掲げるⅢ
自室に移り、王宮で最後の一夜を過ごす。隣の部屋にはアルフレッドが、その隣にはゼインが泊まることとなった。私の部屋に集うと、ゼインは部屋の豪華さに驚いたようだった。
「何ですか、このシャンデリア! こんなのが各部屋に付いてるんですか?」
「ううん、私とお父様の部屋だけだよ」
「何だ、キラキラの中で眠れるかと思ったんですけどねー」
ゼインはがっかりしたように肩を落とす。いや、キラキラは眠る時には消すものだ。内申でツッコミを入れてみる。アルフレッドも目を細め、苦笑いをした。
「それより、アルフレッド様。空を渡る考えって、何ですか?」
「ああ、それははったりだ。そうでもしないと、メヌエッタが自由にならなかったからな」
アルフレッドは迷いなく言う。てっきり何か考えがあると思っていただけに、開いた口が塞がらない。
「大胆なことをしますねぇ」
ゼインは「ほえー」と声を漏らす。その隙に、話をねじ込んでみる。
「明日、グライゼル侯爵邸に向かうでしょ?」
「ああ」
「その前に、ロゼリアの所に寄って欲しいの」
「構わないが」
アルフレッドはにこやかに頷いてくれた。それが気にくわないのか、ゼインは口をへの字に曲げる。
「屋敷に戻っても、デイビッド様に説得されるだけですって。それでも行くんですか?」
「ああ。このままじゃ、俺の気が収まらないからな。何か言い返してやりたいんだ」
その手紙の内容が脳裏を掠めた。無意識ではあるけれど、兄に家のこと全てを押し付けようとするのは目に見えている。私としては、屋敷には行かずに旅に出たいものだ。
「父上にも、一応、礼くらい言わないとな。助かったことには変わりない」
そう言われると、反発が出来なくなる。侯爵には私もお世話になったし、感謝も伝えたい。
「デイビッドに会わないのが一番良いんだけど……」
「それは不可能だと思って良い。帰ると手紙を書いてしまったからな」
「何でそんな余計なことするのぉ!」
「ついうっかり、な」
うっかりで済むことなのだろうか。アルフレッドも律儀すぎるな、と思いながら、頬を膨らませた。
ゼインはアルフレッドが持っていたカードを懐から取り出し、にこりと笑う。
「カードゲームでもしながら、夜を過ごそうじゃないですか。今日は寝かせませんよ」
「俺に勝てると思ってるのか? 神経衰弱だってボロ負けだっただろ」
「あれはたまたまです」
二人で語っているものの、ゼインの視線は私にも向けられている。完全に巻き込まれた。まあ一夜だけだから、夜更かししても良いのかもしれない。
「じゃあ、ババ抜きからね!」
「嘘が苦手なのにですか?」
「良いのー!」
ババ抜きは初めてアルフレッドの心に触れたゲームなのだ。正式に王女ではなくなった日に、また思い出を重ねたい。
アルフレッドはゼインからカードを受け取ると、軽快にシャッフルする。カードが擦れる音と私たちの笑い声は明け方まで続いたのだった。
* * *
楽しかった時間はすぐに終わり、現実が押し寄せる。朝日を浴びながら、母の墓前に手を合わせた。
「私、旅に出ることになりました。もう、国に守ってもらえないのはちょっと怖いけど」
手向けた百合の花は、静かに風に揺れている。母が「元気でね」と言ってくれているかのようだ。
「お父様が許してくれるなら、また会いに来るね」
「メヌエッタ! そろそろ行くぞ!」
「分かったー!」
振り向きざまに、アルフレッドに返事をする。
「お母様に会えなくなるのはつらいけど……行ってきます」
にこりと微笑み、足を踏み出した。その時、温かな風がふわりと身体を包み込む。
「お母様?」
まるで、誰かに抱かれているかのような感覚だった。胸に温かな明かりが灯る。
その気持ちのまま、ホープ号に乗り込んだ。この船も騎士たちが運んでくれていたらしい。褒めはしないが、感謝はしたくなった。
デッキで外の空気を吸うのはいつ振りだろう。あまりの爽快感に、心が浮足立つ。
ロゼリアが住む屋敷には、一時間程度で到着した。気持ちを切り替え、覚悟を決める。アルフレッドとゼインはホープ号で留守番だ。私の来訪を予期していなかった使用人たちは、慌てた様子で屋敷内を右往左往していた。
応接室に入ると、目を吊り上げてみる。数分も経たず、ロゼリアは姿を現した。長い茶髪を二つに結んだ清楚な出で立ちに、ラベンダー色の円らな瞳――可愛らしい雰囲気は変わっていない。しかし、瞼は赤く腫れあがっていた。
「メヌエッタ、ごめんなさい!」
間髪入れず、ロゼリアは頭を下げる。
「謝ったって、すぐには許せないよ。ロゼリアのせいで傷付いた人がいるの」
「それは……謝っても許されないことをしたって分かってる。本当にごめんなさい」
声が掠れている。私が逃亡していた間も、ずっと泣いていたのだろうか。
一度、ロゼリアの立場に立ってみる。出来心で文通を始め、想いを寄せた相手は従姉との結婚が決まる。その従姉は結婚を嫌がり、自分のせいで死亡したと聞かされる――とても堪えられたものではない。
だからと言って、今、ここで許してしまっても良いのだろうか。一瞬だけ言葉を飲み込み、それでも信念を声にしていく。
「私はもう、ロゼリアに会うことはないと思う。だから、覚えていて」
間を置き、息を吸い込む。
「貴女の油断が、こうやって人を死に追い込んだりするの。王妃になっても、忘れちゃ駄目だからね」
自分で言っておきながら、胸がきゅっと締まる。今は許しはしない。でも、一生許さない訳でもない。これを教訓にして生きていってくれるなら、私の本望だ。決して笑顔は見せず、ロゼリアの手を握る。彼女ははらりと涙を零した。




