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第43話 私たちの衣装

 街は浮き足立っていた。広場にはステージの囲いが組まれ、色とりどりの飾りが風に揺れている。アルミダのポスターがあちこちに貼られ、鎖を誇らしげに纏ったモデルの像まで立っていた。


 でも、よく見ると——


「あっ、あの人鎖が一本だけだ」


 セイルが小声で言った。人混みの中を歩く女性の首に、確かに鎖は一本しかない。昨日まで五本も六本もつけていたはずの人たちが、少しずつ減らしている。


「変化が広がってる」


 私が呟くと、ガルドが頷いた。


「確実にな」


 テオは黙って街の様子を観察している。きっと彼なりに、変化の兆候をデータ化しているのだろう。


 私たちは緊張と期待を胸に、マリーの店へ向かった。



     ◇



 店の扉を開けるとマリーは既に棚の前で待っていた。その目には確かな光が宿っている。


「……待ってたよ」


 小さな声で呟くと、マリーは奥を指差した。


 優雅な服や派手な服が並ぶ中に、布で覆われたトルソーが四体並んでいる。


「完成したよ。みんなの服」


 マリーが最初の布を外した。


 現れたのは、深い紺色のワンピースだった。シンプルだけど、襟元と袖口に繊細な刺繍が施されている。まるで結び目のような模様が、さりげなく全体を引き締めていた。


「ミナの服。優しくて、でも芯の強さを表現したくて」


 次の布を外すと、革と布を組み合わせた上着とズボンが現れた。肩には補強が入り、胸元には守護の紋章のような刺繍。重厚感があるのに、動きやすそうだった。


「ガルドさんの。『前で支える』強さと優しさを」


 三つ目は、薄い緑の生地で作られたシャツとベスト。風をはらむような軽やかさで、動くたびに布が優雅に揺れそうだった。袖は広がりを持たせ、まるで風そのものを纏うような作り。


「セイルさんには、風の自由さを」


 最後は、濃紺の上着に細かいポケットがいくつも付いている。一見シンプルだけど、よく見ると計算され尽くした配置。無駄が一切なく、それでいて美しいラインを描いていた。


「テオさんの機能美を、形にしました」


 私たちは息を呑んだ。


 どの服も派手じゃない。でも、確かに「私たちらしさ」が表現されている。


「すごい……」


 私が手を伸ばして布地に触れる。柔らかくて、温かい。マリーの想いが糸の一本一本に込められているのが分かった。


「俺に、こんな立派な服が……」


 ガルドが戸惑いながらも嬉しそうに服を見つめている。


「風を感じる……」


 セイルが自分の服に手を当て目を細めた。


「設計、完璧」


 テオがポケットの配置を確認しながら、ひどく感心したような声を出していた。


「着てみて」


 マリーが試着室を指差す。


「サイズは、こっそり測らせてもらってたから」




     ◇




 着替えて鏡の前に立った時、私は自分の目を疑った。


「……すごい。これが私たち……?」


 鏡に映る四人は、今までとは違って見えた。


 私のワンピースは派手さはないけど、凛としていて美しい。結び目の刺繍がまるで私の術を表しているようで、不思議と自信が湧いてくる。


「ミナ、すごく似合ってるよ」


 セイルが言った。彼自身も、風のような服がとても似合っている。動くたびに布が優雅に揺れ、本当に風を纏っているみたいだ。


「ありがとう。セイルこそ、五割り増しで凛々しく見えるよ」


「そ、そうかな」


 照れたように頬を赤らめるセイル。


 ガルドは鏡の前で何度も向きを変えていた。


「おいおい……俺、かっこよくないか?」


「自画自賛」


 テオが軽く笑うと、ガルドは耳を動かした。


「いや、だってよ……今ならなんでも守れそうな気がするぞ」


 その言葉には、純粋な喜びがあった。


 テオは黙々とポケットの中身を確認している。


「収納性、予想以上。動きやすさ、確保」


「……テオ、感想はそれだけ?」


 セイルが聞くと、テオは少し考えてから言った。


「……気に入った」


 短い言葉だけど、それは最高の褒め言葉だった。


 マリーは口元を手で押さえ、目に涙を浮かべていた。


「みんな……本当に、ありがとう……嬉しい」


 そして、とうとう涙があふれた。私の肩に顔を埋めて声を殺して泣く。


 私はそっと背中をさすった。温かい涙が服に染みていく。でも、それは悲しみの涙じゃない。


「マリー、素敵な服をありがとう」


 私が言うとマリーは顔を上げた。涙で濡れた頬に本物の笑顔が浮かんでいる。


「明日、怖くないって言ったら……嘘になる」


 震える声でマリーは続けた。


「でも、それでも作りたかったの。嘘じゃない服を。私の本当の気持ちを込めた服を」


 深く息を吸って、マリーは私たちを見回した。


「だから……着てくれて、ステージに立つって、そう言ってくれて……ありがとう。」


 その一言には、今まで届かなかった“作り手としての願い”が全部詰まっていた。

 売上でも評価でもなく、「自分の服を、自分のために選んでくれる人がいる」という当たり前で、ずっと手の届かなかった幸せ。

 ようやく、その場所まで一緒に辿り着けたんだと、胸の奥がじんと熱くなる。


「うん……こちらこそありがとう。


 マリーの震えごと、あの頃の自分の震えごとも一緒に抱きしめるみたいに——この言葉だけは軽く言いたくない、と強く思った。


「誰もマリーを一人にしないよ」


 ガルドが力強く頷いた。


「そうだ。俺たちは仲間だろ」


「うん。風は一人じゃ吹かない。みんなで作るものだから」


 セイルも優しく微笑む。


「協力、必須」


 テオの簡潔な言葉にも、温かさがあった。


 五人で円を作るように立つ。服も、想いも、全部が一つの輪になったような気がした。




     ◇




 服を大切に抱えて宿へ戻る道。


 街は明日への期待と不安で満ちていた。ステージの準備をする人、鎖を磨く人、「輝きの雫」を買い求める人。そして、祭りの準備の音が混じって聞こえてくる。


「うぅ……緊張してきたかも」


 私の呟きに続き、ガルドが正直に言った。


「……俺も」


 明日、大勢の前でステージに立つ。そんな今まで経験したことのない挑戦。


「でも悪くないよね、この感じ」


 セイルが風に髪を揺らしながら言う。


「怖いけど、わくわくもする」


「心拍、安定」


 テオが自分の脈を確認しながら報告する。


「適正範囲内」


 私は深呼吸をして空を見上げた。


「怖さと楽しさが混ざってる。不格好でも……歩きたい」


 胸の奥で、決意の結び目がきゅっと締まる。


 明日は美の祭典。


 アルミダの支配に小さな風穴を開ける日。


 マリーの本当の美しさをみんなに見せる日。


 そして、私たち自身の「美」を示す日。


 夜の港の音が静かに響く。波の音、船の軋む音、そして——どこかで鎖が外れる小さな音も、確かに聞こえた気がした。


 美の祭典まで、あと一日。


 

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