第2話:婚約破棄後の自由と家族
婚約破棄から数日が経った。ヴァレンタイン邸の庭園には、春の光がやわらかく降り注ぎ、色とりどりの花々が咲き誇る。侯爵令嬢エリーナ・ヴァレンタインは、銀色の髪を風に揺らしながら庭を歩く。深い緑の瞳には好奇心と嬉々とした輝きが宿り、淡いブルーのドレスが柔らかな日差しを受けて揺れる。
「……ふふ、なんて爽快なのかしら」
侯爵家という立場はありつつも、エリーナの家族は自由を尊重するタイプだった。父は穏やかで寛容、母も温かく理解ある人柄。婚約破棄について尋ねられたときも、父は柔らかく肩を叩き、母は微笑んでこう言った。
「あなたの人生は、あなたのものよ。自分の好きにしなさい」
その言葉は、エリーナにとって大きな支えとなった。義務感や社交界の束縛から解放され、今は自分の意思だけで行動できる喜びに胸が躍る。
その日の午後、都の小規模な舞踏会に招かれた。侯爵令嬢としての顔は保ちながらも、以前のような義務感はなく、心から社交界を楽しむことに意識を向ける。
一方、王族直属公爵家の嫡男、セリオン・カーヴァルは都でこの舞踏会に姿を現した。栗色に近い金髪を整え、青い瞳は冷静を装うが、その胸の奥は波立っていた。彼の母は、息子がエリーナを本当に好きだと知っており、婚約破棄の話を聞いたときは呆れながらも微笑んでこう言った。
「ほんとにあなたは不器用ね。あの子を手放すなんて、誰が見ても好きだとわかるのに」
父は厳格で社交界を重んじる立場だが、息子の心情は理解しており、厳しい言葉ではなく静かに見守る姿勢を示す。家族の言葉は、セリオンの心の葛藤をより強くする。止めてほしいという願望と、完璧なエリーナに対する尊敬と嫉妬――その複雑な感情が交錯していた。
舞踏会の会場。華やかなドレスを身にまとった貴族たちが談笑する中、エリーナは自然な笑顔で周囲と会話を楽しむ。媚びることなく、堂々と振る舞うその姿は、婚約破棄で得た自由の象徴だった。
セリオンは一歩離れた位置から彼女を見つめる。心を落ち着かせようとするが、胸の奥は波打つ。
(……自由を満喫している……喜んで婚約破棄に応じるなんて……まったく、彼女は……)
他の貴族たちも彼女の魅力に目を奪われるが、エリーナ自身は穏やかに楽しむだけ。セリオンの目が追いかける。冷静を装うその姿には、嫉妬と焦燥が隠せない。
舞踏会を終えて邸宅に戻る馬車の中で、エリーナは窓の外を見つめ、小さくつぶやく。
「これからは、自分の思うままに生きる……それだけで充分に楽しいわ」
セリオンも自室で手を握りしめる。
(……自由に生きる彼女を、守りたい……でも、どうやって……)
侯爵家の自由な後押しと、公爵家からの静かなプレッシャー。二人の距離はまだ縮まらないが、家族の存在は確かに二人の心に影響を与えていた。自由を得た侯爵令嬢と、嫡男としての誇りと愛に揺れる公爵令息――二人の物語は、家族の影も含めながら、ゆっくりと動き出していた。
明日続き投稿します




