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異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました【完結】  作者: 七宮叶歌
第16章 零す

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零すⅡ

 ゼインがドアノッカーを叩くと、ほどなくして扉が開かれる。現れたのは執事ではなく、グライゼル侯爵本人だった。侯爵は冷めた目で私たちを見回すと、一言だけ放った。


「入りなさい」


 有無を言わさぬ物言いに、一瞬たじろいでしまう。侯爵は一人で廊下の奥へと消えてしまった。しかし、ゼインだけは笑顔を絶やさない。


「ま、何とかなりますって」


 言いながら、グッドサインを送る。


「そうだよね、うん。きっと大丈夫」


 顔を曇らせるアルフレッドに、何とか笑って頷いてみせる。アルフレッドも決心してくれたようで、頭を縦に振ってくれた。どちらともなく手を繋ぎ、侯爵の後を追う。ゼインは後からついてくる。

 リビングに入ると、やはりデイビッドも待ち構えていた。難しい顔をして、腕を組んでいる。

 アルフレッドは気乗りしない表情で、半歩前に出る。

 

「物資の支給、ありがとうございました」


「逃亡成功だな。では、出立の準備をしなさい」


 侯爵は息をつく間もなく、顎をしゃくる。せっかく報告をしに来た息子を、こんなに簡単に追い出すなんて。ゼインへの優しさは幻だったのだろうか。アルフレッドは俯き、唇を噛み締める。


「もっと労いの言葉はないのですか? アルフレッドは命を張って私を守ってくれたのです。それでも父親ですか?」


 なるべく怒りを殺して、しかし唇を震わせながら声にする。


「メヌエッタ、良い。父上はこういう人だ」


「でも……!」


 アルフレッドが良くても、どうしても納得がいかないのだ。

 侯爵に目を吊り上げていると、意外な人物が声を上げた。


「父上、いい加減に素直になってください。どうして兄上には本音を言えないのですか?」


 デイビッドだ。若干、呆れ顔で口を結ぶ。侯爵は顔色も買えず、何も言わない。代わりにデイビッドが口を開く。


「……もう良いです。俺はこの家を出ていきます」


「待って!」


 部屋どころか屋敷まで飛び出していきそうなデイビッドを何とか言葉で引き留める。


「貴方は私のために、アルフレッドに家督を継ぐように言いましたね?」


「はい。確かに」


「私は全くそれを望んでいません」


「えっ?」


 デイビッドは意表を突かれたように目を開く。


「私のことを何も知らない貴方が、どうしてそのようなことを言えるのです?」


「俺は、家族をあるべき姿に戻そうと――」


「それが間違っているのです」


 デイビッドは何も分かっていない。それを示すように首を横に振ってみせた。


「勝手に決めつけないでください。俺だって、俺なりに兄上のプライドを守りたいのです。俺が代わりに傷つけば、兄上はこれ以上傷付かなくても良いでしょう?」


 デイビッドは拳を握り締め、きつく口を引き締める。これでアルフレッドが黙っている訳もない。俯き加減で、「昔から」と声を震わせた。


「どうしてそんなに哀れな目で俺を見る? その間違った優しさが、俺を余計に傷付けるんだ」


 歯を食いしばり、デイビッドを見る。黙って見ていたゼインは、もう我慢が出来ないと言わんばかりに数回手を叩いた。


「侯爵様、お二人を見ても何も感じないと?」


 私たち四人の視線が一気にグライゼル侯爵へと向く。初めて侯爵の表情が揺らいだ。


「私は……何を間違ったのだ? いや、何も間違えてはいない、何も」


「僕に見せてくれた優しさを、アルフレッド様は知りません」


「それは……」


 侯爵は項垂れ、髪をくしゃりと握る。


「何がそんなに侯爵様を怯えさせているのですか?」


「……一度、座ろう」


 侯爵はくたびれた表情をしながら、ソファーに座り込む。侯爵の隣にデイビッドが、その対角上のソファーに私とアルフレッドが腰を下ろした。ゼインは執事然として座らず、私たちのやり取りを見守っている。


「妻は……セシリアは、あまりにも自由過ぎた」


 侯爵は独り言のように口にする。


「好き勝手に遊び歩くし、政治にも口を出していた。だから……」


 語尾は弱々しくなり、覇気もなくなる。


「それと何の関係が?」


 言葉を繋ぐように私が問うと、侯爵はちらりとアルフレッドを見た。


「アルフレッドがセシリアのようになるのが怖かったのだよ」


「ただ、容姿が似ているというだけで?」


 侯爵は答えず、首だけを動かす。あまりにも身勝手だ。自分の不安を解消するためだけに、息子に当たっていたなんて。


「それで、アルフレッドを追い出すのですか?」


「この家に捕らわれていたのでは、自由への渇望がアルフレッドを狂わせるかもしれない。そう思うとな」


 侯爵は前かがみになり、両手で顔を覆う。その恐怖は私には理解出来ない。しかし、一方的に非難することも出来なくなっていた。歪みながらも、侯爵はアルフレッドを守ろうとしていたことが感じられたからだ。


「父上が俺を追い出さなくても、デイビッドが俺を引き留めても、俺はこの家を出ていく」


 アルフレッドは膝の上で拳を握り、侯爵とデイビッドを鋭い目つきで見た。


「ほら、見たことか。やはり、本性は隠せないのだ」


「俺は自分のためではなく、メヌエッタのために出ていくのです。勘違いしないでください」


 嘲笑する侯爵に、アルフレッドは語気を荒げる。


「こんな家に縛り付けても、メヌエッタに不自由しかさせない。何より」


 アルフレッドは息を吸い込み、畳みかけた。


「俺がメヌエッタの泣く姿を、もう見たくはないのです」

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