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異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました【完結】  作者: 七宮叶歌
第6章 触れる

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触れるⅠ

「俺が母上に似ているのは知ってるだろう?」


「うん」


「平たく言えば、それが原因だ」


 太陽の光が窓から降り注ぐ中で、アルフレッドは無表情のまま、最後のカードを配り終えた。


「なんのゲームをするの?」


「ババ抜きでもどうだ?」


「たった二人で?」


 二人でババ抜きをしようものなら、誰がジョーカーを持っているのかすぐに分かってしまう。それではつまらない。


「せっかくなら、スピードとかしようよ」


「話しついでだからな。ババ抜きで丁度良い」


 私の提案も無視し、アルフレッドは手の中にカードを広げる。ペアになったカードを捨て始めたので、私もそれに倣う。カードの擦れる音が響く。


「俺の母上は、ちょっと厄介な人だったらしい」


「『らしい』?」


「ああ、覚えていないからな。母上は俺がまだ幼い頃……デイビッドが生まれた時に、亡くなったんだ」


 私も最後のペアを山に捨て終わり、アルフレッドへとカードを差し出した。ジョーカーは私の手の中――左端に控えている。だいぶ使い込んだカードなのか、ところどころに茶色が滲んでいる。


「それなら、普通はデイビッドを恨むものでしょ?」


「普通はな。父上は普通じゃなかった」


 アルフレッドは躊躇いもせず右端のカードを取る。もちろんペアが出来上がり、山に捨てられた。


「何かと俺を目の敵にして、怒鳴り散らした。俺が悪くないと分かってても」


 今度は私がアルフレッドのカードを引く。真ん中を選んだけれど、それで状況が動く訳でもない。ペアとなったカードを山に捨てる。


「でも、デイビッドは俺を放っておいてはくれなかった。俺に怒鳴る父上を前に、悪いのは自分だと俺を庇い続けた」


 アルフレッドはまたしてもすぐに右端のカードを攫う。ジョーカーは移動せず、私を嘲笑うばかりだ。


「そんなことをされても、俺は嬉しくなかった。自分が嫌になるだけだった」


 アルフレッドは俯きながら、口を結ぶ。カードは差し出されたままなので、右端を選んで引いた。ペアが出来上がり、またカードを捨てる。あっという間に、残りはたったの二枚だ。


「カードをシャッフルしても良いんだぞ?」


「むう」


 このままストレート負けはしたくない。アルフレッドにカードを向けたまま、シャッフルしていく。ジョーカーが右端に行ったのを確認すると、更に前へとカードを差し出した。


「どうして、俺は母上に似てしまったんだろうな」


 アルフレッドは苦笑いをし、選ぶ素振りを見せながら私から左端のカードを奪う。残されたのはジョーカーのみ――私の負けだ。


「どうして左のカードを引くのぉ!」


「作戦成功だな」


 アルフレッドは目を細め、最後のカードを山に捨てた。


「こんなに可愛い少女を負かすなんて、人としての心がないの?」


「自分で言うんじゃない」


「それにしても……」


 何度考えても、きっと同じ答えに辿り着くだろう。


「くだらない」


「えっ?」


「誰に似てようと、セシルはセシルなのに。どうして一個人として見てあげられないんだろう」


 亡くなった母を重ねられて貶されて、気分が良くなる人なんて存在しない。なぜ、グライゼル侯爵はそれが分からないのだろう。


「ティアは俺を哀れに思うか?」


「全っ然。だって……」


 頭の中で考えを纏め、言葉に変えていく。


「哀れに思われた人は惨めにしかならない。私は、セシルに惨めな思いをして欲しくない」


 何度か頷き、アルフレッドの反応を窺う。


「セシルは私の中で、それだけ大事な人に変わったから」


 アルフレッドは固まり、左目から一筋の涙を零した。あまりにも儚くて、息が止まりそうになる。


「……ありがとう」


 言うと、手の甲で頬を拭う。

 アルフレッドの中で、凝り固まった価値観が崩れてくれたならそれで良い。椅子から立ち上り、アルフレッドの前でしゃがみ込む。そして、その両手に私の手を乗せた。


「どういたしまして」


 微笑んでみせると、空色の瞳は静かに瞼で覆われた。


 * * *


 その日のうちにプロペラの修理が終わるはずもなく、三人で話し、食事をいただき、夜が更ける。そして、朝は当然のようにやってきた。


「また、お二人はホープ号の中で隠れててくださいね」


 食器をキッチンに片付けながら、ゼインは明るく笑う。


「分かってるさ。俺たちだって殺されたくないからな」


「物分かりが良い主様で、僕は幸せものです……」


「本当にそう思ってるか?」


 アルフレッドがゼインの肩を叩くと、ゼインは顔をしかめた。


「痛た……」


「どうかしたのか?」


「ただの肩こりでしょう。昨日は無理な操縦で力が入りすぎましたから」


 ゼインは肩を回すと、大きく息を吐き出す。


「あんまり無理しないでね?」


「分かってますよ! じゃあ、僕は行ってきますね!」


 あまり余裕のない笑顔で不安を払拭し、ゼインは部屋の外へと駆け出していった。私とアルフレッドはドアを見詰め、両腕を組む。


「レイン、絶対に無理してるよな」


「うん」


「だからといって、俺たちが何とか出来る問題でもないしな……」


 私とアルフレッドのどちらかの正体がバレれば、三人の首が飛ぶ。そんな事態だけは絶対に避けなくてはならない。ゼインの作業を手伝ってあげられず、つい溜め息が漏れてしまう。

 手持ち無沙汰でラジオをつけると、ルーヴェン王国の情勢が流れてきた。


「近年は好景気が続いており、国民生活も豊かになっています。去年はフルーツが豊作だったので、安価が続くでしょう。また、春野菜であるキャベツやアスパラガスも順調に発育しており――」


 いつまで聞いても、不穏なニュースは流れてこない。この国を選んで良かった、と胸を撫でおろす。それなのに、頭の片隅に残るざわつきは何なのだろう。ラジオの声がやけに明るく聞こえ、今、捕まえに行くぞと追い立てられているようだ。私たちの逃亡がこの国にも知れ渡れば、こんなにも平穏ではいられないのだ。

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