表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/63

第44話 美の祭典

 祭典当日の朝。


 街は異様な熱気に包まれていた。中央広場には巨大なステージが組まれ、金・赤・紫のギラついた装飾が朝日を反射している。露店が並び、音楽隊が調整の音を鳴らし、あちこちにアルミダの等身大パネルが立っている。


 でも、よく見ると——


「昨日より、首まわりが軽そうな人が増えたね」


 セイルが小声で言った。確かに、鎖の数が明らかに減っている。五本も六本もつけていた女性たちが、今は二本、三本程度に。


「それでも、祭りの飾りだけは前よりギラギラしてやがる」


 ガルドが眉をひそめた。ステージの装飾は、まるで人々の目を眩ませるように派手になっている。


「平均鎖所持数、前日比マイナス二〜三本。変化継続中」


 テオが冷静に分析する。


 私たちは仮設の控えエリアへ向かった。受付で名前を告げると、当日のプログラム表を渡される。


 1. 開会の挨拶

 2. プロデュース女性たちのショー

 3. 新商品「永遠の輝き」お披露目&代表者による体験

 4. 休憩

 5. 街の職人たちによる美のステージ


 最後の項目に、小さく「マリーの店」と書かれていて、その横に私たち四人の名前が記されていた。


「ぼくらの出番はあとの方だね」


 セイルが確認する。


「先にあっちがやって、その後にこっちを見世物にでもするつもりか?」


 ガルドの声には苛立ちが混じっていた。


 その時、スタッフがマリーを別の控えスペースへ案内していくのが見えた。今日の彼女は、アルミダの「関係者」として扱われているらしい。



     ◇




 私たちは一度、マリーの控室を訪ねた。


 小さな簡易控室で、マリーは支給された祭典用のドレスを着ていた。アルミダの基準に沿った派手な服。でも、首の鎖は一本か二本に減っている。そして耳元には、小さな花のイヤリング——彼女が昔作った、ささやかな抵抗の証。


 テーブルの上には、「永遠の輝き」の瓶が置かれていた。金色の液体が、鈍く光を反射している。


「……本当に、ここで拒否していいのかな」


 マリーの声は震えていた。


「『今は持っていて、舞台で本当の答えを見せる』って言ったの、覚えてる?」



「うん、飲まない……みんなの前で、拒否する」


 マリーが小さく呟く。


「怖えのは当たり前だ」


 ガルドが力強く言った。


「でもその瞬間、お前は一人じゃない」


「ぼくらの出番は、そのあとにちゃんと用意されてる」


 セイルが優しく続ける。


「君が空けた風穴に、ぼくらの服を通す」


「計画、再確認」


 テオが指を立てながら言った。


「マリー、拒否、観客に違和感発生、職人ステージで『別の美』提示」


 マリーは深く息を吸った。


「私が失敗したら……みんなのステージも無くなっちゃうかも」


「なくなったとしても、それは『失敗』じゃない」


 私は断言した。


「飲まないって決めた時点で、もう一歩進んでるから」


 マリーは瓶を手に取った。ポケットに入れるのではなく、しっかりと握りしめる。


「……うん。ここまで連れてきてもらったんだもの。ちゃんと自分の足で立つわ」



     ◇




 開会の時間が近づき、私たちは観客席の端から様子を見ることにした。自分たちの服は、まだ外套で隠している。


 ファンファーレが鳴り響き、アルミダがステージに登場した。


 きらびやかな衣装、完璧な笑顔。全身から「支配者」のオーラを放っている。


「美の祭典へようこそ!」


 高らかな宣言が広場に響く。


「今日は『正しい美しさ』への扉を、あなたたち全員に開きます」


 群衆から大きな拍手が起こった。でも、その音はどこか均一で、熱というより「揃わされた音」のように聞こえる。


 続いて、プロデュース女性たちのショーが始まった。


 全員が同じようなメイク、同じような笑顔。ウォーキングは教本通りに完璧で、ターンのタイミングまでぴったり揃っている。歩くたびに「ジャラ……」と鎖の音が重く響く。


「私たちが『正しい歩き方』を真似して転んでたのと逆だね」


 私が呟いた。


「形は完璧なのに、心がどこにもない」


「前に見た整列行進の方が、まだ生きた足音だったぞ」


 ガルドが苦い顔をする。


「同じ風を同じ速度で吹かせようとすると、どこかで必ず『ねじれ』が出るんだけどね……」


 セイルが風を読むような目で言う。


「多様性ゼロ。美の方向、極端に一本化」


 テオの分析は的確だった。


 観客の反応は様々だった。目を輝かせる人もいれば、「ちょっと怖い」「みんな同じに見える」と小声で呟く人もいる。鎖を一本だけ残した女性が、自分の鎖にそっと触れて俯く姿も見えた。



     ◇




 ショーが終わると、アルミダが再び中央に進み出た。


 スタッフが豪華な台座を運び込む。透明なガラスケースに並べられた「永遠の輝き」の小瓶。照明が当てられ、金色の液体が妖しく光る。


「『輝きの雫』は、あなたたちをここまで導いてくれました」


 アルミダの声が広場に響く。


「けれど、それだけではまだ足りない。もっと確かな、もっと永遠のものが必要です」


 彼女は瓶を高く掲げた。


「それが——『永遠の輝き』」


 観客がざわめく。一部の女性たちは食い入るように見つめ、すでに「救い」を期待している。鎖を減らし始めた女性たちは、不安そうに視線を交わしていた。


 ——見せ方が完全に「儀式」だ。まるで救済を配るみたいに……でも実際には、自由を奪う薬なのに。


 私の胸の奥で、怒りと悲しみが渦巻いた。



     ◇



 そして、運命の瞬間が来た。


「この新しい輝きの最初の一歩を、私が独断で決めるわけにはいきません」


 アルミダが優雅に微笑む。


「ここには、日々、私の理念を信じて服を作り、お客様に勧めてくれている職人たちがいます」


 嫌な予感が胸を締め付ける。


「その中から——とても従順に、よく働いてくれた店主を、一人お呼びしましょう」


 アルミダはゆっくりと、まるで獲物を追い詰めるような口調で名前を告げた。


「——仕立て屋マリー。前へ出ていらっしゃい」


 観客席の視線が一斉にステージ脇の出入口に向いた。


 ステージ袖から、マリーの姿が見えた。


 わずかに震えている。アルミダ側のドレスを着ているが、首の鎖は以前より明らかに少ない。手には「永遠の輝き」の小瓶。そして耳元の小さな花のイヤリングが、かすかに揺れている。


「あの仕立て屋さんじゃない?」


「いつもアルミダ様の基準通りの服を作ってる人よね」


「最初に飲ませてもらえるなんて、きっと光栄なんだわ」


 観客の声が聞こえる。


 ガルドが立ち上がりかけて拳を握った。でも、私が目で制する。今はまだ動く時じゃない。


「……風、変わるよ。ここから」


 セイルが静かに言った。


「作戦、開始」


 テオが短く呟く。


 ——ここから先は、マリーが自分の足で選ぶ場所。でも、それでも——あのステージの下には、私たちがいる。


 マリーが小さく息を吸った。


 震える足で、でも確かに、ステージ中央へ向かって一歩目を踏み出す。


 足元で鎖が小さく鳴る音と、私の鼓動が重なった。


「——永遠の輝きを、その手に」


 アルミダの声が、まるで呪文のように広場に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ