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第59話 ナイトクルー

 小柄な、たぶんリーダー格の男が露骨に眉をひそめる。


「……あぁ? なんだよ、面倒くせぇな」


 中肉中背が、慌てて横から口を挟む。


「いやいや、こっちも商売っつーか、地域の安全維持っていうか……」


「それって誰が決めたの?」


 私が重ねて聞くと、中肉中背の口が一瞬止まった。


「……え?」


「通行料って、どこに納めるの?」


「そ、それは……えーっと……」


 横で大男が、腕を組んだまま素直に首をかしげる。


「どこだっけ?」


「黙ってろ!」


 リーダーが大男の脇腹を肘で小突く。


 セイルが私の後ろで、まだ半分船酔いの顔のまま小声でつぶやいた。


「ねぇ……この人たち、ちゃんと話し合いしてから来たのかな……」


「いや、勢いだけで来ただろ」


 ガルドが鼻で笑う。


「揉めたら、誰が来るの?」


 私が最後にそこを刺すと、三人の目が泳いだ。


「……揉めさせねぇよ」


 リーダーは言葉尻だけ強くする。


「その“揉めさせない”のは、誰の力?」


「うるせぇ! いちいち細けぇんだよ!」


 痺れを切らしたみたいに一歩踏み込んでくる。


 そして――急に、手の甲を突き出した。


「これ見りゃ分かるだろうが!」


 手の甲に、いかにも威圧的なドクロのマーク。


 黒々としていて線も太い。狙って怖く見せている、分かりやすい“脅しの記号”。


 ……いや、急にドクロ。


 私が言葉を探している間に、セイルが「え」と小さく声を漏らす。


「手の甲に……?」


 ガルドは、真顔のまま一拍置いた。


「……それで?」


 テオは無言で、じっとマークを見ている。目が“観察”の目だ。


 三人組だけが「ビビっただろ」みたいな顔をしていて、こちらの温度と噛み合っていない。


「……えっと」


 私が言いかけたところで、リーダーが勝ち誇ったように鼻を鳴らした。


「最近この辺で恐れられてる裏組織、《ナイトクルー》の印だ!」


「ナイト……クルー……」


 セイルが復唱した。船酔いのせいで、単語が少し遠い。


 中肉中背が勢いに乗って、ペラペラと喋り出す。


「そうそう! 逆らうとどうなるか分かるよな!? この辺の路地じゃ、ナイトクルーの名を知らない奴はいねぇ!」


「いや、知らねぇけど」


 ガルドが即答する。


「えっ」


 中肉中背が固まる。


 大男がなぜか張り切って拳を握った。


「ナイトクルーはなぁ!……すげぇことする!」


「すげぇことって何だよ」


「えーっと……」


 大男は真剣に考えてから言った。


「すげぇ、怖い顔で歩く!」


「ただの輩じゃねぇか……」


 ガルドが突っ込む。


 中肉中背が慌てて話を戻すように、身振り手振りを大きくした。


「とにかく! この辺の《裏通り》――あっちの角を入って二つ目、レンガの壁の横の路地! あの辺りはナイトクルーの縄張りで――」


「あっ、自分で言うんだ」


 私がぼそっと言うと、リーダーが「う、うるせぇ!」と声を荒げる。


「そこを通るなら筋を通す! これが普通だ!」


 普通という単語が、今度は“脅し”の方に使われている。


 私の視線はリーダーの手の甲に戻った。


 ……端が、滲んでる。


 輪郭がほんの少しだけ、ふわっと広がっている。汗か、油か、何かで。


「……その印、端が滲んでない?」


 さらっと言うと、リーダーの目がつり上がった。


「ああ!? テメェの涙で視界が滲んでるだけじゃねぇか!?」


「いや……私、泣いてないし」


 呆れが先に立って、怒る気力が追いつかない。脅し文句としても筋が雑すぎて、こっちの感情の置き場が迷子になる。なのに、相手の目だけは必死で、それが余計に変な方向に胸をざわつかせた。


「泣くほどビビってんだろうが!」


「その……ビビってるなら、もっと分かりやすく反応すると思うよ?」


 私が真面目に返してしまったせいか、リーダーが一瞬だけ言葉に詰まる。


 私はこそこそと、三人に確認した。


「……ねえ、滲んでるよね?」


 セイルはドクロと私の顔を交互に見て、こくこく頷く。


「うん。滲んでる。というか、なんか……書いた感じがする」


 ガルドは鼻で笑った。


「滲んでるな。てか、墨じゃねぇのかそれ」


 テオは無言で、短く一回だけ頷いた。


 次の瞬間。


 テオが何も言わずに懐から布を取り出した。


 その動きがあまりに淡々としていて、三人組の方が先に怯える。


「な、なにすんだ!?」


 中肉中背が半歩下がる。


 大男が拳を構えるが、構え方が分からない感じで腕が変な角度になる。


 リーダーが強がるように顎を上げた。


「お、おい! 触るんじゃねぇ! これは――」


 テオは返事をしない。布に、小さな瓶から液体を垂らす。


 油の匂い――道具の手入れに使う、油落としの匂い。


 そして、そのまま彼の手の甲へ。


「うわっ!」


 リーダーが声を上げるより早く、テオは淡々と拭いた。


 一度、二度。手早く、淡々と。


 リーダーの顔が一瞬、「あ、こいつら降参した?」みたいに緩む。


 中肉中背も、空気を読み違えて勝ち誇ったように笑う。


「そうそう、分かればいいんだよ。最初から素直に――」


 リーダーは調子に乗って、上から言い直そうとした。


「ったく、最初からそうやって――」


 そこで、テオが布を離した。


 彼が何気なく自分の手の甲を見て――


「……は?」


 声が裏返った。


「……なんじゃこりゃ!?」


 ドクロがない。


 綺麗さっぱり、跡形もなく。


 彼は目を見開いて手の甲を何度も裏返す。まるで“消えた”という現実を手が理解できていない。


「兄貴ぃ!?」


 大男が叫び、中肉中背も慌てて覗き込む。


「うそだろ!? あれ、さっきまで……!」


 私が言った。


「……消えるんだ」


 ガルドが、気の抜けた声で付け足す。


「恐ろしい裏組織の印、拭いたら消えるのか」


 セイルは、なぜか真剣な顔で頷いた。


「それ、覚悟が……軽いね……」


 リーダーがガクガク震えながらテオを指差す。


「て、てめぇ! なにしやがった!」


 テオは淡々と答える。


「インク。刻印じゃない」


「は?」


「汗と油で滲む。布と溶剤で落ちる」


 説明が短い。結論だけで、余計な感情がない。


 リーダーは今にも泣きそうな顔で、手の甲を押さえた。


「……あれ書くのに、どんだけ時間かかったと思ってやがる……」


「あっ、時間かけたんだ」


 私が思わず言うと、リーダーは顔を赤くする。


「うるせぇ! うるせぇうるせぇ! 今日は……今日は見逃してやる!」


 中肉中背が慌てて乗っかる。


「そ、そうだ! ナイトクルーを舐めるなよ! 覚えてろ!」


 大男も、よく分からないまま勢いで叫ぶ。


「覚えてろー!」


 三人は踵を返して逃げようとした――その瞬間。


 ガルドの手が大男の肩をがっしり掴んだ。


「おっと」


 セイルが、にこっと笑って中肉中背の肩を掴む。笑顔なのに、逃がさない手。


 テオは、何も言わずにリーダーの肩を押さえた。圧が静かに強い。


 三人組の動きが、同時に止まる。


「……え?」


 リーダーの声がかすれる。


 ガルドが、にやりとした。


「つれねぇこと言うなよ。もう少し“お話”しようぜ、《ナイトクルー》さんよぉ?」


 リーダーの額に冷や汗がつう、と流れた。


「ち、ちが……俺たちは……」


「俺たちは、何?」


 私が首をかしげる。


 中肉中背が笑顔を引きつらせながら、震える声で言う。


「ナイトクルーじゃ……ないっす……」


「ナイトクルーじゃない」


 セイルが復唱する。なぜか丁寧に。


「でも、本物はいるんだね」


 三人組の肩が、びくりと跳ねた。


 ――あ、今の反応は“当たり”だ。


 さっきまでの小芝居みたいな脅しとは違う。言葉じゃなくて身体が先に怯えている。こちらが「普通」を確かめるつもりで踏み込んだだけなのに、思ったより深いところに触れた感触がした。


 私の胸の中で、さっきまでの「普通だな」という感覚が、少しだけ別の形に変わる。


 普通の港町。


 普通の通り。


 普通の屋台。


 ――でも、“裏”があるなら、こっちが知らないままでいる方が危ない。


 私は、三人に向けて笑わないまま言った。


「ねえ。もし筋を通すって言うならさ」


 リーダーが喉を鳴らす。


「……な、なんだよ」


「その“筋”を、ちゃんと教えて」


 ガルドが肩を揺らし、楽しそうに低い声を足した。


「ほら。せっかくエルナートに来たんだ。普通の話、聞かせてくれよ」


 セイルは笑顔のまま、優しい声で追撃する。


「痛いことはしないよ。たぶん」


「たぶんって言うな!」


 中肉中背が泣きそうになる。


 テオは無言で布を折りたたんだ。その所作が、なぜか一番怖い。


 私は内心でため息をつく。


 ――本物の“筋”があるなら、むしろ今のうちに聞いておくべきだ。


 普通の港町の、普通じゃない入口に。


 私たちはもう、片足を突っ込んでしまっていた。

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