願うⅢ
「ま、そんな当てつけなんて、私が吹き飛ばしてあげますけれど」
言った後でしまったと思った。やはり、ゼインは眉をひそめる。
「『あげますけれど』じゃなくて、『あげるけど』です」
「むう」
反論が出来ず、頬を膨らませた。階段の方から、徐々に足音が近付いてくる。
「二人とも待たせた」
突然掛けられた声に振り返る。アルフレッドの髪は漆黒で、片目にはモノクル――すっかり別人だ。
「ティア。コンタクトはちゃんと入れられたか?」
アルフレッドはサッと近付いてきて、私の瞳を食い入るように見詰める。鼻先が触れそうなほどに近い。空色の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
「じっくり見ると、若干ラベンダー色だが……及第点だろう」
顔が離れても、視線を逸らすことが出来ない。いつの間にか、頬が熱くなっている。
「ところで、今まで何の話をしていたんだ?」
「セシル様の巻き込まれ体質についてですよ」
私が反応出来ずにいると、すぐにゼインが対応してくれた。アルフレッドの顔が少しだけ曇る。
「その名は街中だけで良いだろう」
「駄目です。肝心な時に素が出たら、すぐにバレるんですからね」
しかし、ゼインは引かない。言い分はもっともだと思う。アルフレッドは小さく溜め息を吐いた。それを見て、ゼインも頭を掻く。
「そんなに嫌なら、偽名なんですから変えれば良いじゃないですか」
「……いや、それでは父上の挑発に屈したことになるからな」
別に、屈したって良いのに。父親にバレる訳ではないのだから。声には出さず、心の中でツッコミを入れる。
「あの、セシルの巻き込まれ体質について、もっと聞いても良い?」
「ティアまで『セシル』呼びか?」
「私だって、本名はメヌエッタなの……だよ?」
『なのですよ?』を軌道修正しようとして、変な言い回しになってしまった。アルフレッドとゼインには笑われてしまったけれど、気にしないでおこう。
「セシル様の初めての巻き込まれは……五歳の時、でしたっけ」
「そうだな」
ゼインが遠くの方を見ながら言うと、アルフレッドは大きく頷いた。
「デイビッドと遊んでいたら、何故か俺だけ連れ去られてな。犯人は身代金も要求せずに俺を解放した」
「……ん?」
何のための誘拐だったのだろう。意味が分からずに首を傾げる。
「だから、巻き込まれなんですよ。どうやら、家出した息子とセシル様を勘違いしたみたいで」
なるほど、そういうことか。ゼインにうんうんと頷き、手を合わせる。
「それに端を発して、万引き疑い、ボート転覆、水鉄砲暴発……数えたらキリがありません」
そんなに事件に巻き込まれていたなんて。私だったら、心臓が持たないだろう。
「セシル、良く生きてたね……!」
気付いた時にはアルフレッドの手を取り、涙ぐんでいた。慌てて手を離したものの、恥ずかしさまでは取り去れない。
その時、後方で金属音が聞こえたのだ。びくりと肩が飛び跳ねる。もしや、騎士に追いつかれてしまっただろうか。
「……ただ、ハンマーが落ちただけですね」
ゼインは笑いながら腰を屈めると、転がったハンマーを拾い上げる。
アルフレッドは私を庇うように前へと出ていた。
「さて、夕飯でも作ってきますか! お二人で新婚気分をしっかり味わっててくださいね!」
ゼインはつとめて明るく振る舞い、太陽のように笑う。
「そもそも俺たちは新婚じゃない! 設定だけで気分を味わえるか!」
その叫びもゼインの心には届いていないのだろう。鼻歌を歌いながら、階段の奥へと消えていった。
こうして顔を合わせてアルフレッドと二人きりになるのは初めてだろうか。この人が将来の夫になるかもしれない。意識をすると、妙に緊張してしまう。
「あの……」
「ん?」
言葉を探していると、アルフレッドが私の顔を覗き込む。
「私たち、これからどうなるんだろう」
勢いで逃亡したものの、翌日には死人扱いにされ、巻き込んでしまった人は重要指名手配犯にされた。いくら前向きな性格だといえ、ここまで来ると考えてしまう。
「ティアの言葉を借りるなら」
アルフレッドは一呼吸を置くと、空を見上げて微笑んだ。
「ま、何とかなるでしょう」
* * *
豪華とは言えない食事を摂り、揺れる船内で夜を明かす。疲れていたせいか、昨日よりは眠れたように思う。
洗面台でコンタクトをつける前に、なんとなくシャワー室を覗いた。白い床がグレーに染まっている。やることを終えてデッキに出ると、そこでは銀髪のアルフレッドとゼインが言い合いをしていた。
「洗ったら髪色が戻るなんて聞いてないぞ!」
「スプレー缶に書いてあるじゃないですか。『一日だけ』って」
「そんな小さい字なんて読むか!」
一拍遅れて状況を理解し、二人の元へと駆け寄った。
「また染めれば良いでしょう?」
「『良いでしょ?』」
アルフレッドとゼインの声が重なる。二人で言わなくても良いのに。私がむっと頬を膨らますと、アルフレッドは豪快に溜め息を吐き出した。
「このヘアカラー、染めるの結構、大変なんだぞ? 毎日染めるって考えると……嫌になってくるな」
「命のためです! 頑張りましょう!」
急に重たい話になるな、とゼインに苦笑いをした。当の本人は飄々と笑っている。それも束の間、ゼインは真顔に変わった。
「あ、逃亡先のことなんですけど」
「どうした?」
「今の進路だと、ルーヴェン王国とアエリオス王国に行けます。どっちにします?」
その言葉に、頭で地図を描いてみる。アエリオス王国は、私が嫁に行くはずだったドラクシア王国の右隣、ルーヴェン王国は更に右隣だ。なるべくなら結婚相手国が近いアエリオス王国には行きたくない。
「ルーヴェン王国だな」
私が口を開くより早く、アルフレッドが答えを出す。すると、ゼインが何故か意気消沈してしまった。
「あー……ですよね。じゃあ、僕も偽名を使わせてください。『レイン』で。ちょっと訳ありなんです」
深くは聞かない方が良いだろうか。アルフレッドの方を見てみると、彼もまた考えあぐねているようだ。
「じゃ、舵切りますんで。操縦席に行ってきます」
私たちが返事をするより早く、ゼインは身を翻す。彼の異変は何なのだろう。理由は聞けないまま、船はルーヴェン王国へと翔け出した。




