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異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました【完結】  作者: 七宮叶歌
第10章 誓う

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誓うⅢ

 ゼインと対峙しているのは、赤いドレスに艶やかな長い焦げ茶の髪、銀の瞳を持つ女性だ。オレンジから紫に変わり始めた空を背景に、二人は見詰め合う。


「アネモネ……だよな?」


「そうです」


「どうしてここに?」


「伯爵のお食事会に招かれて」


 そこまで話すと、二人は俯いてしまった。夕暮れでも分かるほどに、二人の横顔は赤い。

 

「……本当は違うんじゃないのか?」


「えっ?」


「食事会だけじゃ、そんなに着飾らないだろ?」


 言われてみると、確かに女性――アネモネはネックレスやイヤリング、赤いリボンなどを身に着けている。食事をするだけなら邪魔になるほどだ。

 アネモネは気まずそうに口を引き締める。


「……伯爵令息との顔合わせです」


「だよな」


 ゼインは意気消沈し、唇を噛み締める。そのままアネモネとすれ違おうとしてしまった。


「待ってください」


 ゼインはアネモネに背を向けたまま、顔だけを上げる。


「私は……まだ、貴方を――」


「駄目だ」


 アネモネの声を遮り、ゼインは振り返った。その緑の目はまっすぐにアネモネを捉えている。


「僕はあの時、アネモネを連れ出せなかった。また、そんなことになったらと思ったら……怖いんだ」


「それでも良いのです」


 アネモネの必死な叫びにも、ゼインは首を横に振る。何故、そんなに頑ななのだろう。好きなら抱き締めてしまえば良いのに。

 アルフレッドの手が私の手に触れ、ぎゅっと握り締めてくれる。


「どうして、今を大事に出来ない? 伯爵令息が待ってるんだろ? 僕はもう、貴族でも何でもない」


「私は未来を大事にしたいのです。今よりも、もっと大事な……ゼイン様との未来を」


 そうだ、その意気だ、アネモネ、とどうしてもアネモネ目線に立ってしまう。ゼインも私たちに想いを吐露するくらいなのだから、アネモネに告白くらい出来るはずなのに。

 それなのに、やはりゼインは目を伏せてしまった。髪をクシャリと握り締める。


「僕はアネモネのことを永遠に忘れられないと思う。でも、幸せになっちゃ駄目なんだ。兄さんの結婚をぶち壊して――」


「お兄様は……セオドア様は、今は幸せそうに暮らしていらっしゃいます」


 その答えで、ゼインの目が見開かれた。

 ゼインの行為が報われたのだ。ゼインはもう、自分を呪う必要はない。アネモネの言葉に、何故か私の目から涙が出そうになる。


「レイン、もう良い……」


 アルフレッドの呟きが聞こえた。


「勘当されたままの貴方で構いません。私もいっしょに堕ちる覚悟です。貴族の身分なんて捨てます」


「アネモネ……」


 ゼインの手がアネモネへと伸びる。しかし、触れることはなかった。既のところでピタリと止まり、また落ちる。


「本当に良いのか……?」


「はい」


「後悔しないか?」


「はい」


 アネモネはぐっと口を結ぶ。ゼインは何かを言いかけて、口を動かしている。言葉として発せられた時には数分が経過しているように感じられた。


「僕は今、ある人たちの逃亡を手伝ってる。その逃亡が成功するまでは、アネモネのところには行けない。それでも、待っててくれるか?」


「当たり前じゃないですか」


 アネモネはにこりと微笑む。ゼインの目が潤んだように見えた。

 ここで泣いては駄目だ。男としてカッコよく去った方が良い。我慢するんだ、とゼインに向けて空いている手で拳を作ってみる。


「必ず迎えに行く。だから、僕のことは忘れないでいて欲しい」


「絶対に忘れません」


 それでも、ゼインはアネモネを抱き締めない。

 私とアルフレッドは、目を吊り上げながら二人の行く末を見守っていた。このまま別れてしまう流れなのだろうか。そう思ったところで、アネモネがゼインに駆け寄った。ゼインの首に手を回し、ほんの一瞬のキスをする。まるで、風も、音も、時さえも止まっているかのような感覚だった。

 アネモネは身体を離すと、幸せそうに微笑んだ。その勢いのまま、街の方へ向けて駆けていく。それをゼインはただ黙って眺めていた。


「アネモネ……」


 小さな呟きは私の耳までしっかりと届く。


「出会えた。出会えちゃった……」


 この調子だと、ゼインは放心状態だろう。騎士がいないことを確認し、アルフレッドと二人でゼインの元へと駆け寄った。ゼインは腰をストンと落とす。


「……泣いても良いですか?」


「ホープ号に戻ってからな」


 アルフレッドはゼインの肩をポンポンと叩くと、優しい笑顔に変わった。ゼインはその場で咽び泣き、顔を両手で覆う。こんな恋はしたくないな、とゼインに申し訳なくなりながらも、静かに拳を握った。


 * * *


 真夜中に飛び立ち、安定飛行に切り替わったホープ号のデッキをアルフレッドと静かに歩く。船首に辿り着くと、星が煌めく空を一望出来た。

 先ほどの余韻に浸り、アルフレッドの手を握り締める。


「私、幸せって何なのか、少し分かった気がする」

 

「そうだな」


「一緒にいたいと思える人と一緒にいられることが、一番の幸せじゃないのかなって」


「俺もそう思った」


 アルフレッドも大きく頷き、空を見上げた。

 私はきっと、一番にアルフレッドと一緒にいたい。彼が私の傍を離れるなんて絶対に嫌だ。遠くへ行ってしまうなんて想像もしたくない。

 こう思えるということは、やはり私はアルフレッドのことが好きなのだろう。やっと自分の気持ちを認められた。これもゼインのお陰だろう。


「今はこうして寄り添ってるだけだが、いつかは……」


「何?」


「いや、なんでもない」


 アルフレッドは儚く笑い、私を見る。アルフレッドの気持ちも私に向いてくれていれば良いな、と期待してしまう。


「今まで頑張ってきたけど、もう、孤独は感じたくない。私は、私なりに、しっかり後をついていきたい」


「誰の後だ?」

 

「……それは言えない」


 今回の出来事は、私の心に残り続けるのだろう。それで良い。誰かが救われた瞬間なんて、そうそう見られるものではないのだから。貴重な経験をしてしまった。礼を言ってはゼインが恥ずかしがるだろうから、感謝の気持ちはそっと胸にしまっておこう。心に決め、私も眩い星空を見上げた。

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