第44話 美の祭典
祭典当日の朝。
街は異様な熱気に包まれていた。中央広場には巨大なステージが組まれ、金・赤・紫のギラついた装飾が朝日を反射している。露店が並び、音楽隊が調整の音を鳴らし、あちこちにアルミダの等身大パネルが立っている。
でも、よく見ると——
「昨日より、首まわりが軽そうな人が増えたね」
セイルが小声で言った。確かに、鎖の数が明らかに減っている。五本も六本もつけていた女性たちが、今は二本、三本程度に。
「それでも、祭りの飾りだけは前よりギラギラしてやがる」
ガルドが眉をひそめた。ステージの装飾は、まるで人々の目を眩ませるように派手になっている。
「平均鎖所持数、前日比マイナス二〜三本。変化継続中」
テオが冷静に分析する。
私たちは仮設の控えエリアへ向かった。受付で名前を告げると、当日のプログラム表を渡される。
1. 開会の挨拶
2. プロデュース女性たちのショー
3. 新商品「永遠の輝き」お披露目&代表者による体験
4. 休憩
5. 街の職人たちによる美のステージ
最後の項目に、小さく「マリーの店」と書かれていて、その横に私たち四人の名前が記されていた。
「ぼくらの出番はあとの方だね」
セイルが確認する。
「先にあっちがやって、その後にこっちを見世物にでもするつもりか?」
ガルドの声には苛立ちが混じっていた。
その時、スタッフがマリーを別の控えスペースへ案内していくのが見えた。今日の彼女は、アルミダの「関係者」として扱われているらしい。
◇
私たちは一度、マリーの控室を訪ねた。
小さな簡易控室で、マリーは支給された祭典用のドレスを着ていた。アルミダの基準に沿った派手な服。でも、首の鎖は一本か二本に減っている。そして耳元には、小さな花のイヤリング——彼女が昔作った、ささやかな抵抗の証。
テーブルの上には、「永遠の輝き」の瓶が置かれていた。金色の液体が、鈍く光を反射している。
「……本当に、ここで拒否していいのかな」
マリーの声は震えていた。
「『今は持っていて、舞台で本当の答えを見せる』って言ったの、覚えてる?」
「うん、飲まない……みんなの前で、拒否する」
マリーが小さく呟く。
「怖えのは当たり前だ」
ガルドが力強く言った。
「でもその瞬間、お前は一人じゃない」
「ぼくらの出番は、そのあとにちゃんと用意されてる」
セイルが優しく続ける。
「君が空けた風穴に、ぼくらの服を通す」
「計画、再確認」
テオが指を立てながら言った。
「マリー、拒否、観客に違和感発生、職人ステージで『別の美』提示」
マリーは深く息を吸った。
「私が失敗したら……みんなのステージも無くなっちゃうかも」
「なくなったとしても、それは『失敗』じゃない」
私は断言した。
「飲まないって決めた時点で、もう一歩進んでるから」
マリーは瓶を手に取った。ポケットに入れるのではなく、しっかりと握りしめる。
「……うん。ここまで連れてきてもらったんだもの。ちゃんと自分の足で立つわ」
◇
開会の時間が近づき、私たちは観客席の端から様子を見ることにした。自分たちの服は、まだ外套で隠している。
ファンファーレが鳴り響き、アルミダがステージに登場した。
きらびやかな衣装、完璧な笑顔。全身から「支配者」のオーラを放っている。
「美の祭典へようこそ!」
高らかな宣言が広場に響く。
「今日は『正しい美しさ』への扉を、あなたたち全員に開きます」
群衆から大きな拍手が起こった。でも、その音はどこか均一で、熱というより「揃わされた音」のように聞こえる。
続いて、プロデュース女性たちのショーが始まった。
全員が同じようなメイク、同じような笑顔。ウォーキングは教本通りに完璧で、ターンのタイミングまでぴったり揃っている。歩くたびに「ジャラ……」と鎖の音が重く響く。
「私たちが『正しい歩き方』を真似して転んでたのと逆だね」
私が呟いた。
「形は完璧なのに、心がどこにもない」
「前に見た整列行進の方が、まだ生きた足音だったぞ」
ガルドが苦い顔をする。
「同じ風を同じ速度で吹かせようとすると、どこかで必ず『ねじれ』が出るんだけどね……」
セイルが風を読むような目で言う。
「多様性ゼロ。美の方向、極端に一本化」
テオの分析は的確だった。
観客の反応は様々だった。目を輝かせる人もいれば、「ちょっと怖い」「みんな同じに見える」と小声で呟く人もいる。鎖を一本だけ残した女性が、自分の鎖にそっと触れて俯く姿も見えた。
◇
ショーが終わると、アルミダが再び中央に進み出た。
スタッフが豪華な台座を運び込む。透明なガラスケースに並べられた「永遠の輝き」の小瓶。照明が当てられ、金色の液体が妖しく光る。
「『輝きの雫』は、あなたたちをここまで導いてくれました」
アルミダの声が広場に響く。
「けれど、それだけではまだ足りない。もっと確かな、もっと永遠のものが必要です」
彼女は瓶を高く掲げた。
「それが——『永遠の輝き』」
観客がざわめく。一部の女性たちは食い入るように見つめ、すでに「救い」を期待している。鎖を減らし始めた女性たちは、不安そうに視線を交わしていた。
——見せ方が完全に「儀式」だ。まるで救済を配るみたいに……でも実際には、自由を奪う薬なのに。
私の胸の奥で、怒りと悲しみが渦巻いた。
◇
そして、運命の瞬間が来た。
「この新しい輝きの最初の一歩を、私が独断で決めるわけにはいきません」
アルミダが優雅に微笑む。
「ここには、日々、私の理念を信じて服を作り、お客様に勧めてくれている職人たちがいます」
嫌な予感が胸を締め付ける。
「その中から——とても従順に、よく働いてくれた店主を、一人お呼びしましょう」
アルミダはゆっくりと、まるで獲物を追い詰めるような口調で名前を告げた。
「——仕立て屋マリー。前へ出ていらっしゃい」
観客席の視線が一斉にステージ脇の出入口に向いた。
ステージ袖から、マリーの姿が見えた。
わずかに震えている。アルミダ側のドレスを着ているが、首の鎖は以前より明らかに少ない。手には「永遠の輝き」の小瓶。そして耳元の小さな花のイヤリングが、かすかに揺れている。
「あの仕立て屋さんじゃない?」
「いつもアルミダ様の基準通りの服を作ってる人よね」
「最初に飲ませてもらえるなんて、きっと光栄なんだわ」
観客の声が聞こえる。
ガルドが立ち上がりかけて拳を握った。でも、私が目で制する。今はまだ動く時じゃない。
「……風、変わるよ。ここから」
セイルが静かに言った。
「作戦、開始」
テオが短く呟く。
——ここから先は、マリーが自分の足で選ぶ場所。でも、それでも——あのステージの下には、私たちがいる。
マリーが小さく息を吸った。
震える足で、でも確かに、ステージ中央へ向かって一歩目を踏み出す。
足元で鎖が小さく鳴る音と、私の鼓動が重なった。
「——永遠の輝きを、その手に」
アルミダの声が、まるで呪文のように広場に響いた。




