2年前期
何も進展はないまま、数か月が経ち、もうすぐ春休みという頃。
その日は、たまたまHRが早く終わった組の私と先輩の燈子が部室でおしゃべりをしながら、他の部員を待っていた。
すると、部員の男子がすごい勢いで駆け込んできた。
「スクープ!スクープ!」
「そんなに慌ててどうした?」
「今、そこで聞いたんだけど、優馬先輩、彼女いるんだって!」
私は手に持っていたカメラを落としそうになった。
どんな顔をしていたか分からないが、とにかくその場にはいられないと思った。いつ涙がこぼれてもおかしくはなかった。
私は、無言で立ち上がり、部室から走って出て行った。
途中で、優馬とすれ違った。
涙はもうこぼれていた。気づかれたかもしれない。
私は、挨拶もせずに走り去った。
下校のピークも過ぎ、ひっそりとした昇降口まで来ていた。
そこで私は誰にも見つからないように、一人で泣いた。
落ち着いたころに気が付いた。荷物は部室だ。
ものすごく気まずかったが、荷物を取りに行った。私が出て行った様子を見ていたメンバーは、優馬を含め何事もなかったかのように、普通に接してくれた。
それから優馬とは、仲の良い先輩・後輩だった。
朝、昇降口でたまたま会った時があった。私が先に挨拶しようとしたが、先に言われてしまった。
「先輩っ、おはようございます」
とまるで体育会系の後輩のように、ビシッとした姿勢で頭を下げて挨拶をしてくる。
一緒にいた優馬のクラスメイトも、ビックリしている。
そりゃそうだ。一年の下駄箱にいた女の子へ向かって、まるで舎弟のように頭を下げるんだから。
「先輩、私が後輩ですからね、間違えないでください」
「いやいや、部活じゃ先輩なんですから」
「今は部活じゃないんだから、後輩です!」
「いやいやいや……」
――絶対、楽しんでますよね?
あぁ、やっぱり楽しかったんですね。
あれから優馬は、校内で顔を合わせる度に同じ挨拶をしてくるようになった。「先輩じゃないですから」と返すまでがセットだ。
ここから、先輩たちの悪ふざけが加速した。このやりとりを見ていた優馬の友達までもが、面白がって一緒にやりだしたのだ。
――これだから、男子高校生ってやつはっ!
春になり、進級してからもこの茶番は続いた。
新入生の目線になって、想像してみて欲しい。
二年生バッチを付けた女子に、複数の三年生バッチを付けた男子が一斉に頭を下げて、大きな声で「おはようございます!」と挨拶される姿を……。
どんな奴なんだ?と思いますよね?
結果、風の噂で聞こえてきたのは、私が『番長』とか『裏ボス』と呼ばれているらしいということ。
風評被害ひどいですよ。先輩方……。どうしてくれるんですか。こんな噂立てられたら、もうお嫁に行けないじゃないですか。原因を作った優馬に責任取ってもらわないと釣り合いません。
などと、少女漫画みたいなことを考えてみる。
でも、本当にどうにかして欲しい。番長だよ?番長……ありえないんだけど!
噂が静かに広まっていく中、私と優馬は部活の帰り一緒に昇降口まで話しながら移動していた。その最中に私は、突然立ち止まり、泣き出してしまった。
いつもより、少しだけ度の超えた一言だった。
それでも、彼にとっては普段の延長程度のからかいだったのだろう。
ボロボロと涙を流す私を見て、優馬はギョッとして申し訳なさそうに駆け寄り、『ごめん、ごめん……』と優しく呟いた。
初めて見るオロオロとした姿が、なんだか可笑しくて……私はクスッと笑ってしまった。
面白いものが見られたので許してしまおうかとも思ったが、なんとなく私も意地悪をしてみたくなった。
「ん~、頭ポンポンしてくれたら許しますよ?」
いつもの彼の距離感の取り方なら、やらないと思ったからだ。だから意地悪な注文になると思ったのだが――。
彼はまた突然の提案にビックリした表情をしたが、ちょっと考え込んでから、今までに見た事ないほど優しい笑顔で、私の頭を優しくポンポンとしてくれた。
今度は逆に、私が彼の行動に面食らってしまった。
また、心臓がドキドキする――。
もう、からかいも噂さえもどうでもよくなってしまった。
優馬は、私が良いと言うまでポンポンを続けてくれていた。これでいいのか?と心配そうな顔で。
「先輩、ありがとう。でも、先輩知ってます?私が最近なんて噂されているか……先輩たちが頭下げて挨拶するから『番長』ですよ?『番長』!ひどくないですか?」
「軽くからかわれるのは私も楽しいんでいいですけど、度が過ぎないようにお願いしますね。でないと……『番長』とか、お嫁に行けなくなるじゃないですか!」
流石に『責任取ってください』とは言えなかった。そこまでの勇気はなかったし、彼女がいる先輩には、本当に意地悪になってしまう。
それから優馬は、からかう時は部活内などに留めてくれるようになった。
先輩たちから、一斉に頭を下げて挨拶されることもなくなった。
人の噂もなんとやらだ。少し経てば、あの噂も消えてなくなるだろう。
そして私が泣いてしまってから、なんとなく優馬が今まで以上に優しい気がした。
優しい――というか、過保護な感じだった。
仲が良い事には変わりなかったが、なんとなくこそばゆかった。
1年生も部活に慣れ始め、本当に充実した学校生活だった。
暑くなる頃にはあの噂も聞かなくなっていたから、本当に快適だった。
たった数行で表現できてしまうほど、なんとも平穏な日々ではあったが、この毎日がずっと続けばいいと思った時間だった。
毎回、テスト前の部活休みの時期はつまらなかった。
でも二年になったのだから、そろそろテストも本腰を入れて頑張らなければ……。
このテストが終わるとすぐに夏休みだ。
部活が休みのまま夏休みを迎えてしまう。
二学期が始まるとすぐに文化祭がやってきて、三年生は引退だ。
もう、優馬と一緒に部活の時間を過ごすのも、残りわずかとなってしまった。
テスト前の部活最後の日、燈子から突然の提案があった。
「夏休み、海に行って撮影会やろう」
と言い出した。
普段は学校の周りで撮影するか、休日に自分で撮りたいものを撮ってくるかだったので、みんなで出かけることは初めてだった。
それに夏休みらしくて、みんなが賛成した。
優馬も――燈子が『行く?……行くよね?』と珍しくしつこく聞いていた。燈子の圧に根負けする形で参加するようだ。
テスト勉強頑張ろう――。
今までで一番テスト勉強を頑張ったはずだった――しかし、テストの結果はイマイチだった。
肩を落としながら、部室へ向かう。
今日は、撮影会の打ち合わせだ。
撮影会参加メンバーで、日取りや場所を決めていく。
場所は、提案者の燈子の希望となった。既に撮りたいものがあるらしい。
みんなの予定も揃い、わずか30分ほどですんなりと決まってしまい、その日は解散となった。
撮影会は夏休みの後半に決まった。
何撮ろうかな?楽しみだね。と口々に言いながら楽しそうに帰り支度をする。
私も何を撮ろうか考えていた。
帰り際に燈子がまた肩をポンと軽く叩いて行った。
夏休みは毎年、瞬く間に過ぎていく。
家でも勉強の気分転換に、愛犬のミルクの写真を撮ったりしていた。
人間で言えばもうおばあちゃんだ。最近、寝ていることが増えた。
静かに過ごす彼女を残しておきたかった。
夏休みに入り、初めて優馬とLINEをした。
初めてのことはやっぱりドキドキする。
話題は、撮影会のことだ。
地図アプリを使い、周りの景色を事前に調べて、構図を考えていく作業を二人で進めていく。
優馬は、この撮影会で撮った写真を今年の文化祭に展示するつもりらしい。
部員の多くが、今回の撮影会の写真を文化祭で展示するだろう。
「みなみちゃんは。今年なに展示するの?」
と聞かれたので、海ばかりではつまらなくなってしまうので、私はミルクの写真にするつもりだ、と答えた。
あっという間に撮影会当日だ。
念入りに忘れ物チェックをしていたら、出発の予定時刻を過ぎていた。慌てて家を出る。
海に合わせて白いワンピースとサンダル、そしてつばの大きい麦わら帽子にした。
これも優馬と打ち合わせしたとおりだ。
といっても、『海に映えるコーデ』で行こうとテーマを決めただけだから、お互いにどんな服装かは秘密だ。
いまさらになって、ベタだったかなと不安になったが、着替えに戻る時間はない。
どうか、ベタだと笑われませんように――。
途中、走りながら集合場所に着くと、優馬だけが待っていた。
「おはよう……ございます」
「おはよう、まだみんな来てないよ」
走らなくてもよかった――。すでに汗でベタベタなのが、恥ずかしい。
あまり見ないで欲しいが、服装が気になるのかすごく見られている気がする。
私もチラッと優馬の服装を見る――。
白Tに短パン、ビーサンにアロハを羽織っている。アロハは、派手なものではなく落ち着いた色合いで、優馬に妙に似合っていた。
それを見て、思わず私は吹き出してしまった。
アロハは完全に予想外だった。
笑い出した私を見て、優馬はおもむろにサングラスを取り出した。
「ははははっ」
これは、完全に夏を満喫している人コーデだ。先輩絶対に笑いを取りに来ているでしょ。
「みなみちゃんは、よく似合っているよ」
そんな何気ない一言に、思わず笑い声を飲み込んでしまう。
さらっと顔が赤くなることを、しかも唐突に言わないで欲しい。
「顔、赤くない?」
「暑いからだと思いますよ。日陰で待っていましょう」
本当によく見ている人だ。私は、顔を隠しながら日陰に移動した。
結局、時間通りに来ていたのは私たち二人だけで、みんな少し遅れてやってきた。
一本早い電車の予定にしておいてよかった。と優馬と話していたら、燈子が何やらニヤニヤとほくそ笑んでいる。
――え?もしかして、仕組まれてた?
平日の通勤ラッシュも落ち着いた時間。車内は、参考書に目を通している高校生が数人。予備校にでも行くのだろうか。それとヒソヒソ声だが、楽しそうにおしゃべりをしている小学生。小さい子を連れたお母さんなど、乗客もまばらでみんなで座ることができた。
話題は、これから何を撮るのかだ。
騒ぎ過ぎないよう少し声を抑えながらも、海が近づくにつれ浮足立っているのがわかった。
たった二駅という距離だが、なんだか遠くまで冒険に来たような気分だ。
「お昼まで各自撮影ね。時間になったらここへ戻ってくること。じゃあ、一度解散!」
燈子の仕切りで、みんな思い思いの場所へ移動していく。
「先輩、私たちも始めましょうか」
「そうだね」
私と優馬も、事前に決めた構図を求めあらかじめ決めていたポイントへ移動した。
優馬は、向こうに見える半島と灯台を撮るようだ。
今日は風もなく、波も穏やかで太陽の光を受けて水面がキラキラ輝いている。とても綺麗な景色だが、光る波を撮るのに苦戦しているようだ。
現像してみないと仕上がりは分からないので、シャッタースピードや構図を少しずつ変えて何パターンも撮っていく。
あらかじめ決めておいたおかげか、それでも撮影はスムーズに進んでしまい、時間が余ってしまった。
周りを見渡すと、何人かが海に入って遊んでいた。
撮影を兼ねているのか、シャッターを切っている子もいた。
眺めていると急に強い風がビュウと吹いて、帽子が飛ばされそうになり、慌てて帽子を押さえた。
ツバが広いので気を付けなければ……。
すると風の音に混じって、後ろからシャッター音が聞こえた気がした。
振り向くと、そこにいたはずの優馬は見当たらなかった。
もう一度、海で遊んでいる組の方へ振り向くと、移動している優馬の姿があった。
優馬が、私に早くおいでと手招きしている。
あのシャッター音は気のせいかと思い、私もみんなに加わって海を楽しんだ。




