超えるⅠ
なかなか寝付けず、デッキへと赴いた。冷たい夜風が頬をくすぐる。空を見上げてみれば、溢れんばかりの星々が煌めいていた。王宮島にこもっていたのでは、見られなかった景色だろう。
安心しきった今だからこそ、今日の恐怖の出来事が頭を掠める。隠れるのが一歩でも遅ければ、私たちは殺されていただろう。思い出すだけで身震いしてしまう。
「むう」
死線を掻い潜る場面がこの先も出てくるのだろうか。私の心臓は持ってくれるだろうか。
手摺りに両肘を預け、俯いた。雲海が広がっており、海の様子は見えない。
溜め息を吐こうとした時、階段の方から足音が聞こえてきた。まだ誰か起きていたのだろうか。
「ティア」
囁かれた声に振り返った。アルフレッドの銀の髪は、星の光を受けてキラキラと輝いている。
「起きてたのか」
「うん。眠れなくて」
「だよな」
アルフレッドも私の横に並び、空を見上げる。その儚い横顔がカッコいいと思ってしまう。
「俺、情けないよな」
「えっ?」
「あの時、身体が震えてただろ?」
『あの時』とは、銃弾から私を守ろうとしてくれていた時だろうか。アルフレッドの顔をまともに見られず、目線を落とした。
「誰だって怖いよ、あんな目に遭ったら」
自分を卑下する必要はないし、嘲笑するのも馬鹿げている。
「誰もセシルのことを笑えない」
私が言い切ると、アルフレッドは苦笑いをした。
「ティアは相変わらずだな。相変わらず、芯が強くて優しい」
「そう……なのかな」
自分では良く分からない。ただ、必死に今を駆け抜けているだけだ。
「セシルだって、優しいよ。頑固で、カッコいい」
「それは褒め言葉なのか……?」
「うん」
私にしては最大級の褒め言葉だ。
にこっと笑ってみせると、アルフレッドの表情も綻んでいった。
「逃げるなら、とことん逃げてみせよう。世界が全て敵に回ったとしても」
アルフレッドは片手を握り締め、口元を引き締める。
「俺は、その先に必ず幸せが待っていると思うんだ。だから、絶対に希望は捨てずにいよう」
はっきりと言い切ってみせるアルフレッドに、どうしようもなく胸が高鳴る。絶対に逃げ切れる。そんな確信さえも持ってしまうのだ。
* * *
故郷を去らねばいけない日は確実にやってきた。国境検問所に到着したのである。飛空船が通れるほどの雲のアーチがかけられ、その先には積乱雲が待ち受けている。雷鳴も聞こえる。
この中を突破しなくてはならないのだろうか。雷に当たりでもすれば、海に真っ逆さまだ。
「通行許可証は?」
小型船の上に立つ国境警備隊は、横に並ぶ私たちの顔を見て問う。
「こちらに」
「どれどれ」
ゼインが警備隊員に手渡すと、彼はそれをまじまじと見詰める。
「セシル・エルフェイン、ティア・エルフェイン、それと……レイン・マクルス」
どこからこんな通行許可証をもらってきたのだろう。偽造なのは丸分かりだけれど、出所が気になって仕方がない。
警備隊員は名前を読み上げる度に私たちの顔を見遣り、眉をひそめる。いつ嘘がバレないものかとひやひやだ。
「今日は通らない方が良い。天候が悪すぎる」
「天気が回復するのって、どれくらいですか?」
ゼインが聞くと、警備隊員は顎に手を当てる。
「三日経てば、雷は収まるとの予報だ」
「そんなに待ってられないな……」
アルフレッドが呟くと、警備隊員は訝しげな表情に変わった。
「何か急用でも?」
「はい。母の体調が悪くなりまして」
すぐにこんな嘘が吐けるなんて。私には出来ないな、とアルフレッドに尊敬の眼差しを向けた。
「それは大変ですね……。ですが、無理をなさらない方が賢明かと」
警備隊員も神妙な面持ちになり、私たちの出方を窺う。
「セシル様、どうします?」
「今日、突破するしかないだろう」
「そう言うと思ってました」
ゼインは腕まくりをし、警備隊員に手を合わせた。
「僕たちには時間がないんです。通行を許可してください」
「死んでも知らないぞ」
「分かってます」
ゼインはガッツポーズをし、階段を下りていった。
「それにしても……どこかで見た顔だな」
警備隊員は私とアルフレッドの顔をじっくりと見る。
「他人の空似でしょう。もしや、通行許可証が間違っているとでも?」
「いや、この印は間違いようがない。でもな……」
いつまでもジロジロと見られていたのでは、いつ身分が知られるかと気が気ではない。
「セシル様! ティア様! お二人も船内に!」
遠くからゼインの声が聞こえ、アルフレッドに手を引かれながらデッキを後にする。その間も、警備隊員の視線が離れることはなかった。
操縦席を覗くと、ゼインが何やら出発の準備をしている。
「すぐに発進します。運航中は、絶対にデッキに出ないでください」
「分かった」
アルフレッドと二人で頷いてみせると、ゼインは横目でにこりと笑った。
「あーっ!」
突然、外から警備隊員の叫び声が上がる。
「もしや、さっきのはメヌエッタ殿下では!? じゃあ、一緒にいた奴は……!」
「まずい!」
ここで捕らえられては一巻の終わりだ。アルフレッドと一緒に息を呑む。
「発進します! どこかに掴まっててください!」
ゼインが手元のレバーを引くと、ホープ号は急発進をした。あまりにも突然で身体がふらついてしまい、背中から壁へと衝突してしまった。
「ティア、大丈夫か!?」
「うん、何とか」
とは言ったものの、背中と肩がじんじんと痛む。




