表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました【完結】  作者: 七宮叶歌
第4章 王女を越える

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/50

王女を越えるⅡ

 駄目だと分かっているのに意識してしまう。手を繋いでいるせいで緊張しっぱなしの右手は湿っている。私の汗なのか、アルフレッドの汗なのかは分からない。ただ、二人とも無言で歩き続けていては新婚には見えないと思うのだ。


「ねえ、セシル」


 意を決して話しかけてみた。空色の瞳がこちらを向く。


「どうした?」


「せっかくだから、お土産でも買って帰りたいの」


「誰に?」


「自分に」


 もう、国内には戻ってこられないかもしれないのだ。一つくらい、故郷を思い出せるものがあっても良いだろう。


「金は持ってきたのか?」


「……あ」


 そんなもの、すっかり忘れていた。キスの話題を出したゼインのせいだ、と口をすぼめてみる。


「俺も飯代くらいしか持ってきてないからな。今回は諦めろ」


「そんなぁ!」


 諦められるものかと、アルフレッドに食ってかかる。


「引き返して、レインにお金をもらってこよう?」


「レインだって、今は忙しいんだ。俺でさえ、レインが今どこにいるのか知らないんだぞ?」


 私の望みは絶たれてしまった。この風景だけでも、しっかりと目に焼きつけるしかないだろう。ここで初めて、行き交う人々に目を向ける。誰もがどこか寂しげで、悲しそうだ。俯いている人までいる。


「皆……何かあったのかな」


「ん?」


「まるでお葬式みたいな顔してるんだもん」


 思い当たることがあったのか、アルフレッドは苦笑いをする。どうしたのだろう。


「気付いてないなら、それが一番幸せだな」


「うーん?」


「いや、なんでもない」


 勿体ぶらないで、教えてくれても良いのに。狙いを一点に定めたアルフレッドの横顔を見ながら、心の中で不満を漏らす。


「ティア、あの喫茶店に入ろう。昼食がてら、ゆっくり話でもしたいしな」


「うん」


 断る理由もなく、アルフレッドに手を引かれる。

 喫茶店のドアを引くと、心地良いベルの音が響く。現れたウェイターの顔もどことなく暗い。


「お好きな席へどうぞ」


 ウェイターが先を促すと、アルフレッドは店の一番奥の席を目指す。まるで、自身の身を隠すように。


「もしや、国外からお越しの方ですか?」


「ああ」


「そうですか。丁度、悪い時期に当たってしまいましたね。どうか、一緒に王女殿下のご冥福を祈ってあげてください」


「……ん?」


 王女殿下の――私の冥福とは、と一瞬固まってしまった。そうだ。私は父王のせいで亡くなったことにされているのだ。すっかり忘れていた。

 ウェイターは私の戸惑いには気付かずに、グラスを二つ置いて去ってしまった。他の座席にいる客の会話も、ちらほらと聞こえる。


「王女殿下、海に落ちて亡くなられたのでしょ?」


「ああ、棺にご遺体は納められていなかったそうだ」


「隣国の王子とのご結婚がなければ、こんなことにはなってなかったのに。可哀想な王女殿下……」


 だいぶ話が盛られているな、と思いつつ、結婚話がなければという結論は私と同じだ。

 アルフレッドは平静を装いつつ、小さく口を開く。


「自分がどういう状況に置かれてるか、だいたい分かっただろ?」


「うん」


 分かったからといって、これからの私の行動が変わる訳ではない。世論の動きなんて、私には関係ないのだ。

 運ばれてきたピザ風ホットサンドを頬張りながら、窓の外を眺めてみた。幸福を象徴する鳩が、通行人の撒いた餌をつついている。日常的な行動なのに、違和感を覚えるのは私だけだろうか。


「なあ、ティア」


「ん?」


「後悔、してるか?」


 アルフレッドは慎重に、私が傷つかないようにそっと囁く。


「全っ然。顔も声も知らない人と結婚するくらいなら、この生活の方がマシだもん」


 私の返事を聞くと、アルフレッドの顔は綻んだ。


「ティアらしい答えだな。安心した」


 安心してくれたのなら良かった。私も笑顔が零れる。


「で、だ」


 アルフレッドは不意に、真顔に戻った。


「レインからどこまで聞いた?」


「何の話?」


「俺の両親の話だ」


 何か聞いただろうか、と頭を捻る。思い返してみたところで、特別な何かを聞いたことはなかった。


「『セシル』の名前の由来くらいしか」


「レインも意外と口が堅いんだな」


 どこかほっとしたように、アルフレッドは頬杖をついた。


「今、話してはくれないの?」


「ま、そのうちな」


 いつか話してくれるのなら、今だって良いのに。口を尖らせると、アルフレッドは「あはは」と笑う。仕方なく、甘いアイスティーを口に含んだ。

 まったりしたところで喫茶店を出る。長居をしたかったけれど、逃亡生活では許されないことだろう。雑踏に紛れ、アルフレッドに手を引かれながら散歩をする犬に目を奪われる。

 そんな時、アルフレッドの足が止まった。


「ティア、済まない。トイレに行ってくる。ちょっとここで待っててくれ」


「えっ? うん……」


 ついていくとも言い出せず、手を放してしまった。前方へと駆けていくアルフレッドを見送る。仕方なく、目に留まった犬の元へと駆け寄った。


「可愛いワンちゃんですね」


「ありがとうございます。ベル、可愛いって。良かったねー」


 黒い――何犬だろう。種類までは分からないけれど、カールした毛を持つ垂れ耳の小型犬に手を伸ばす。すると、その子は手の臭いを嗅ぎ、ひと舐めしてくれた。人懐っこい犬だ。

 瞬きをすると、右目に違和感を覚えた。もう一度瞬きをすると、何かが零れ落ちる。


「ん?」


 なんだろう。瞼を擦ってみるものの、原因は分からない。


「どうかしましたか? ……ん? ラベンダー色の右目?」


 三十代くらいのその女性は、私の目を見て恐怖の表情を浮かべる。


「王女……殿下……!?」


 まさか、コンタクトレンズが落ちたのだろうか。慌てて右目を手で隠してみたものの、女性は腰を抜かしてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ