零すⅠ
ホープ号に戻ると、アルフレッドとゼインは無言で私を迎え入れてくれた。あまりにも優しい笑顔に、涙が溢れそうになる。
離陸に合わせてデッキに出て、ロゼリアの屋敷を眺める。木々に囲まれた、青い屋根に白い壁の豪邸――私の気持ちがきちんと伝わってくれていれば良いなと願わずにはいられない。
「ロゼリア、元気でね」
最初で最後かもしれない、同性の私の友人だ。私の言葉は棘として残るかもしれない。でも、それを乗り越えて幸せになって欲しいな、と両手を握り締めた。
程なくして、廊下から人影が現れる。アルフレッドだ。ちょっとだけ気になっていた話題を振ってみることにした。
「アルフレッドは、ロゼリアを恨んでる?」
アルフレッドは考える素振りも見せず、首を横に振った。
「全然だな。見ず知らずの令嬢のすることなんて、いちいち気にかけてはいられない」
「でも、自分の未来を掻き回した子だよ?」
問い質してみても、アルフレッドの意見は変わらない。
「それでも、俺は自分のことで精一杯だ」
苦笑いをし、片方の肩を竦める。被害者とはそういうものなのだろうか。しんみりとしながら、今一度、遠ざかっていく豪邸を見詰めた。
安定飛行に入るとデッキにゼインも合流し、にぎやかな時間が戻る。グライゼル侯爵邸までは半日以上かかるのだ。その間に、デイビッドへの対応を考えておかなくては。
「デイビッドの申し出は断るんでしょ?」
「当たり前だ。俺は、メヌエッタの意思を尊重したい」
「私だけじゃなくて、アルフレッドの将来も考えてよ」
何故、そんなにも自分を棚の上に置くのだろう。少しずつ自分も大切にする癖を身につけさせなくては。
アルフレッドは困り顔になり、何かを考え始めた。
「俺は……そうだな、家に縛られてもそれなりの人生しか送れなさそう……ではあるな」
「アルフレッド様、何でそんなに自信がないんですか」
ゼインが眉をひそめると、アルフレッドは苦笑いをした。
「自分のことを真面目に考えたことはなかったからな」
言いながら、嘲笑する。その表情が空虚なものに見えて、心に突き刺さった。
「これからは、そんなことは許さないんだからね?」
私が腰に手を当てて頬を膨らませると、ゼインが大笑いをする。それも屋敷で暮らしていた頃からの絆があるからなのだろうな、と羨ましくなってしまう。
まあ、思い出はこれからたくさん作れば良いと割り切ろう。
「それで、ですよ」
ゼインは私たちの顔を交互に見て、真剣な顔つきになる。
「契約結婚の話は、予定通り受けるんですよね? ね?」
そうだ、緊急事態が続きすぎていて忘れかけていた。私はアルフレッドと一緒にいたい。断る理由はない。
でも、アルフレッドはどうなのだろう。成り行きでキスをしてしまったけれど、まだ本人の気持ちは聞けていない。顔をバラ色に染めるアルフレッドの顔を見上げ、高鳴る胸を押さえる。
「俺は受けたい。というか、受けさせて欲しい。メヌエッタは嫌か?」
「全然、嫌じゃない! 私はアルフレッドが好きなの!」
自分が発した言葉に違和感を覚える。こんなところで告白するなんて、私は馬鹿なのだろうか。キスをした時点で想いは伝わっているだろうけれど、恥ずかしすぎる。
「両想い成立ですね? 本当にここまで長かった……。二人が奥手すぎて」
ゼインはわざとらしく目に涙を滲ませる。目薬を仕込んだのではないかと疑うほどだ。
「ゼイン、からかってるだろ」
「主の恋愛成就を喜ばない執事はいませんよ?」
言葉とは裏腹に、ゼインはニヤニヤしている。アルフレッドが盛大に息を吐き出しても、「僕は嬉しいだけですよ?」とアルフレッドの怪我をしていない方の肩を軽く叩くだけだった。
「ゼインだって、いつアネモネを迎えに行くつもりだ?」
「ちょっと考えがあるんです。今すぐには、行動には移せませんけどね」
どんな考えなのだろう。
「頑張れば出来ること?」
聞いてみると、ゼインは溢れんばかりの笑顔に変わった。
「はい。必ず成し遂げてみせます。そのために」
ゼインは何度か頷き、自分の中で心を決めているようだった。
「時が来たら、僕を解放してください」
「……えっ?」
それは追い出せ、と言っているのだろうか。私はずっとゼインとも、アネモネとも旅をしたいのだ。私たちを見捨てないで欲しい。嘆願するようにゼインを見ても、視線は合わなかった。まっすぐにアルフレッドを見ている。
「独り立ちですよ、独り立ち」
「そんなことを言っても、ゼインがいなければ船は動かせないだろ?」
「操縦は僕が一から教えますって」
ゼインの決意は本物だ。教えてまで独り立ちをしたいなんて、ゼインなりの夢があるのだろう。ここは彼の応援をするべきなのだろうか。酷く寂しいけれど、彼なりに自分の未来を選びたいのだろう。
「アルフレッド、私も支えるから」
「……ちょっとだけ考えさせてくれ。最善の方法を考えたい」
アルフレッドは決断を急がず、思考を巡らせる。それが良いことなのか悪いことなのかは、私には分からない。ただ、ゼインにとっては苦痛の時間なのだろうな、と予想することは出来た。
定刻通りにグライゼル侯爵邸へと到着した。必ずデイビッドと決着をつけてみせる。意気込み、生唾を呑み込んだ。本題がグライゼル侯爵の優しさにあることなど、露ほど知らずに。




