第3話:社交界で揺れる心と微妙な距離
都の社交界では、ヴァレンタイン家侯爵令嬢エリーナ・ヴァレンタインの婚約破棄の噂が瞬く間に広まっていた。
エリーナは銀色の髪を軽やかに揺らし、淡い紫のシルクドレスに身を包んで会場に入る。深緑の瞳には自信と自由の輝きが宿り、義務や重圧から解放された彼女の姿は、誰もが目を奪われるほど華やかだ。
「ふふ、これでやっと、自分の思うままに生きられる……」
社交界の貴族たちがささやく。
「婚約破棄されたのに堂々と来られるなんて」
「たしかに、あの堂々とした態度は、簡単には手が届かないだろう」
エリーナは微笑みながら会釈し、軽やかに周囲と会話する。媚びることはなく、自由に振る舞う姿が、舞踏会全体の空気を変える。
その光景を遠くから見つめるのは、婚約破棄を切り出した張本人、セリオン・カーヴァル。栗色の髪を整え、青い瞳には冷静さを装うが、胸の奥は荒波のように揺れていた。
(……俺が切り出したのに、なぜ心がざわつくんだ……)
(彼女が自由に笑っているのを見ると、止めてほしいと心の奥で願っていた自分に気づく……)
他の貴族がエリーナに踊りを誘うと、彼女は軽やかに応じ、楽しそうに笑う。その姿にセリオンの胸は締め付けられる。嫉妬、焦燥、そして自分の不器用さへの苛立ちが混ざり合う。
(……こんなに自由に振る舞う彼女を、俺は……どう扱えばいい……)
舞踏会が進む中、セリオンは自ら話しかけることもできず、遠くからその笑顔を見守るだけだった。しかし、心の奥では確かな感情が芽生えていた。止めてほしかった、自分に向けてほしかったあの笑顔――婚約破棄という行為によって、彼女の魅力がより際立って見える。
舞踏会の終盤、煌びやかなシャンデリアの下、エリーナは社交界の空気を楽しみながらも、自由で堂々とした自分を改めて実感していた。
「これからは、心のままに生きる……」
セリオンは人々の視線の間から、彼女の姿を見つめ、拳を軽く握る。
(……自由に生きる彼女を、どうにかして守りたい……だが、俺はあまりにも不器用すぎる……)
婚約破棄を切り出したセリオンと、それを喜んで受け入れたエリーナ。二人の関係はまだ微妙な距離感のままだが、確実に変化しつつあった――。




