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異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました【完結】  作者: 七宮叶歌
第7章 揺れる

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揺れるⅢ

 ぎっくり腰のゼインと顔バレの危険があるアルフレッドをホープ号に残し、朝一番で号外を配る女性の元へと駆け寄る。人波をかき分けて一枚だけ奪い取り、来た道を戻った。緊張のせいなのか、久々に運動したせいなのか、ホープ号に着く前に心臓はどくどくと脈打っていた。そのままタラップを上り、デッキを駆け、階段を下りる。ゼインの部屋に入った時には、すっかり息が上がっていた。


「もらってきたよ」


 握り締めていた号外を広げると、トップニュースにはアルフレッドの顔――どこか違和感のある似顔絵が掲載されている。

 本物と何が違うのだろう。号外をアルフレッドの顔の横に掲げ、彼の顔と似顔絵を見比べてみる。


「分かった」


 きっと、似顔絵には生気がないのだ。目元も本物よりも若干つり上がっている。いかにも悪人面だ。

 アルフレッドは首を傾げる。

 

「何が分かったんだ?」


「似顔絵がセシルに似てない理由。この絵、目が死んでるの」


「あー、言われてみると確かに」


 ゼインも納得したように何度か頷いた。


「元が良いんだから、もっとカッコよくしてくれても良いよねぇ」


「それは僕が嫉妬します」


 一転、ゼインは目を横に流して口を尖らせる。


「だって、ルーヴェン王国全域にこんな良い男がいるんだって知れ渡るんですよ? ちやほやされまくりじゃないですか」


「レイン」


 アルフレッドは目を細め、腕を組む。


「お前の顔も知れ渡らせようか? 俺の『共犯者』として」


「や、止めてください……!」


 ゼインは懇願するように頭を下げるので、アルフレッドは大きく溜め息を吐いた。


「本物に似過ぎてなくて、多少、安心はしたが……。それでもな」


「うん」


 長居しないに越したことはない。今朝の時点では、プロペラの羽根が二枚だけ取り付けられたようだ。完成にはどれくらいの時間が掛かるのだろう。


「ちょっと棟梁の所に行ってこよう。流石にあと二日以上は待てない」


「私も行く」


 歩み始めたアルフレッドの後を追う。振り返ってみると、心配そうな顔で私たちを見送るゼインの姿があった。


「レインもカッコいいからね」


 アルフレッドには聞こえないように、手を添えて囁く。これは世辞ではない。私の好みではないだけで、ゼインの顔が刺さる女性は多くいるだろう。ゼインは最初に驚いたような顔をしていたけれど、すぐに太陽のような笑顔へと変わった。

 ホープ号の外には、もう号外を求める人の波はない。代わりに船大工たちが工具を手に行き来していた。棟梁はどこだろう。デッキの上でアルフレッドと地上を見下ろしていると、その姿はタラップの傍にあった。急いでそちらへと向かう。


「すまない」


 アルフレッドが声を掛けると、棟梁は顔を上げる。

 

「ああ、お前か。俺もちょっと話があったんだ。顔を貸せ」


 アルフレッドに話があるなんて、どういうことだろう。まさか、修理の延期では――。

 嫌な予感が脳裏を掠め、棟梁とアルフレッドに続いた。ホープ号と積まれた資材の陰に隠れると、棟梁は嫌な笑みを浮かべる。


「修理を急げって言いたいんだろ?」


「分かってるなら、そうして――」


「どうしてそんなに急ぐ?」


 思わず息を呑んだ。しかし、棟梁の目はアルフレッドに向いている。アルフレッドは冷静さを失わず、細い息を吐いた。


「母が急病でな」


「案外、隣国から逃げてきたんじゃないのか?」


 アルフレッドの話を聞いていないのだろうか。棟梁が無作法に唾を飛ばしながら話すので、顔をしかめてしまった。


「船を見て、おかしいと思ってたんだ。わざわざ雷の日に国境を越えようとする奴なんかいない。『逃亡者』を除いてはな」

 

 私たちの様子を窺いながら、棟梁は目を細める。

 

「報酬は今の二倍……いや、三倍だ」


「は?」


「出せねぇって言うのか? それなら騎士に突き出すだけだぞ? アルフレッドさんよぉ」


 駄目だ、バレている。しかも、完全に私たちを舐めてかかっている。下手に出ていれば、こちらから金をむしり取ろうだなんて許せない。拳を握り締め、口を開いてしまった。


「突き出すなら、突き出してみなさいよ! 人違いだってすぐに分かるんだから! ちゃんと仕事もしないくせに、口ばっかり達者で――」


「ティア」


 アルフレッドは私に手を伸ばし、首を横に振る。


「そこのお嬢さんだって、事故死したって言われてる王女さんだったりしてな」


 棟梁は大声で笑いながら私たちに背を向ける。人を蹴り飛ばしたいと思うほどに怒ったのは、今が初めてだろう。


「ティア、仕方ない。今は我慢だ」


 いつの間にか溢れてきた涙を両手で拭い、小さく頷く。王女ではない私は、なんて無力なのだろう。

 すぐにこれまでの経緯をゼインに話した。ゼインは「あちゃー」なんて気楽に振舞っていたけれど、内心は焦っていたに違いない。


「既に法外な値段を吹っ掛けてきてたのに……。あいつら、人の心がないんですかね」


 語気はいつもより強かった。


「我慢するしかない。こっちは命を握られてると言っても良いからな」


「ですよねぇ……」


 法外な値段がどれくらいのものなのか、お金を持ったことすらない私には想像がつかない。ただ、非人道的と言って良いことくらいは理解しているつもりだ。


「さっさとこんな街からおさらばしないとですねぇ」


「レイン、腰は良いのか?」


「セシル様がマッサージ師を頼んでくれましたから。鍼もしてくれましたし、だいぶ良くなりましたよ」


 ゼインは背筋を伸ばし、晴れ晴れとした表情をした。アルフレッドにも笑顔が戻る。


「じゃあ、修理が終わり次第出発だな」


「はい! また張り切っちゃいますよ!」


 張り切って、またぎっくり腰にならないと良いけれど。口には出さず、心の中で呟いて苦笑いをした。

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