第11話 後編― 馬車で王宮へ ―
エリーナとセリオンは、邸宅の馬車に乗り込んだ。
車輪の回転に合わせて、馬の蹄の音が規則正しく響く。
昼下がりの光は窓から差し込み、二人の影を座席に映す。
馬車の中は静かだった。
沈黙は気まずいものではなく、むしろ心地よい緊張感を孕んでいる。
お互いの呼吸、少し乱れた衣擦れの音、馬の蹄の音――そのすべてが、言葉の代わりになっていた。
やがて、セリオンが口を開く。
「……昼間に会って、こうしてゆっくり話すのも悪くないな」
落ち着いた声だが、どこか微かに照れを含んでいる。
「ええ。夜会では、どうしても人目が多くて……心の内まで見せられないものね」
エリーナは窓の外を見つめながら答えた。
緑と花の合間を走る馬車の景色は、まるで二人の心の境界線のように揺れる。
セリオンは一呼吸置き、視線を彼女に向けた。
「……あのとき、婚約破棄を告げた瞬間、俺は本当は――止めてほしかった」
少しだけ声を震わせる。
「身勝手な理由でごめん。……だけど、手放したくなかった」
エリーナは静かに息を吐いた。
怒りでも悲しみでもなく、ただ胸の奥に、温かい何かが広がる。
「……分かっているわ、セリオン」
その声は柔らかく、けれど確かに彼の心に届く。
馬車が王宮前の広場に差し掛かると、外の景色が変わった。
大広間の燭台の光、装飾された柱、煌びやかな旗――王都の華やかさが、昼の光でも輝きを放っている。
二人は静かに馬車を降りる。
人々の視線、侍女や執事たちのざわめき。
だが、互いに視線を交わすだけで、周囲の雑音はかき消されるようだった。
「……少し、緊張するな」
セリオンは小さく笑う。
「ええ、私も」
エリーナの手が微かに震えるのを、彼はそっと見つめる。
そして、馬車の扉が開かれる。
二人はゆっくりと足を踏み出し、王宮の大広間へ――。
光と人々の視線に包まれながらも、二人だけの空間が確かにそこにあった。
――次に踊るとき、どんな顔を見せるべきか。
お互いの胸の奥に、期待と不安が入り混じる。
二人の心は、確かに少しずつ、近づき始めていた




