揺れるⅢ
ぎっくり腰のゼインと顔バレの危険があるアルフレッドをホープ号に残し、朝一番で号外を配る女性の元へと駆け寄る。人波をかき分けて一枚だけ奪い取り、来た道を戻った。緊張のせいなのか、久々に運動したせいなのか、ホープ号に着く前に心臓はどくどくと脈打っていた。そのままタラップを上り、デッキを駆け、階段を下りる。ゼインの部屋に入った時には、すっかり息が上がっていた。
「もらってきたよ」
握り締めていた号外を広げると、トップニュースにはアルフレッドの顔――どこか違和感のある似顔絵が掲載されている。
本物と何が違うのだろう。号外をアルフレッドの顔の横に掲げ、彼の顔と似顔絵を見比べてみる。
「分かった」
きっと、似顔絵には生気がないのだ。目元も本物よりも若干つり上がっている。いかにも悪人面だ。
アルフレッドは首を傾げる。
「何が分かったんだ?」
「似顔絵がセシルに似てない理由。この絵、目が死んでるの」
「あー、言われてみると確かに」
ゼインも納得したように何度か頷いた。
「元が良いんだから、もっとカッコよくしてくれても良いよねぇ」
「それは僕が嫉妬します」
一転、ゼインは目を横に流して口を尖らせる。
「だって、ルーヴェン王国全域にこんな良い男がいるんだって知れ渡るんですよ? ちやほやされまくりじゃないですか」
「レイン」
アルフレッドは目を細め、腕を組む。
「お前の顔も知れ渡らせようか? 俺の『共犯者』として」
「や、止めてください……!」
ゼインは懇願するように頭を下げるので、アルフレッドは大きく溜め息を吐いた。
「本物に似過ぎてなくて、多少、安心はしたが……。それでもな」
「うん」
長居しないに越したことはない。今朝の時点では、プロペラの羽根が二枚だけ取り付けられたようだ。完成にはどれくらいの時間が掛かるのだろう。
「ちょっと棟梁の所に行ってこよう。流石にあと二日以上は待てない」
「私も行く」
歩み始めたアルフレッドの後を追う。振り返ってみると、心配そうな顔で私たちを見送るゼインの姿があった。
「レインもカッコいいからね」
アルフレッドには聞こえないように、手を添えて囁く。これは世辞ではない。私の好みではないだけで、ゼインの顔が刺さる女性は多くいるだろう。ゼインは最初に驚いたような顔をしていたけれど、すぐに太陽のような笑顔へと変わった。
ホープ号の外には、もう号外を求める人の波はない。代わりに船大工たちが工具を手に行き来していた。棟梁はどこだろう。デッキの上でアルフレッドと地上を見下ろしていると、その姿はタラップの傍にあった。急いでそちらへと向かう。
「すまない」
アルフレッドが声を掛けると、棟梁は顔を上げる。
「ああ、お前か。俺もちょっと話があったんだ。顔を貸せ」
アルフレッドに話があるなんて、どういうことだろう。まさか、修理の延期では――。
嫌な予感が脳裏を掠め、棟梁とアルフレッドに続いた。ホープ号と積まれた資材の陰に隠れると、棟梁は嫌な笑みを浮かべる。
「修理を急げって言いたいんだろ?」
「分かってるなら、そうして――」
「どうしてそんなに急ぐ?」
思わず息を呑んだ。しかし、棟梁の目はアルフレッドに向いている。アルフレッドは冷静さを失わず、細い息を吐いた。
「母が急病でな」
「案外、隣国から逃げてきたんじゃないのか?」
アルフレッドの話を聞いていないのだろうか。棟梁が無作法に唾を飛ばしながら話すので、顔をしかめてしまった。
「船を見て、おかしいと思ってたんだ。わざわざ雷の日に国境を越えようとする奴なんかいない。『逃亡者』を除いてはな」
私たちの様子を窺いながら、棟梁は目を細める。
「報酬は今の二倍……いや、三倍だ」
「は?」
「出せねぇって言うのか? それなら騎士に突き出すだけだぞ? アルフレッドさんよぉ」
駄目だ、バレている。しかも、完全に私たちを舐めてかかっている。下手に出ていれば、こちらから金をむしり取ろうだなんて許せない。拳を握り締め、口を開いてしまった。
「突き出すなら、突き出してみなさいよ! 人違いだってすぐに分かるんだから! ちゃんと仕事もしないくせに、口ばっかり達者で――」
「ティア」
アルフレッドは私に手を伸ばし、首を横に振る。
「そこのお嬢さんだって、事故死したって言われてる王女さんだったりしてな」
棟梁は大声で笑いながら私たちに背を向ける。人を蹴り飛ばしたいと思うほどに怒ったのは、今が初めてだろう。
「ティア、仕方ない。今は我慢だ」
いつの間にか溢れてきた涙を両手で拭い、小さく頷く。王女ではない私は、なんて無力なのだろう。
すぐにこれまでの経緯をゼインに話した。ゼインは「あちゃー」なんて気楽に振舞っていたけれど、内心は焦っていたに違いない。
「既に法外な値段を吹っ掛けてきてたのに……。あいつら、人の心がないんですかね」
語気はいつもより強かった。
「我慢するしかない。こっちは命を握られてると言っても良いからな」
「ですよねぇ……」
法外な値段がどれくらいのものなのか、お金を持ったことすらない私には想像がつかない。ただ、非人道的と言って良いことくらいは理解しているつもりだ。
「さっさとこんな街からおさらばしないとですねぇ」
「レイン、腰は良いのか?」
「セシル様がマッサージ師を頼んでくれましたから。鍼もしてくれましたし、だいぶ良くなりましたよ」
ゼインは背筋を伸ばし、晴れ晴れとした表情をした。アルフレッドにも笑顔が戻る。
「じゃあ、修理が終わり次第出発だな」
「はい! また張り切っちゃいますよ!」
張り切って、またぎっくり腰にならないと良いけれど。口には出さず、心の中で呟いて苦笑いをした。




