掌編 夕暮れの中に残るもの
「あれ?こんな感じだったっけ?」
家の裏手にあるお寺を見上げると、花札の松と夕日が重なって見えた。
堀の水に誘われたのか、それとも夕日の色に呼ばれたのか。
赤とんぼが、静まりゆく景色の中を「私も混ぜて」と言わんばかりに視界を横切る。
にじむ焼けた色は、どこからか稲穂の香りを運んでくる。
「あぁ……」
胸の奥に生まれた感情は、言葉になる前に沈んでいった。
寂しくはない。それなのに、何かが足りない。
その“なにか”を探すように、もう一度空を仰ぐ。
「痛っ……」
目に雨粒が落ちた。運が悪い、そう思いながらも笑ってしまう。
きっと私は、雨が近づいてきている声を、ずっと聞いていたのだ。
探していたのではなく、向こうから話しかけてくれていた。
そう気づいた私は、不思議と上機嫌だった。