第6話 門を抜けてその先へ
朝の風は冷たかった。けれど、射す光に照らされた胸の奥は、小さな焔みたいに熱を宿していた。
九時の十分前。私たちはもうギルド前にいた。時間に遅れない——それだけで、今日が少し整って見える。
挨拶を交わしたあと、テオが横目で問う。
「……ガルド、ちゃんと寝た?」
その声色は真面目だけど、端っこにからかいが乗っている。
「半分は寝た。半分は歩いた」ガルドが肩を回す。
「枕のほうがわくわくしてたのか、朝起きたら枕が俺の尻尾を抱いてた」
セイルが吹き出し、私も笑った。気心の知れた空気が軽く肩に乗る。
「じゃあ、行こうか」
扉を押す。取っ手は相変わらず冷たく、受付の鈴がちり、と短く鳴った。
◇
ギルドの奥は、紙と油の匂いがする。カウンターの向こうで、受付嬢が顔を上げた。
「仮登録の……ミナさんたちですね。お預かりの品、確認します」
包みをほどき、刻印の残るワイバーンの尾を見せる。彼女は手袋を直し、淡々と目を動かした。
「形状・長さ・焼き痕、照合。御者からの証言も届いています。街道での保護行動、加点に反映済み——問題なし」
手元の計算盤が軽く鳴り、紙に印が落ちる。朱の色が静かに滲んだ。
「今回の査定は、基本十二万バル。街道被害の抑止で三万バルの追加、ここまでで十五万バルです」
彼女は一度書類を伏せ、蝋封の封筒を取り出した。
「それから——御者の方から、謝礼として五万バルをお預かりしています。『どうか受け取ってほしい』とのこと。ギルド経由の特別報酬としてお渡しできます」
蝋を切ると、銀の音が低く短く重なった。
「合計、二十万バル。内訳はこちらの伝票に」
袋の口が締められ、カウンターの上に置かれる。ずしりとした重み。耳の奥で硬貨が触れ合う音が、小さく深く響く。
「ワイバーンの討伐……お見事でした。静かで、必要なところだけ通す。記録を読んで、そう感じました」
その声は抑えめで、そしてまっすぐだ。
「ありがとうございます」
私が受け取る。隣で、ガルドが少しだけ背を伸ばし、セイルは目を細め、テオは頷いた。
「御者からの文面、写しだけお返ししますね」
受付嬢が折り畳んだ紙を差し出す。短い文は、墨のにじみまで素朴だった。
『あなた方の勇姿は決して忘れません。ありがとうございました』
胸の奥で、小さな結び目がきゅっと締まる。大声より、こういう言葉の方が遠くまで届く。
「はい……確かに受け取りました。それと、もう一点よろしいですか?」
「はい」
「仮登録を、パーティー登録に切り替えたいんです。名前は——余白の四人」
受付嬢は小さく頷き、薄い板の上に新しい用紙を載せた。
「では、代表者名、そして規約をご確認ください。——余白の四人、とてもいいお名前ですね」
「ありがとうございます。代表者は私で、取り分は四等分、決定は状況ごとに相談で」
「了解しました」
さらさらとペンが走る。私と三人が順に署名する。
受付嬢は木札を一枚取り出し、金具で薄い皮の帯に留めた。白木の面に、細い線で余白の四人と彫られている。
「こちらがパーティー札です。依頼の際は併せてご提示を。登録印、押しますね」
小さな印の音が、乾いた木に響いた。印面の赤がほんのり温かい。
「登録、完了です。良い道行きを」
「ありがとうございます」
札の角を親指で撫でる。木の軽さの中に、確かな重みがあった。
◇
扉を押し、外に出る。朝の光が強くなって、石畳の目地に影が走った。門へ向かおうとしたとき——四つの影が、こちらへ向かって並ぶ。
昨夜、三日月亭で声を掛けてきた四人だ。私の元リーダー、ガルドの元仲間の軽戦士、セイルの元仲間の剣士、テオの元仲間の大斧の男。見慣れない組み合わせで、一緒に立っている。
「……一緒?」
思わず口に出す。四人は互いに目配せし、短く頷いた。
「……昨日、三日月亭を出たあと、この四人でこれまでの歩みについて……言葉を交わした」
最初に口を開いたのは、私の元リーダーだった。マントの裾を気まずそうに握る。
「戻ってきてくれって言った自分たちが、どれだけ自分勝手だったか……四人で話してるうちに、全員の言葉が同じ場所に落ちた」
彼は一度、言葉を切る。顔を上げた目は、昨夜より静かだ。
「時間が狂わなかったのも、喧嘩が長引かなかったのも、補給が途切れなかったのも。——当たり前だと思ってた。全部任せっきりで……悪かった」
短く、はっきりしていた。謝罪というより、事実の確認に近い。静かに私は頷いた。
軽戦士が頭を掻く。飾りの多い肩当てが小さく鳴る。
「……俺たちは上手くやれてる気になってた。ずっと、お前の支えがあって成り立っていたことに気付かずに……昨日、あんな風に呼び止めた俺が言うのもなんだが……すまなかった」
ガルドは苦笑して、尻尾を一度だけ揺らす。
「あぁ……俺は前で支える。それは変わらない」
「……そうだな」軽戦士は素直に頷く。
派手な剣士がセイルを見る。肩をすくめ、けれど目はちゃんとこちらを見ていた。
「……“万能”って言葉で誤魔化して、ぜんぶ君に押し付けた。火起こしも、索敵も、記録も、全部。『やってくれるだろ』に甘えてた……ごめん」
セイルは視線を受け止め、言葉を返す。
「今度からは、ちゃんと分担してやりなよ」
「うん、それだけ伝えたかった……もちろん、もう戻ってくれなんて言わない」
最後に、大斧の男がテオに向き直る。あの大きな手が、気まずそうに柄を押した。
「テオ……今まですまなかった。お前とその道具に何度も助けられてたこと、今更ながら実感してる」
テオは短く息を吐く。
「派手さはいらない。助けになる——それで十分」
「……ああ。十分だな」
四人は互いに目を合わせ、そしてこちらに向き直った。
「返事はいらない。邪魔するつもりもない」
私の元リーダーが言う。
「……お前たちは、お前たちのやり方で続けてくれ。俺たちは……もう一度、自分を見つめ直す」
「……無茶するなよ」
軽戦士が続ける。
「風向きが悪いときは、休みなよ」
剣士がへたくそな気遣いの言葉を投げる。
「……達者でな」
大斧の男が最後に言って、苦笑いのまま肩をすくめた。
伝えたいことは、きっともう十分。
私は深く息を吸い、代表して静かに返す。
「受け取った——ありがとう」
それで会話は終わった。四つの影は、それぞれの方向へ歩き出す。誰も振り向かない。けれど、足取りは軽く見えた。
◇
門へ向かう道は、昼前の柔らかい光で明るい。荷を締め直す。革の紐に小さな結び目を作り、余った端を指で揃える。
「地図は?」
「ここ」
セイルが筒から地図を取り出す。その地図には、リベラ村の位置に赤い印が打ってある。
門の影が私たちの足元を横切った。外の風は乾いていて、遠くの草の匂いを連れてきた。門番の「気をつけてな」の声が背中に落ちる。
「……よし、行くか」
ガルドは大きく伸びをして、肩を鳴らす。
「準備に抜かりはない」
テオの声は低いが、確かな自信が乗っていた。
余白の四人として、最初の一歩を踏み出す。
四つの影は並んで同じ速さで伸びる。
地図の白に、最初の線が引かれる音が胸の中で小さく鳴った。
「始めよう——私たちの冒険を」
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