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異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました【完結】  作者: 七宮叶歌
第3章 願う

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願うⅡ

 アルフレッドは照れたように私から目を背ける。


「設定だ、設定。ただ、逃亡するためだけの」


 自分に言い聞かせているのか、アルフレッドは何度か頷く。


「ですが、逃亡が成功すれば、私たちは本当に結婚ですよ?」


「考えないようにしていたのに……! ああ、もう……」


 横顔を見るだけでも、アルフレッドの頬は薔薇色だ。この機をゼインが逃すはずもない。


「アルフレッド様、もしかして初恋ですか?」


「そんな訳あるか!」


 にやりと笑うゼインに、アルフレッドが吠える。あまりにも緊張感のないコントに、笑いが噴き出してしまった。

 ゼインはこちらに寄ってきて、私の耳元に手を添える。


「アルフレッド様って、意外と令嬢たちにモテモテなんですよ」


 そうなのか。端正な顔立ちだし、誠実そうだし、令嬢たちにモテていてもおかしくはない。


「じゃあ、令嬢たちにアルフレッドとの仲の良さを見せびらかしてしまいましょう」


 ちょっとした悪戯心が沸いてきて、小さく笑った。アルフレッドは驚愕の表情を浮かべて固まってしまったけれど、気にしないでおこう。


「……そうだ、変装した姿を見せてくださいよ! 僕が審査します」


 ゼインの言葉に、手の中にあったものを思い出す。コンタクトレンズなんてつけたことがない。上手くいくだろうか。


「洗面所はどこです?」


「アルフレッド様、案内をお願いします」


「ああ」


 アルフレッドはのそりと振り返ったので、私もその後に続く。


「敬語は禁止ですからね! 忘れないでくださいよ!」


 背後でゼインの声が聞こえた。


「メヌ……ティアは丁寧語が染みついている。少しずつ、庶民染みた言葉使いにしていかないと」


「そうなのですか?」


「『そうなの?』」


 アルフレッドは一字一句強調する。そんなに怒らなくても良いのに、と口を尖らせた。


「そうなの?」


「ああ。すぐに高貴な身分だってバレてしまう」


 そういうものなのだろうか。自分では丁寧語が日常的な言葉なので、庶民の言葉の方が違和感がある。


「そのうち慣れるでしょ……慣れるよ」


 言った傍から言い間違いをしてしまった。アルフレッドの苦笑いも、今回は理解出来る。

 そんなことを話している間に船内の階段を降り、五つあるうちの一つのドアの前で立ち止まった。


「ここが洗面所とトイレ、シャワー室だ」


 ドアが開けられた先には、狭くはあるけれどそれらがしっかりと完備されていた。シャワー室との仕切りはガラス張りだ。


「俺は髪を染めてくる。何かあったらすぐに言ってくれ」


「分かった」


 今度はイントネーションが変になってしまった。

 緊張しながら洗面台の前に立つ。袋から箱を取り出し、コンタクトレンズを触ってみる。瞳の色は青だ。まるで海色――私に似合うだろうか。柔らかなコンタクトレンズをフニフニと摘まみ上げ、人差し指の上に乗せた。


「これを目に……直接触るのです?」


 箱の裏をじっくりと読み、装着の仕方を脳に焼きつける。

 えいやっ。心の中で掛け声をかけ、恐る恐るコンタクトレンズを入れた。ひんやりとして気持ちが良い。


「これならいけるかもしれません!」


 嬉しくて、つい大声を上げてしまった。シャワー室で鳴っていたスプレー音が途切れる。


「……何かあったか!?」


「い……ううん! なんでもないの!」


 いいえ、と言いかけたところで踏ん張った。良くやった、私、と自分を褒めてみる。

 再びスプレー音が鳴り始め、ほっと一息つく。まだ片眼が残っているのだ。焦ってしまえとは言わないけれど、装着してしまわないと。

 もう片方のコンタクトレンズも人差し指に乗せ、息を止める。冷たい爽快感と共に、瞳の色が変化する。鏡の向こうで私を見詰める瞳は、やはり海色だ。まるで、自分ではなくなってしまったかのように思える。

 ガラス越しにアルフレッドの髪を覗いてみると、まだ半分が銀髪だ。


「アルフレッド、先に行ってるね!」


「分かった!」


 端的に言葉を交わし、階段を上る。デッキに出ると、風がスカートをふわりと持ち上げた。ゼインは私を見つけると、すぐさま駆け寄ってきてくれる。


「おおー、見違えましたね。綺麗な海色の瞳だ。流石にラベンダー色には勝てませんけどね」


 ゼインは少しだけ前かがみになり、私の瞳を見詰める。それが何だか恥ずかしい。


「似合っていますか?」


「丁寧語は駄目です。やり直し」


 ゼインもか。不服に思いながらも、言い直してみる。


「似合ってる?」


「はい。とても似合ってますよ」


「ところで……」


 若干、疑問に思ったことを口にしてみる。


「ゼインは敬語を使っても良いの? ちょっと狡く……ない?」


「僕はセシル様とティア様の付き人設定ですから。全然、変ではありませんよ」


「ええ……」


 それってありだろうか。「うーん」と唸ってみたところで、ゼインの設定は変わらないだろう。アルフレッドの偽名を思い出しながら、ゼインばかり良いなと吐息をついた。


「そうだ、『セシル』って、縁起の悪い名なの?」


「それはですねぇ」


 ゼインはアルフレッドがいないことを確かめ、小さく口を開く。


「『セシル』はアルフレッド様の母上の名をもじったものなのです。母上似のアルフレッド様への、旦那様からの当てつけなんでしょうけどね」


「ふうん……」


 母に似て何が悪いのだろう。良く分からない親子だな、と口をへの字に曲げた。

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