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1年

お読みいただきありがとうございます。

なんとなく、写真をアイテムとして使ってみたかったのですが、写真部ではなかったので、描写が不十分かもしれません。

「いけない、いけない。遅刻しちゃう」

 食パンを咥えながら学校へ急ぐヒロイン。出会い頭にぶつかり、いててっと顔を上げると周りに薔薇が咲いている、または白馬の王子様が現れる――という、少女漫画の定番テンプレ。

 あるいは、ワイドショーで流れる。

「お互いの第一印象は?」

「え~?最初に会った時、雷に打たれたようにビビッと衝撃が走ったんです~」

「すぐ分かったんです、運命の人だって。私、この人と結婚するって」

 ――という芸能人の結婚記者会見のコメント。


 こんなこと、現実的に起こるなんて思うはずがない。

 少女漫画やその芸能人も話を盛っていると、誰もが思っているだろう。


 私も高校生になるまでは、そう思っていた。

 運命というのは、本当にあるのかもしれない。


 中学は文化部がなく、苦手な運動部に入るしかなかった。

 だから、高校では絶対に文化部へ入ろうと思った。それか、帰宅部でもいいかな。

 いくつか部活を見て回って、優しそうな先輩に惹かれて写真部へ入った。

 初めて入る暗室。現像の手順……。

 知らなかった世界がそこにあった。スマホで写真を撮って終わりか、プリンターで印刷出来てしまうから、こんなに手順があるとは思わなかった。

 先輩たちも丁寧に教えてくれて、話しやすい。人見知りの私でもすぐに仲良くなれた。この部活に入って良かったなと思った。


 初めての文化祭に作品を展示することになった。

 何パターンか風景を撮って、時間を変えて現像していく。

 納得する一枚を作り出すのは難しい。

 ギリギリまで粘って現像した一枚を展示した。緊張しながらみんなが見ていく様子を見守った。


 文化部にとっては、1つの山場である文化祭も終わった頃――。

 3年の先輩たちは引退して活気も落ち着いてしまったが、今日も部室へ行こうと思った。

 文化部だから、基本的には行きたい時に行けば良かった。その自由さも心地よかった。

 途中、思いがけず先輩たちと合流し、一緒にワイワイと部室へ向かう。

 部室へ入ると、いつもは部室に顔を出さない顧問の先生が目に入った。

(先生だ……珍しいね)

 そして、先生の隣には知らない顔の生徒がいた。

(誰だろ?この時期に珍しいね。転校生かな?そんな話聞いてないよね)

 先輩たちも分からず、ヒソヒソ声で話をしながら荷物を置いている。


「おい、みなみ。ちょっと来い」

 思わず『げぇぇ』と嫌そうな顔をしてしまった。これまでの経験から先生に呼ばれると、面倒な事を押し付けられる確率が高かったからだ。先生には見えてないと祈りたい。

 先輩たちも『ご愁傷様』という顔でこちらを見ている。

 そのまま素直に行くのはなんだか癪なので、私は準備を手早くしてからゆっくりと先生の元へ向かった。

「こいつ、2年だが、事情があってな。今日から写真部へ入ることになった。お前が面倒を見ろ」

「なんで私なんですか?新入部員なら先輩たちが適任じゃないですか。同じ学年だし」

「いいから、お前が見ろ」

「え~!私毎日来てないですよ?それに入部して半年の1年に任せないでください!」

「とにかく、頼んだからな。俺は会議があるから」

 そういって、逃げるように部室を後にする先生。

 やられた……。言い逃げされた。引き受けるしかないじゃない。

 はぁ――。

 思わず出てしまった深いため息を慌てて飲み込む。いくらなんでも初めて来た、しかも先輩に失礼だ。

「すみません」

 と小さい声で謝る。

 えーっと。どうしたらいいんだ?何から話せばいいんだ?

 パニックになって、『えーっと、うーんと』としか言えなくなってしまった私を見て、先輩がフォローしてくれた。

「初めまして。2年の柊優馬です」

 緊張して先輩を見ることができていなかったが、気配で頭を下げてくれている事は分かった。

「あっ、初めまして。1年の朝比奈みなみです」

 私も慌てて自己紹介をして、頭を下げる。

 どうやら、頭を上げるタイミングが同じだったようだ。前を向いたら先輩と目が合ったような、そんな気がした。

 その瞬間、私は信じられない経験をした。


 ザワザワしていた部室が急に静かになっていく。それだけではない。白いモヤみたいなものがどんどん広がり、自分と先輩を残して真っ白な世界になってしまったのだ。

 先輩の目を見たまま動けない。1回の瞬きがものすごく長い時間に思えた。

「……うぶ?……大丈夫?」

 おそらく数秒にも満たない時間だったと思うが、私は固まっていたらしい。

 ハッと気づくと、持っていた資料をバサバサと落としてしまった。

 慌ててそれを拾う。先輩も手伝ってくれた。

「本当に大丈夫?」

「だ、大丈夫です。すみません。立ち眩みかな?」

 なんだか向こうから、生暖かい視線を送られているような気がする。先輩たち、ニヤニヤ見てないで助けてください。

 ゆっくりと深呼吸をすると、胸のあたりから何かが落ちるような感覚があった。それも変な感覚だった。

 しかもそれは、落ちていったはずなのに底に着く気配がない。ずっと落ち続けているかのようだった。

「座って話そうか?」

 先輩の声は、特別低いわけではなかったが、とても落ち着いていて心地よく響く。そしてすごく心配してくれる……紳士だ。

 それなのに、私の心臓は先輩に聞こえるんじゃないかというくらい大きな音でドキドキとしていた。


 

 あの奇妙な経験はなんだったのだろう。

 どこかで見たことがある空間だった。真っ白で音もなく、時間の流れが現実と違う空間。

 数日悩んでやっと思い出せた。少し前にお兄ちゃんから借りたバトルマンガに出てきた。あれは『精神と時の部屋』だ。これ以上しっくりくる説明が見つからなかった。

 でもなんであのタイミングで、白昼夢のような事が起こったのだろう。


 次の日も部室に向かった。

 昨日は活動の大まかな説明で解散したから、今日が先輩にとって初日となる。指導係が不在では話にならない。

 正直、行きたくはなかった。

 上手く教えられる自信がなかった。私はまだ教えてもらう立場だと思っていたからだ。

 行かなければきっと、先輩の誰かが代わりに指導してくれるだろう。でも、まかされた以上、やらないというのも気持ちの悪いものだった。

 がっくりと肩を落としながら部室へ入ると、すでに先輩は来ていた。

「おっ……お疲れ様です」

 声が上ずる。

「お疲れ様」

 相変わらず、会話が続かない。

 今日も変だ。先輩に会ったらまだ心臓がドキドキし始めた。なんだか顔まで赤い気がする。

「今日も体調悪い?顔赤いけど、熱ある?」

「大丈夫です。ちょっと――そう、走ってきたんで、暑くなっちゃって」

「なんだか、すみません。後輩の私が先輩の指導係なんて……年下に教えられるの嫌じゃないですか?」

「いや?僕は確かに学年は上だけど、部活に関してはみなみちゃんの方が半年先輩だからさ。よろしく、せんぱいっ」

 大人な返事をする先輩に、私はさらにどうしていいか分からなかった。

 こんな様子を他の部員たちは、今日も微笑ましそうに見守るのだった。

 ――やめてくれ。見守ってないで助けて!


 その日も、ボーッと考えながら暗室で作業していた。隣には優馬、そして反対隣りには仲の良い先輩の燈子だ。燈子は、私を微笑ましく見守る会(?)の筆頭だ。写真の事なら丁寧に教えてくれるし、助けてくれるが、優馬の事になると、途端にノータッチで何故か助けてくれない。

 暗室は、そんなに広くはないので、定員は三人だった。

 あれから一週間ほど、ずっとあの奇妙な体験について考えていた。

 何か答えになる言葉が、あるような気がしたからだ。でも答えは見つからなかった。

 これ以上考えても仕方がないと思い始めていた。

 きっと疲れていたんだ。だって不思議過ぎるでしょ、マンガじゃあるまいし。

 ――そう思ったら、少女漫画のあのテンプレを思い出した。

 少女漫画?ははっ、恋に落ちた訳でもあるまいし。

「あっ、わかった」

 そうか。あの何かが落ちていく感覚はこれだったのか。

 ドキドキするのも、顔が熱くなるのも納得だ。

 直感が、それが答えだと告げている。モヤモヤしていたものが、すっと落ちていく気がした。『腑に落ちる』とはこんな感覚なのか。

 それにしても、ここまで気づかなかった自分は鈍感かもしれない。

 どうやら、自分の世界に入っていたらしい。気づくと両側で先輩二人が笑いをこらえて、肩を震わせながら俯いている。

 「突然……何が分かったの?」

 心の声が外に出ていたらしい。めちゃくちゃ恥ずかしい。

 燈子は何かを察したのか、私の肩をポンッと叩いた。

 先輩、何を察したの?見透かされているようでなんか怖い。

 振り返り優馬を見ると、ずっと笑っている。

 そんなに面白い?てか、あなたのせいなんですけどっ!

 現像中だということを忘れていた。時間が経ち、現像液の中で写真がみるみる真っ黒になっていった。


 今ならわかる。あれは、本当に起こることかもしれないと。ワイドショーで幸せそうに語っていたあの芸能人も、本当に雷に打たれたような衝撃を受けたかもしれないと。

 しかし、これを誰かに説明してもきっと理解してもらえないだろう。少女漫画や芸能人のように誇張していると思われるに違いない。最悪、不思議ちゃん認定である。

 誰かに『自分と同じような不思議なことが起こったことはないか?』と聞いてみたいけど、話す勇気がなかった。


 声が上ずるのも挙動不審になるのも、ドキドキの正体も分かったら少し冷静になれた。

 少し時間はかかったけど、普通に話せるようになった。

「そういえば、まだだったね。LINE交換しようよ」

 と言われたときは飛び上がるほどにドキドキしたけど。

 結局、何を話して良いのか分からなくて、最初の『よろしくお願いします』を送ったきり、何も送れずにいた。

 優馬からもそれ以降、メールはなかった。


 優馬は少し不思議な人だった。

 人当たりもよく、会話の輪の中心にも自然と入っているのだが、少しするとスッと輪の外に移動する。だからといって会話から外れるわけではなく、静かに外野にいるのだ。いつの間にか気配を消しているかのように。

 私に対しても同じだ。

 LINEを聞いてきたり、私の事はたまにグイグイと聞いてくるくせに、私が優馬の事を聞くと途端に素っ気ない態度を取る。まるで、聞かないでくれと言われているようだ。

 私がほんの少し……優馬の間合いにつま先でも触れようものなら、すぐに遠ざかる。かと思えば、気づくと私のすぐ近くにいたりする。

 彼は忍者か?と思うほど、人との距離感に敏感だと思った。

 だからこそ、私に対しての距離の詰め方に違和感も感じた。それなら、私からも距離を詰めさせて欲しいのに。


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