表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/63

第42話 自分の歩幅で

 私たちは街の端にある小さな広場に集まっていた。潮風が吹き抜ける場所で古い倉庫が風よけになっていて、ここなら人目を気にせず練習できる。


 テオが黙々と板を並べてステージの床を作り、セイルは風向きを確認しながら立ち位置を決めている。私は持ってきた布でステージの境界線を引いた。


「じゃあ、本番に向けた練習を始めようか」


 私が言うとガルドが重い息を吐いた。


「……おう」


 戦闘の足取りは迷いがないのに、「見られるための歩き」となると話は別らしい。靴の先で砂利をいじるような、落ち着かない視線。


「視線検知、ゼロ」


 テオが周囲を見回し、誰も見ていないことを確認する。


 その時、セイルがカバンから何かを取り出した。


「はい、これ」


 分厚い本だった。表紙には金文字で『完璧なモデルウォーク100の秘訣』と書かれている。


「……どこでそんなの見つけたの?」


 私が聞くとセイルは得意げに答えた。


「図書館だよ。“美しい歩き方はすべての人に通じる”って書いてあった」


「信頼性、不明」


 テオが即座にツッコむ。


「なんでわざわざそれを……」


 ガルドが呆れた顔をするが、セイルは構わずページをめくった。


「ほら、『背筋を伸ばし、腰を揺らし、目線は遠くへ』だってさ」


 挿絵には完璧なモデルポーズ。洗練された美の世界。

 ——私たちとは、正反対の世界。


「……じゃあ、せっかくだし試してみようか」


 私が言うと、ガルドが眉をひそめた。


「えっ、マジでやるのか」


「うん。まずは見本から」


 セイルが立ち上がり、本を片手に歩き始めた。腰をひねり、腕を細く揺らしながら一歩、また一歩。真面目な顔でやっているのに、どこかぎこちない。


 その姿を見たガルドが吹き出す。


「お前……なに踊ってんだ?」


「ちっ、違うんだって!これ『Sラインウォーク』って書いてあるの!」


「S、過剰カーブ」


 テオの冷静な分析が追い打ちをかける。

 セイルの腰の動きがさらに硬くなる。


「……じゃあ、ガルドがやってみてよ」


 セイルは本をガルドの胸に押し付けるように渡し、ちょっと後ろに下がって腰に手を当てた。「さあどうぞ」とでも言いたげな顔だ。


 ガルドは肩を回して、深呼吸と共に一歩を踏み出した。


「ったく、しょうがねぇ。見本ってやつを見してやる」


 が、数歩歩くとすぐに体がガクンと傾いた。肩の力が抜けず、足の裏が重すぎて動きが噛み合わない。


「うおっ……!」


 慌てて体勢を立て直すガルドの姿は、まるで見えない敵と戦っているようだった。


「……ガルドは何と戦ってるの?」


 セイルが笑いをこらえながら言う。


「歩いてるんだよ!!」


 赤面して叫ぶガルド。耳は真っ赤、尻尾はしっかり丸まっている。

 私は口の端が勝手に上がるのを手で押さえた。笑ったら余計に崩れそうだから。


 その横でテオがすっと前へ出た。踵をそろえて立ち、本を一度だけ見て視線を真っ直ぐ前に固定する。


「読み込み、完了」


 次はテオの番。彼は本を精読してから正確に歩き始めた。


「歩幅六十二センチ、歩行周期一・二秒」


 呟きながら寸分違わぬ動き。だが、正確すぎて動きに“人間味”がない。首の角度すら計算されているようだった。


「テオ、それ……怖いよ……」


「パーフェクトモーション」


 パーフェクトすぎて逆に心がざわつく。背筋が冷えて思わず一歩引いた。

 テオの足音が“コツ、コツ”と近づくたびに、空気が妙に無機質に感じる。


「ひぃ!その動きでこっち来ないで!」


「ははっ、やべぇ!見ろセイル、あれ!」


「テオが歩くってより……滑ってるね!?」

 

 セイルとガルドが笑い転げる。私もつられて吹き出し、息を整えるのに必死だった。


「わ……私もやってみる」


 負けじと私も、挿絵を真似て歩いてみる。背筋を伸ばし、腰をひねり、目線を遠くへ——。


「……新種のモンスターか?」


 ガルドの一言がグサリと胸に刺さる。いや、違う……違うと思いたい。体の連動が噛み合わず、ぎこちない動きが自分でもわかる。


「動き、不規則。強敵」


 テオまでそんな分析をしてくる。笑いながらも、ちょっとだけ泣きたくなった。

 肩で息をしながら足を止め、ズボンの裾を押さえる。


「ちょっと、ひどくない!?」


 私が抗議すると、セイルが肩をすくめて苦笑した。


「プロって……すごいんだね……」


「データ的に、“ぎこちなさ指数”上昇」


 テオが真顔でメモを取る。


 全員で顔を見合わせて、思わず吹き出した。



     ◇



 結局、一日目は笑いと転倒とため息で終わった。

 誰一人としてまともに歩けない。本の通りにやればやるほど自分たちらしさが消えていく。


 夕暮れ時、疲れ果てて座り込んだ私たちに潮風が優しく吹いた。


「……でも、少しわかった気がする」


 私が呟くと、三人が顔を上げた。


「え?」


「“正しい形”を真似しても、私たちらしくはならないんだよ」


 不格好でも、私たちの歩きは“始まっている”。そう思えた。



     ◇



 二日目。


 ありがたいことに、今日は宿の中庭を貸してくれることになった。壁に囲まれた空間で、人目を気にせず練習できる。


 昨日の笑い話とは違い、今日の空気は少し真剣だった。


「昨日は“正しい歩き方”をやってみた。でも今日は、“自分の歩き方”を見つけよう」


 口にした言葉が自分の胸にも響いた。きっとこの練習は、“歩く練習”じゃなく、“自分を見つける練習”なんだ。


 まずはガルド。力任せではなく静かな重みを意識して歩く。盾を持たずとも彼の歩きには“守る強さ”が宿っていた。


「おっ、なかなかいいじゃん」


 セイルが感心したように言う。


「……なんか、悪くないな」


 ガルド自身も、何かを掴んだようだった。


 次はセイル。風を読むように自然に歩き、無理なポーズを取らずに流れに身を任せる。


「うん、風が通ってるみたい」


 私の言葉にセイルが照れくさそうに笑った。


「……やっと、らしくなってきたかも」


 テオは相変わらず無表情。けれど、歩くたびに手帳を閉じ、ただ足音に耳を澄ませていた。


「なにか掴めたか?」


 ガルドの問いに、短く答える。


「理屈じゃない……感覚データ、収集中」


 最後に私自身が歩いた。みんなのリズムに干渉しないように。でも、自分の歩幅で。見られることを意識せず、ただ“歩く”ことに集中する。


「……いいね」


 セイルの声。


「見てると、安心する感じ」


 ガルドがぽつりと続ける。

 その言葉が嬉しくて、私は小さく笑った。


 ——それぞれの足音が違っても、響き合う。それが「歩く」ってことなんだ。


 夕方、ベンチで休憩しているとセイルが言った。


「……昨日よりも、ずっと楽しいね」


「笑いより筋肉痛が勝ってるけどな」


 ガルドが足をさすりながらぼやく。


「データ上、全員改善傾向」


 テオは事実だけを告げる調子なのに、その声色にはわずかな満足が混じっていた。私たち自身が少しずつ前へ進めている証拠だった。



     ◇



 三日目。


 今日はそれぞれが順番にステージを想定して歩くことにした。


 まずガルド。堂々とした歩き。力強く、それでいて柔らかい。大盾がなくても彼の存在そのものが「守る」を表していた。


 次にセイル。風をまとうように柔らかく、どこか楽しげ。見ているだけで気持ちが軽くなる。


 テオは正確な歩みの中に信念があった。無駄がない。でも、そこに“生きている”温度がある。数字を超えた彼らしさが、確かに見えた。


 そして私。結ぶように、穏やかでまっすぐな歩き。誰かを導くわけでも目立つわけでもない。ただ、確かに前へ進む。


「……なんか、いい感じだな」


 ガルドは腕を組み、少し照れたように笑った。自分の足音を初めて好きになれたみたいな顔。


「うん、みんな“らしい”ね」


 セイルは目を細める。風がやさしく背中を押したみたいに、声が柔らかかった。


「完成度、七五%」


 テオが一言。私は笑いながら肩をすくめた。


「残り二五%は、心で埋めよう」


 ——人の真似じゃなく、自分の足で歩くこと。それがきっと、私たちにとっての『本物の美しさ』なんだ。



     ◇



 練習の最後、セイルがあの本を閉じた。表紙の『完璧なモデルウォーク100の秘訣』という文字が、夕陽に照らされて光っている。


「……結局、役に立ったのか?」


 ガルドの問いにセイルは苦笑した。


「ノーコメントで」


 セイルが本を閉じると、ページの隙間から潮風が抜けていく。失敗も笑いも全部、この三日間の“証”みたいに思えた。


「禁書指定」


 テオの一言に全員の笑い声が揃う。本が悪いわけじゃない。

 今の私たちには、ページより自分の足が先生だ。


 港の風が静かに吹く。四人の笑い声が混じり合い、遠くの海へと溶けていく。


 美の祭典まであと二日。

 長い練習の三日間が終わり、明日はマリーの作った服を受け取る日。


 不格好でも、この足で歩ける限り——私たちはきっと前へ進める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ