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異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました【完結】  作者: 七宮叶歌
第5章 超える

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超えるⅠ

 なかなか寝付けず、デッキへと赴いた。冷たい夜風が頬をくすぐる。空を見上げてみれば、溢れんばかりの星々が煌めいていた。王宮島にこもっていたのでは、見られなかった景色だろう。

 安心しきった今だからこそ、今日の恐怖の出来事が頭を掠める。隠れるのが一歩でも遅ければ、私たちは殺されていただろう。思い出すだけで身震いしてしまう。


「むう」


 死線を掻い潜る場面がこの先も出てくるのだろうか。私の心臓は持ってくれるだろうか。

 手摺りに両肘を預け、俯いた。雲海が広がっており、海の様子は見えない。

 溜め息を吐こうとした時、階段の方から足音が聞こえてきた。まだ誰か起きていたのだろうか。


「ティア」


 囁かれた声に振り返った。アルフレッドの銀の髪は、星の光を受けてキラキラと輝いている。


「起きてたのか」


「うん。眠れなくて」


「だよな」


 アルフレッドも私の横に並び、空を見上げる。その儚い横顔がカッコいいと思ってしまう。


「俺、情けないよな」


「えっ?」


「あの時、身体が震えてただろ?」


 『あの時』とは、銃弾から私を守ろうとしてくれていた時だろうか。アルフレッドの顔をまともに見られず、目線を落とした。


「誰だって怖いよ、あんな目に遭ったら」


 自分を卑下する必要はないし、嘲笑するのも馬鹿げている。


「誰もセシルのことを笑えない」


 私が言い切ると、アルフレッドは苦笑いをした。


「ティアは相変わらずだな。相変わらず、芯が強くて優しい」


「そう……なのかな」


 自分では良く分からない。ただ、必死に今を駆け抜けているだけだ。


「セシルだって、優しいよ。頑固で、カッコいい」


「それは褒め言葉なのか……?」


「うん」


 私にしては最大級の褒め言葉だ。

 にこっと笑ってみせると、アルフレッドの表情も綻んでいった。


「逃げるなら、とことん逃げてみせよう。世界が全て敵に回ったとしても」


 アルフレッドは片手を握り締め、口元を引き締める。


「俺は、その先に必ず幸せが待っていると思うんだ。だから、絶対に希望は捨てずにいよう」


 はっきりと言い切ってみせるアルフレッドに、どうしようもなく胸が高鳴る。絶対に逃げ切れる。そんな確信さえも持ってしまうのだ。


 * * *


 故郷を去らねばいけない日は確実にやってきた。国境検問所に到着したのである。飛空船が通れるほどの雲のアーチがかけられ、その先には積乱雲が待ち受けている。雷鳴も聞こえる。

 この中を突破しなくてはならないのだろうか。雷に当たりでもすれば、海に真っ逆さまだ。


「通行許可証は?」


 小型船の上に立つ国境警備隊は、横に並ぶ私たちの顔を見て問う。


「こちらに」


「どれどれ」


 ゼインが警備隊員に手渡すと、彼はそれをまじまじと見詰める。


「セシル・エルフェイン、ティア・エルフェイン、それと……レイン・マクルス」


 どこからこんな通行許可証をもらってきたのだろう。偽造なのは丸分かりだけれど、出所が気になって仕方がない。

 警備隊員は名前を読み上げる度に私たちの顔を見遣り、眉をひそめる。いつ嘘がバレないものかとひやひやだ。


「今日は通らない方が良い。天候が悪すぎる」


「天気が回復するのって、どれくらいですか?」


 ゼインが聞くと、警備隊員は顎に手を当てる。


「三日経てば、雷は収まるとの予報だ」


「そんなに待ってられないな……」


 アルフレッドが呟くと、警備隊員は訝しげな表情に変わった。


「何か急用でも?」


「はい。母の体調が悪くなりまして」


 すぐにこんな嘘が吐けるなんて。私には出来ないな、とアルフレッドに尊敬の眼差しを向けた。


「それは大変ですね……。ですが、無理をなさらない方が賢明かと」


 警備隊員も神妙な面持ちになり、私たちの出方を窺う。


「セシル様、どうします?」


「今日、突破するしかないだろう」


「そう言うと思ってました」


 ゼインは腕まくりをし、警備隊員に手を合わせた。


「僕たちには時間がないんです。通行を許可してください」


「死んでも知らないぞ」


「分かってます」


 ゼインはガッツポーズをし、階段を下りていった。


「それにしても……どこかで見た顔だな」


 警備隊員は私とアルフレッドの顔をじっくりと見る。


「他人の空似でしょう。もしや、通行許可証が間違っているとでも?」


「いや、この印は間違いようがない。でもな……」


 いつまでもジロジロと見られていたのでは、いつ身分が知られるかと気が気ではない。


「セシル様! ティア様! お二人も船内に!」


 遠くからゼインの声が聞こえ、アルフレッドに手を引かれながらデッキを後にする。その間も、警備隊員の視線が離れることはなかった。

 操縦席を覗くと、ゼインが何やら出発の準備をしている。


「すぐに発進します。運航中は、絶対にデッキに出ないでください」


「分かった」


 アルフレッドと二人で頷いてみせると、ゼインは横目でにこりと笑った。


「あーっ!」


 突然、外から警備隊員の叫び声が上がる。


「もしや、さっきのはメヌエッタ殿下では!? じゃあ、一緒にいた奴は……!」


「まずい!」


 ここで捕らえられては一巻の終わりだ。アルフレッドと一緒に息を呑む。


「発進します! どこかに掴まっててください!」


 ゼインが手元のレバーを引くと、ホープ号は急発進をした。あまりにも突然で身体がふらついてしまい、背中から壁へと衝突してしまった。


「ティア、大丈夫か!?」


「うん、何とか」


 とは言ったものの、背中と肩がじんじんと痛む。

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