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異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました【完結】  作者: 七宮叶歌
第6章 触れる

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触れるⅢ

 アルフレッドはさっと身を翻し、ドアへと向かう。


「どこに行くの?」


「船大工の所だ。レインが指揮を取れない以上、俺がやらないと」


「じゃあ、私も行く」


「待ってください……!」


 アルフレッドと頷き合ったところで、ゼインが声を張った。振り向いてみると、ゼインは痛みで顔をしかめている。それなのに、口を閉じようとはしない。


「ティア様だけでも……船内に残ってください……! 二人一緒では危険過ぎます……!」


 それに対し、アルフレッドはゆっくりと首を横に振る。


「俺が重要指名手配犯だとバレれば、どちらにしろ船内は捜索される。そうなれば、今のレインじゃティアの身は守れない。俺といる方が安全だ」


 真っ当な返答に、ゼインは口を噤む。なんだか、こちらの方が申し訳なくなってくる。


「レイン、ごめんね」


「どうして謝るんですか……? セシル様の意見は……ごもっともです。僕が間違ってました……」


「レインは間違いを認められる良い子だな」


「何ですか……良い子って……」


 笑ってその場を和ませようとするアルフレッドに、ゼインは苦笑した。それも束の間、ゼインは顔を歪める。


「いてて……」


「ほら、レインは黙って寝てろ」


 細い息を吐くゼインに、アルフレッドは呆れた表情を向ける。そこで哀れみの表情を向けないのは流石だな、と思う。


「ティア、行くぞ」


「うん」


 アルフレッドはやはりカッコいい、と惚れ直しつつ、その後に続く。そこで疑問符が浮かんだ。惚れ直すということは、私はアルフレッドのことが好きなのだろうか。確かに一緒にいたいし、優しい顔を見れば頬が熱くなるし、手を繋げば胸が高鳴る。これは恋、なのだろうか。速まる鼓動を気にしながら、アルフレッドの背中を見詰める。


「夫婦、ですからね……! 夫婦……!」


 刺さる。刺さりすぎる。それは今の私には言っては駄目なことだ。ゼインの声に、思わず肩が震えた。

 ホープ号のデッキに出ると、日差しが目に刺さる。思わず手でひさしを作った先には、指揮をなくした船大工たちが石畳の上にしゃがみ込んで談笑していた。工具や木材は地面に置かれたままだ。油の臭いもつんと鼻に刺さる。そこへアルフレッドが声を張った。


「すまない、待たせた。この船の修理の続きを頼む」


 すると、中でも体格の良い男性が立ち上がり、私たちをしげしげと見る。まるで、私たちが何者なのか探っているようでもある。


「お前が船長か?」


「ああ」


 お前呼びは酷いな、と思うものの、ことを荒げたくはないので黙っていた。


「だいぶ船に無茶させたな。報酬はたんまりいただくぜ」


「分かってる」


 にやりと笑う船大工に、アルフレッドも余裕の笑みを見せる。


「お前ら、仕事だ、仕事」


 気怠い声と共に、他の船大工たちも腰を上げた。この人たちは、ちゃんと仕事ができるのだろうか。手は遅いし、話ばかりしている。疑問に思いながら、のんびりと作業を始めた船大工たちを見遣る。


「セシル、お金なんてあるの?」


 船大工たちには聞こえないように、アルフレッドの耳元で囁いた。アルフレッドも微笑み、小さく頷く。


「レインの話だとな、出発の時に父上が砂金をたんまりよこしたらしい。よっぽど俺に出ていって欲しかったらしいな」


 その横顔が、少し寂しく見えるのは気のせいだろうか。


「花婿道具だと思って、ありがたくいただいておこう?」


「普通は花嫁道具だけどな」


 アルフレッドは苦笑いし、「それでも」と繋げる。


「ま、一文無しで追い払われるよりはマシだな」


 それはそうだ。アルフレッドと顔を見合わせ、二人で笑った。

 

 夕刻になっても、取り除かれたプロペラの代わりは立たない。柱の基礎部分だけが取り残されている。時間だけが無駄に過ぎているように感じるのは気のせいだろうか。もう、船大工たちの姿はない。停泊所の片隅で、ホープ号の背景に広がるオレンジ色の夕焼けを眺めた。一筋伸びた雲を美しいな、と思いつつ、穏やかな風に撫でられながら眉をひそめる。


「いつになったら修理が終わるんだろう」


 アルフレッドはたいして気に留めている様子もなく、「うーん」と唸り声を上げた。


「焦げたプロペラは外されたから、進んではいるんだろうが……。俺たちも急いでる訳じゃない。気長に待とう」


 そんな調子で逃亡生活が上手く回るのだろうか。不満を隠しきれず、口を尖らせる。


「そんな顔をするんじゃない。せっかく可愛い顔なのに」


「可愛い……?」


 反応するのはそこなのか、と自分でもツッコミを入れてしまう。だって、『アルフレッドが』言ったのだ。私を可愛いと。きっと、私の顔はトマトと間違われてもおかしくないだろう。


「ティア、どうした?」


「私は……その……」


 良い言い訳が思い浮かばず、両手で顔を覆った。アルフレッドは大袈裟に笑い、片手を腰に当てる。


「キスはしないと言ったが……」


 言ったが、何だろう。指の隙間から、アルフレッドの様子を窺う。すると、身体が近付いてきて、私の右半身にそっと触れた。心臓が跳ね、手が震える。


「くっつくくらいは許されるだろう」


 てっきりキスされるかと思った。でも、これくらいが居心地が良い。私も手を下ろし、アルフレッドの手にそっと触れた。そして、呟く。


「許した」


「……許された」


 今のやり取りは何だろう。アルフレッドはすぐに「ぷっ」と吹き出す。何が面白いのか分からないまま、私も大笑いしてしまった。

 逃亡者の一時の休憩――そう、ほんの一瞬を切り取った、幸福な時間だった。

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