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異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました【完結】  作者: 七宮叶歌
第7章 揺れる

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揺れるⅡ

 そこで、アルフレッドはラジオに手を掛けた。電源を入れると、ノイズに混ざってアナウンサーの声が聞こえ始める。


「本日の天気は晴れ、降水確率はゼロパーセントです。続いてのニュースは、隣国のハルネイオ王女の事故についての続報です。事故に何らかの関与をしたとされている指名手配犯、アルフレッド・シャルレイが、我が国に逃げ込んだとの情報が寄せられています。痩せ型で長身、銀髪とのことですが、似顔絵は明後日の新聞に掲載されるとのことです。見かけた方は、直ちに駐在騎士へ――」


 アルフレッドは舌打ちをし、ラジオの電源を落とす。


「もうバレたか……。まずいな……」


 すっかり逃亡犯の言葉になっている。ゼインも口をへの字に曲げ、唸り声を上げた。


「プロペラが直ったら、さっさと移動しましょう」


「レインは操縦出来るのか?」


「……忘れてました」


 ゼインは苦笑いをし、頭を掻く。

 プロペラもそうだけれど、ゼインのぎっくり腰が最大の難関だ。この街でプロペラが直らないのなら、最悪、次の街で直せば良いのだから。

 

「レイン、今は腰を直すことだけ考えて。レインの身体は一つしかないんだよ?」


「ティア様は優しいですね」


 そうだろうか。満足そうに微笑むゼインに、首を傾げてしまった。


「とにかく、あと四日はこの街で待機だ。顔がバレた後の二日間は何とか乗り切るしかない」


 きっと大丈夫だ、何とかなる。だって、ここまで無事に辿り着けたのだから。目に力をこめるアルフレッドに、ゼインと二人で大きく頷いてみせる。

 ゼインはアルフレッドの顔をじっと見て、口を開く。


「セシル様の顔は綺麗ですけど、目立つ特徴はないんですよね」


「何が言いたい?」


「察してください」


 ゼインはアルフレッドにグッドサインを送る。


「腰、叩くぞ?」


「それだけは勘弁を……!」


 ゼインは目を潤ませ、アルフレッドは大きな溜め息を吐く。ゼインが言いたいことは察せられるけれど、言い方を間違えている。私はただ苦笑いするしかなかった。

 

 * * *


 私たちの交渉相手は船大工だけではなかった。石炭業者に、食料の備蓄、水の仕入れ――何から何まで今までゼインに任せてきたのだ。それら全てを今回はアルフレッドが指揮を執る。

 とはいえ、ゼインの力添えがあったからこそ、こなせていた感はある。


「水の計算はどうすれば良いんだ?」


 アルフレッドは操縦席で取った計器のメモをベッドに座るゼインに見せながら、意見を求めていた。


「満タンの状態から、今残ってる水分量を見て、計算して……」


 アルフレッドから受け取ったノートに何かを高速で書きながら、ゼインは何度か頷く。


「これくらい仕入れれば大丈夫ですよ」


「なるほどな」

 

 アルフレッドも一緒にノートへ視線を落としながら、目を見張る。


「私にも見せてー」


 私もアルフレッドの傍へと走り寄り、ノートを垣間見る。数字自体は簡単な足し算と引き算の計算に見えるけれど、計器の見方となると話は別だ。やはり慣れているのだな、と感嘆の声を漏らした。

 食料もそうだ。倉庫に残っているもの、消費したものをゼインが計算して、アルフレッドに提示する。それをアルフレッドが納品書に纏め、業者に提出していた。運搬は業者に任せているとはいえ、ゼインの頭脳がなくては不足した食料を手に入れることは難しかっただろう。

 最後に石炭を業者に頼み、ようやくアルフレッドは一息つくことが出来た。

 アルフレッドと二人で夜のデッキを訪れ、揃って手摺りに背中を預ける。空を見上げてみれば、満天の星が煌めいていた。まるで、私たちの不安など知らないような、雲一つかかっていない星空だ。

 少しだけ肌寒い夜風に吹かれながら、結びきれていない横髪を撫でた。


「セシル、ごめんね」


 今までアルフレッドに一言も謝っていないことに気付き、そっと目を伏せる。


「何を謝ってるんだ?」


「私の巻き添えで、隣国まで来ちゃって。もう故郷には帰れないかもしれない」


「今更だな」


 アルフレッドは苦笑いをし、黒く染まった髪を掻き上げた。


「父上から契約結婚の条件を出された時から、覚悟はしてたさ」


「でも……」


「それ以上は言うんじゃない」


 あくまでも穏やかな声色で、アルフレッドは言う。その空色の目があまりにも優しいので、それ以上の言葉は出てきてくれなかった。


「俺は、逃げきれたらやりたいことがあるんだ」


「何?」


「ティアのことを、ちゃんと大声で、本名で呼びたい」


 しっとりとした空気がふわりと私たちを包み込む。顔が熱くなったからそう感じたのかは分からない。でも、不快感はなかった。


「私もだよ。ちゃんと、セシルの本名を呼びたい」


 過去からの因縁に塗れた名前ではなく、両親に愛されて生まれた証である本名を呼びたい。心からそう思う。


「きっと叶う。信じよう」


「うん」


 どちらともなく手を繋ぎ、ぎゅっと握り締める。ぶんぶんと振り回したくなったけれど、今日はやめておこう。少しだけ揺らしながら、微笑み合う。

 なんとなく、視線を移動させる。プロペラは支柱部分が完成したようだ。後は羽根を取り付けるのみ、といったところだろう。


「レイン、あと四日で治るかなぁ」


「レインの身体機能次第、といったところだろうが……明日、マッサージ師でも呼んでやるか」


「セシルも意外と優しい所があるね」


「全然、意外じゃないぞ」


 アルフレッドは僅かに目を吊り上げる。それが面白くて、思わず笑ってしまった。

 ゼイン本人には優しい所を見せていないのに、裏ではきちんと気配りの出来る良い船長だ。何故か自分ごとのように誇らしく思うのだった。

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