぇ、お姉ちゃん。お父さんがオカマだったどうする」


 ゆうき~! 何直球で危険な言葉を口走ってますか!

 全身から冷たい汗が噴き出してくる。

 落ち着け、ポーカーフェイスだ。お前の四十年の人生はなんだったんだ、慎太郎。


「あはは。そんなこと言っちゃ駄目だよ、ゆうき。お父さんオカマって言葉嫌いなんだから」


 私とオカマという組み合わせが余程ツボ入ったのか、麻子は大声でケタケタと笑い続ける。

 よしよし、どうやら私の動揺に気付いていないようだ。


「でもそんなお父さんならいらないかな?」


 死刑宣告されたよ、天使のような笑顔で。

 ふらりと下に視線を落とす。

 ゆうきの方も、私を見つめていた。


    黙っていようね。


      うん


「馬鹿な話してないで、早くご飯食べちゃいなさい」

「は~い」


 私とゆうきがアイコンタクトで会話していると、朝餉を妻が運んできた。

 皆で食卓に着き、楽しい筈の朝食が始まる。

 私は全く味のしない味噌汁を啜りながら、ひとつのことを考えていた。

 ……次の月曜どうしよう


今回初めて投稿させていただきました。

つたない文章ではありますが、楽しんでいただければ幸いです。

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