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異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました【完結】  作者: 七宮叶歌
第5章 超える

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超えるⅡ

 アルフレッドが差し伸べてくれた手をきつく握る。操縦席の窓――キャノピーから見えるのは陰鬱とした雲と、時々走る稲光だけだ。墜落しないことを祈る他にない。

 自然と呼吸が浅くなる。景色を見ることもままならない。


「ティア、大丈夫だ。きっと何とかなる」


 力のこもったアルフレッドの瞳が私を貫く。その手はまた震えている。でも、これではっきりした。私は一人で恐怖に立ち向かっている訳ではない。アルフレッドも、操縦桿を握るゼインも同じなのだ。


「何とか、なる……」


 私自身に言い聞かせるように、震える唇で呟いていた。


「レイン、どれくらいで国境は抜けられるんだ?」


「三十分くらいです」


「三十分も……!?」


 アルフレッドは驚愕の声を上げたけれど、ゼインはちらりと振り返り、口角を上げる。


「たった三十分ですよ」


 私にとっては、人生で一番長い三十分になるだろう。身を竦めていると、アルフレッドは何故か笑みを浮かべた。


「ということは、レインはやっぱり国境を越えたことがあるんだな?」


「……嵌めましたね?」


 ゼインの低い唸りは雷鳴によって打ち消されそうになる。


「揺れますよ!」


 その言葉通り、船体は上下左右に大きく揺れ始めた。稲光もただの光ではなく、線がはっきりと見えるようになった。


「こんな時です、話でもしましょうよ」


「そんな余裕はないだろ?」


「余裕がないからこそです」


 完全に後ろを向いているので、ゼインの表情は見えない。しかし、声だけで笑っているのだろうな、と予想は出来る。


「あの通行許可証はどうやって手に入れた?」


「ああ、あれですか」


 ゼインは間を置き、平然と言って退ける。


「ただの伝手です」


「伝手……?」


 納得が出来ない、といった様子でアルフレッドはゼインを見詰める。それもそのはずだ。通行許可証は国が定めた関係機関でしか発行出来ない。印も本物だとするのなら――。


「レイン。もしかして、知り合いに入国審査官がいるの?」


「へっ?」


 それなら理屈は通ると思うのだ。

 ゼインは素っ頓狂な声を上げた後、小さく笑う。


「そういうことにしときましょう」


 違ったのだろうか。私の答えが正解なのかも分からず、首を傾げてみる。


「逃げたな……」


 アルフレッドの小さな呟きが聞こえた。そんなことを話していると、船体が今まで以上に大きく揺れる。


「きゃっ……!」


 墜ちるのではないか。そんな不安が再び首をもたげる。胸は嫌に早く鼓動をし、身体が震える。


「そうだ、僕からもセシル様に質問があるんです」


 恐怖を全く感じていないかのように、ゼインはつとめて明るく言う。


「セシル様って、昔からそんなに無茶するタイプでしたっけ」


「無茶なんかしてるか?」


「してますよ。ティア様と出会ってからは特に」


 昔のアルフレッドのことは知らない。そんなに違うのだろうか。じっとアルフレッドの顔を覗き込んでいると、彼の頬が紅葉色に染まっていった。


「俺に自覚はないな。ただ、必死になってるだけで――」


 アルフレッドが言い訳をしていると、強い光や轟音と共にホープ号が大きく揺れた。まさか、船に雷が落ちたのだろうか。

 操縦席からはけたたましい警戒音が鳴り響く。最大級の恐怖が私を襲う。心臓に鈍い痛みが走る。


「プロペラが一つ故障しました!」


「俺が見てくる! レインは操縦に集中してくれ!」


 こんな悪天候で、何を言っているのだろう。腰を上げようとするアルフレッドの手首を咄嗟に掴んでいた。


「アルフレッド、馬鹿なの!?」


「馬鹿……!? しかも、本名――」


「そんなことを言っている場合ではないでしょう!」


 つい、素が出てしまった。お願いだから、行かないで欲しい。唇を噛み締めると、アルフレッドは俯いてしまった。そのまま何も言ってはくれない。

 ゼインは苦笑いをしながら計器をいじっている。


「これくらいなら大丈夫です。プロペラ一つ壊れたくらいなら、ホープ号はまだまだ飛びますよ!」


 その声に応えるように、ホープ号は上昇する。


「アルフレッド?」


 全く反応のないアルフレッドが気になってしまい、その顔を覗き込んだ。返ってきたのは揺れる空色の瞳だけだった。まるでアルフレッドの中の時が止まっているかのような、そんな表情だった。


 * * *


 雷鳴と稲光に怯えながら、その終着を願う。キャノピーの向こうには、僅かに太陽の明かりが感じられる。雲はグレーから白になり、一気に青へと突き抜ける。


「抜けた……?」


 警戒音は未だになっているものの、もう船体は大きく揺れていない。私たちは死線を潜り抜けたのだ。


「やったー!」


 思わずアルフレッドの両手を握り、ブンブンと振った。しかし、アルフレッドは反応らしきこともしてくれない。ただ頬を赤く染め、私を見るばかりだ。


「島に着くまでは油断しないでくださいね」


「分かってる」


 ゼインに笑顔を向け、続いてアルフレッドに膨れっ面をしてみせた。


「もう、しゃきっとしてよ」


「ん? あ、ああ」


 ようやくアルフレッドが返事をしてくれたので、肩が軽くなる。


「レイン、デッキに出ても良いか?」


「はい、もう大丈夫ですよ」


「じゃあ、俺は行くが……ティアはどうする?」


「私も行く」


 ゼインよりも、アルフレッドと一緒にいたい。考えるより早く身体が反応し、すっと腰を上げていた。

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