囁くⅡ
風の音に紛れて異音がするのは気のせいだろうか。ホープ号の物ではない、何かエンジンのような音がする。前方ではない、後方だ。
振り返ってみると、飛空船の旅団だろうか。数隻の船が群れてこちらに向かってくる。他の船と顔が合えば、手を振り合ったりするものなのだろうか。今ならそんなことを考えられるほど、まだ余裕がある。
「あ、コンタクト入れてないや。隠れた方が良いかぁ」
段々、身を隠すのもつらくなってきた。思い切り外の空気を吸って、思い切り笑いたい。身を翻し、階段へと向かう。すると、突然、発砲音が聞こえたのだ。空気を切り裂く音と共に、顔の横を何かがすれすれで通過する。
「ティア! 逃げろ!」
もしかして、今、私は撃たれたのだろうか。足が硬直して動かない。それなのに全身が震えている。
ホープ号は発砲音を恐れるかのように、急前進を速め始めた。上手く立っていられず、その場にくずおれてしまった。部屋に逃げなくては。そう思うのに視界が歪み、反応が出来ない。呼吸も上手く出来ない。
「ティア! こっちに来い!」
階段の方を見てみると、必死に叫ぶアルフレッドの姿が見えた。涙で歪む視界の中で、必死にスカートを握り締める。
「……ごめんなさい」
やっとここまで逃げてきたのに。私はここで終わるかもしれない。死を覚悟し、瞼を閉じる。
「メヌエッタ!」
二度目の銃声が聞こえ、痛みに身構える。何かが私の身体を突き飛ばし、床に激突した。
「……くっ!」
アルフレッドの呻き声が聞こえる。瞼を開けてみれば、目の前でアルフレッドが倒れているではないか。肩から流れるほどに出血している。
「ねえ、アルフレッド!」
「大丈夫だ。大丈夫だから……」
アルフレッドは肩を押さえながら、途切れ途切れに言う。
「そんな顔をするな……」
絶対に痛いのに、儚く微笑んでみせる。
「やだぁ!」
アルフレッドの身体に顔を埋め、叫んでいた。このまま死んでしまったらどうしよう。私ではアルフレッドを守れない。一気に頭の中を不安が埋め尽くしていく。
そこへ、拡声器の声がホープ号まで届いた。
「こちらはハルネイオ国騎士団だ。おとなしく投降すれば、これ以上は危害を加えない。すぐに最寄りの島へ寄港しろ」
「お、お前たちの言いなりにはならないからな!」
今度はゼインがやや弱気になりながらも、拡声器を使って応戦する。階段からその姿を見せ、私たちの前に立ち塞がった。
「僕は一般人だ! こ、これ以上、撃てないだろ!?」
その声は少し震えている。
「僕だって、死にたくないんですよぉ」
拡声器が甲高い音を放ち、耳を刺激する。ゼインが涙目で振り向くので、しっかりしてと声を掛けたくなった。
それでもゼインはこちらの様子を窺い、「前進しますよ」と囁く。これほどまでにゼインを頼もしいと思ったことはない。ゼインのゆっくりとした歩調に合わせ、私もアルフレッドを引き摺りながら前進していく。途中、何度か船が揺れた。階段まで辿り着くと、ゼインはアルフレッドを背負い、倉庫へと急ぐ。
「僕は操縦をしなくてはいけないので……手当てはティア様に任せます。傷は深くはないと思いますが……」
ゼインはアルフレッドの顔を見て言葉を詰まらせる。そのまま、心配そうな顔を見せながらも部屋を出ていってしまった。ドアの閉まる音が空気を振動させる。
救急箱はどこだろう。手当たり次第に小さな木箱を開けていき、中を確かめる。
「どこ……!?」
「メヌエッタ、あれだ」
アルフレッドが指さしたのは、真っ白な木箱だった。アルフレッドの顔は真っ青で、汗が滴っている。早くしなくては、と手が震えてしまう。
なんとか落とさずに棚の上から木箱を取ると、ガーゼと包帯を取り出した。今まで傷の手当なんてしたことがない。上手く出来るだろうか。
いや、そんなことは言っていられない。私はやれば出来る子だ。自分を奮起させ、アルフレッドと向き合った。
「触って痛かったら言ってね」
「もう、既に痛いからな……。これ以上、痛くなったら死ぬ……」
恐る恐るガーゼで傷に触れると、アルフレッドは呻き声を上げて顔をしかめる。
「ごめんね」
「今のは、ちょっと死にそうだったな……」
ガーゼはみるみるうちに赤く染まった。止血を先にした方が良いのだろうか。
「……脇から肩にかけて縛り上げてくれ。そうすれば、血も止まる」
「分かった」
私がやらなくては、アルフレッドを救えない。どこかで傷口よりも心臓に近い部分を圧迫すると止血できると耳にしたことがある。傷口を避けてタオルで縛り上げてみる。でも、なかなか力が入ってくれない。
仕方なく、ガーゼを当てて包帯を巻いた。まだ包帯にまで血が滲んでいる。私の力では、この不十分な応急処置で限界だ。後でしっかりゼインに手当てをしてもらおう。
「ひとまずは大丈夫、なのか……?」
顔色が悪いまま、アルフレッドは首を傾げる。大丈夫なんかではない。当たり所が悪かったら、本当に死んでしまっていたのだから。
指から滴り落ちる血に、唇を噛み締める。
「まだ安心は出来ないんだから」
「メヌエッタは心配しすぎだ」
その瞳はどこか虚ろで、瞼も重そうだ。
「疲れた……」
アルフレッドは呟き、テーブルに突っ伏してしまった。
「アルフレッド?」
声を掛けても返事はない。




