表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました【完結】  作者: 七宮叶歌
最終章 旅立つ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/50

旅立つⅡ

 アルフレッドは興味津々といった様子でゼインを見る。


「どんなことを伝えるんだ?」


「アルフレッド様相手でも、そこまでは言えませんよ。流石に」


 ゼインは首を横に振る。仲間だとしても、一つや二つ、言いたくないことはあるものだ。


「私たちはこっそり見てるから」


 ゼインにグッドサインを送ると、何故か苦笑いをされてしまった。

 そこへステーキが運ばれてくる。食欲をそそる音と香りにうっとりしてしまいそうになる。目の色を変え、ステーキと向かい合った。一口頬張るごとに、弾けんばかりの笑顔がこの場を満たす。この幸福がいつまでも続けば良いな、と願ってやまない。

 今日の食事は満足だ。ステーキを完食し、ナイフとフォークを鉄板の上に置いた。ぽこんと膨れた腹が、幸せの何よりの証拠だ。


「じゃあ、伯爵の屋敷に訪問! ですね」


 ゼインは会計を終わらせ、拳を握って意気込む。私とアルフレッドも首を縦に振って両手を握る。


「馬車は……いますね」


 外はすっかり夜になっていた。店を出て、停留所を目指す。思い返せば、前回は御者に酷く怖い思いをさせてしまった。今回は、誰にも迷惑をかけずに役目を終えたいな、とネオンが輝く街並みを眺めた。


「すみませーん、伯爵邸までお願いします」


「はいよー」


 馬車まで辿り着くと、御者はにこやかに代金を受け取ってくれた。蹄の音を響かせながら、馬車は私たちの気持ちを乗せて走る。街並みを見ていると、一軒だけネオンが寿命を迎えそうなのか、チカチカと点滅しているのだけが気になった。

 十数分で伯爵邸の前へと到着する。ゼインがドアノッカーを叩くと、前回と同じ執事が現れた。


「貴方方は……!」


「はい、今日は手紙だけでも、と思いまして」


「その節は大変申し訳ございませんでした」


 アルフレッドが一歩前に出ると、執事は平謝りをする。


「いや、俺たちは、謝っていただくために来た訳ではありませんので。メヌエッタ」


「うん」


 こっそりと鞄に忍ばせていた封書を取り出し、執事に差し出した。


「これは?」


「伯爵に渡してください」


「お会いにはならないのですか?」


 会うかどうか、私たちも少し悩んだのだ。しかし、ゼインが顔を合わせにくい、という結論に至った。


「私たちは、先を急いでいますので」


 丁重に断り、執事に背を向ける。気持ちは既に次の目的地へと向かっていた。

 馬車に乗り込み、停泊所へと急ぐ。振り返ってみると、扉の前で手を振っている伯爵の姿が見えた。私たちも手を振り返し、笑い合うのだった。


 * * *


 晴天は数日で曇り模様に変わり、雨粒を落とし始める。水滴がホープ号に降り注ぐ音色が心地良く船内に響く。

 

「見えてきましたよ。あそこがアネモネが住んでる屋敷です」


 キャノピーから地上を見下ろしてみると、湖の畔に佇む赤レンガ造りの屋敷が目に映った。晴れていれば、青い湖が見られただろうに。今日はあいにく灰色だ。


「ゼイン、手紙は失くしてないか?」


「勿論、大事にしまってありますよ! ほら、ここに」


 ゼインは胸ポケットから白い封書を取り出した。宛名は書かれているけれど、差出人の欄は空白だ。


「ちゃんと会って、伝えるんです」


 その表情は綻んでいる、というよりは儚く揺れている。目元が優しいのは――いつものことか。

 屋敷の隣にある一隻だけの停泊所へ、静かに着陸する。ここで異変に気付けられれば良かったのだけれど、誰も違和感を覚えなかった。

 

「傘は持ったか?」


「持ったよー」


「バッチリです」


 アルフエッドは黒、ゼインは青、私は紫――三色の傘を差しながら、地上へと降り立った。


「緊張しますね……」


 ゼインは言いながら武者震いをする。アルフレッドは一本の木を見つけ、私を手で呼び寄せた。


「俺たちはここで見てるからな。レイン、ファイトだ」


「おー」


 ついゼインではなく、私が答えてしまった。三人揃ってひとしきり笑う。

 ゼインは口を結び、鼻で大きく息を吸う。そのまま吐き出すと、肝を据えたらしい。一歩ずつ、門へと近付いていく。ドアノッカーが叩かれると、扉から一人の執事が顔を出した。


「何か御用でしょうか?」


「あの……アネモネ嬢に、会わせてください」


 執事はゼインの身なりを目で一撫でし、眉をひそめる。


「アネモネ様は留守ですが」


「留守……?」


 ゼインは目を開き、ぽかんと執事を見た。


「いつ戻りますか?」


「十日後とのことです」


「十日も……」


 ゼインには申し訳ないけれど、流石に十日も待ってあげられない。以前、アネモネに会えたのも奇跡に近かった。唇を噛み締め、無常さに胸を痛める。


「では、これだけでもアネモネ嬢に渡してください」


「貴方は、どちら様で?」


「『レイン』と言えば……伝わると思います」


 ここでゼインと名乗れないのが非常に悔しい。傘の取っ手をぎりぎりと握り締める。


「承知いたしました」


「よろしくお願いしますね」


 ゼインは執事に頭を下げ、とぼとぼとこちらに戻ってくる。エントランスの扉は閉じられ、緊張の糸は一気に切れてしまった。


「……一生会えない訳じゃない。今回は特別だったんだ」


「そうでしょうか……」


 アルフレッドの励ましにも、ゼインは無気力に答える。すっかり自信をなくしてしまったようだ。


「レインが意気消沈してたら、アネモネが可哀想だよ?」


「……そうですよね。全てが上手く行ったら……でも……。神様はやっぱり意地悪ですね」


 ゼインは傘の隙間から空を見上げる。


「この空には、神様はいないのかもしれません」


 静かな絶望が、雨音に掻き消されそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ