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第41話 同じ舞台へ

「いい天気だな」


 ガルドが大盾を磨きながら言った。布で丁寧に表面を拭き、傷一つ一つを確認している。その手つきは、まるで親友の肩を叩くように優しい。


「風も穏やかだね」


 セイルは地図を畳みながら窓の外を見た。


「今日は東から西へゆっくり吹いてる。船出には最高の日だよ」


 テオは机の上でカチャカチャと音を立てながら、何やら新しい道具の作成を試みているようだった。


「……なあ、ミナ」


 ガルドが手を止めて言った。



「マリーが『永遠の輝き』を飲むことを、美の祭典で拒否するってやつなんだけどよ……」


ガルドが低く息を吐く。


「それで、上手くいくと思うか?」


「……わからない」


 誤魔化さず正直に答える。

 マリーの決意は確かに本物だ。けれど、相手はこの街全体を縛る存在。


「でも——」

 

 言葉を選びながら続けた。


「成功する可能性はあると思う。小さな火でも、風を掴めば燃え広がるから」

 

 



 ただ——これでもまだ不十分なんじゃないかって。

 

 鎖を解ききるための“最後の一ピース”が、どこかに欠けている気がしてならなかった。


 そんな考えを抱えたまま、静寂が落ちたその時——


 その時、ドアがノックされた。


 コンコンという控えめな音。私たちは顔を見合わせる。


「どうぞ」


 私が答えると、ドアがゆっくりと開いた。


 入ってきたのはマリーだった。


「マリー?」


 顔は緊張で少し青ざめているけれど、目の奥に確かな光が宿っている。


「……みんなに話があるの」


 マリーは部屋に入り扉を閉めた。深呼吸をして私たちを見回す。


 全員が耳を傾けた。


 マリーは拳を握りしめ、震える声で言った。


「……『美の祭典』に、私の作品を出そうと思う」


 一瞬、静寂が落ちた。


 セイルが息を呑む音が聞こえる。ガルドは「おお」と小さく声を漏らし、耳がぴくりと動いた。


 テオが短く言った。


「決意、確認」


 その簡潔な言葉に、マリーは小さく頷いた。


「アルミダ様は『永遠の輝き』を飲めって言った。でも……私はもう偽物に頼りたくない」


 マリーの声が少しずつ強くなっていく。


「だから、拒否するだけじゃなくて、本物を見せる。私が本当に作りたい服を」


 それは、失うかもしれない未来よりも、“自分を取り戻す今”を選んだ人の声。

 彼女はもう、誰かの基準じゃなく“自分の手”で光を縫おうとしている——そう思えた。


「いいじゃないか」


 ガルドが満面の笑みを浮かべた。


 続けてセイルも微笑む。


「その決断、素晴らしいと思うよ」


 私も立ち上がって、マリーの手を取った。


「応援するよ。みんなで」


 マリーの目に涙が浮かんだ。でもすぐに首を振って、涙を拭った。


「でも……ひとつだけ問題があるの」


 彼女は視線を落とし、言葉を選ぶように続けた。


「作品はできる。地下の工房には材料もあるし、時間はギリギリだけど何とか間に合わせる」


 そこで言葉を切り、困ったような表情を浮かべた。


「でも、モデルを頼める人がいないの」


「モデル?」


 私が聞き返すと、マリーは頷いた。


「ステージに立つには、誰かが服を着て歩かなきゃいけない。でも、頼める人がいなくて……」


 確かに、アルミダの基準から外れた服を公衆の前で着るのは相当な勇気がいる。


「えーっと、老漁師の奥さんは?」


 私が提案したが、マリーは首を振った。


「最初はお願いしようと思ったの。でも——」


 マリーは窓の外を見つめた。


「彼女は『自分として祭典に行く』って言ってた。あのドレスは、彼女の歩みの証だから」


 深く息を吸ってマリーは続けた。


「上手く言えないんだけど……それは『彼女自身の物語』なんだと思うの。だから、無理にお願いはできなくて……」


 私は静かに頷いた。その言葉に老漁師の妻の想いが確かに息づいている。


 沈黙が流れた。


 マリーの顔には決意があるのに、その奥にはどうしようもない迷いが残っている。誰も着てくれなければ、作品を見せることすらできない。


 ——けれど、それを繋ぐのは私たちの役目だ。胸の奥で、何かが“かちり”と噛み合った気がする。これが、ずっと探していた最後の一ピースだと、そう直感した。


「だったら、私たちが手伝うよ」


 マリーが顔を上げた。目に一瞬、希望の光が宿る。


「ほっ、本当に……?」


「ね?みんな」


 私は三人を見回した。

 ガルドもセイルもテオも、頷きながら笑みを見せる。

 

 ——この瞬間、迷いなんてなかった。


「あぁ、もちろんだ」


 ガルドが腕を組み、どっしりと頷いた。


「力仕事は俺に任せろ。ミナが万全な状態で挑めるように力を貸す」


「うん、サポートなら任せてよ」


 セイルも優しく微笑んだ。


「会場の風向きを読んで、最適な配置を考えるとか。観客の流れを誘導するとか」


「配置、管理可能」


 テオが無表情のまま付け足した。


「道具準備、針と糸の補充、必要なら現場修正も」


 

 頼もしくて、でもちょっと違う方向に行っているその姿がなんだかおかしくて……私は笑いそうになりながら首を振った。


「違うよ、三人とも」


「え?」


 ガルドが眉を上げた。セイルはきょとんとした顔で私を見つめ、テオの手がぴたりと止まった。


「手伝うっていうのは、そういうことじゃないの」


 私は三人を見回して言った。


「——モデルとして、だよ」


 その瞬間、部屋の時が止まった。


「……モデル?」


 セイルが呆然と呟いた。


「俺たちが?」


 ガルドの声が裏返る。


「……理解不能」


 テオが瞬きもせずに言った。


 私は笑いをこらえきれなくなった。三人の反応があまりにも予想通りで。


「そう。マリーの作品を着て、ステージを歩くんだよ」


「ちょ、ちょっと待て」


 ガルドが慌てたように手を振った。耳が後ろに倒れ、尻尾が緊張で固まっている。


「俺がステージで服を……? いや、無理だろ。俺は盾を構えるのが仕事で、その……見せるもんじゃ……」


「ぼくも!」


 セイルが珍しく声を上げた。


「舞台の上なんて緊張するし……それに男が女性服を——」


「誰も女性服とは言ってないよ」


 私が笑いながら訂正すると、セイルは口をぱくぱくさせた。


「歩行動作、最適化必要」


 テオが真面目な顔で呟いた。


「歩き方、未経験。情報不足」


 三人の慌てぶりを見て、マリーがくすりと笑った。


「あの、私……」


 マリーが遠慮がちに言った。


「みんなに合う服を作りたいの。女性服だけじゃなくて」


 私たちが注目すると、マリーは頬を赤らめながら続けた。


「ミナには、優しくて芯の強い服。ガルドさんには、守護者らしい力強い服。セイルさんには、風のように軽やかな服。テオさんには、機能的で美しい服」

 

 その言葉に、三人の表情が変わった。


「俺に……合う服?」

 

 ガルドが戸惑いながら聞いた。


「はい。ミナから皆さんの話も聞いていて、思ったんです」


 ——確かに、私はマリーにみんなの話をしていた。戦い方、性格、好きなもの。そして、みんなの『美しさ』。


「ガルドさんは、『前で支える』美しさを表現したい」

 

 ガルドの耳がぴくりと動いた。照れと興味が入り混じった表情。


「……ぼくにも?」

 

セイルが身を乗り出した。


「セイルさんは風のような自由さを。それを服で表現したい」

 

 セイルの頬がほんのり赤くなった。

 テオは黙っていたが、マリーが続けた。


「テオさんの作る道具は、無駄がなくて美しい。そんな機能美を、服でも表現できたら」


「……興味深い」

 

 テオが短く言った。それは彼なりの賛同の表現だった。


「でも、俺たちがステージに……」

 

 ガルドはまだ迷っている。

 

 私も……ステージに立つ経験なんてもちろんない。注目を浴びることだって、むしろ苦手で……恥ずかしさも、怖さだってある。

 

 でも、それでも——。


 私は、そんな感情を振り払うように立ち上がって言った。


「だから、みんなで練習しよう」

 

 三人がぽかんとした顔で見合った。


「練習って……」


「歩く練習?」


「必要動作、不明」

 

 その反応に、私とマリーは同時に笑い出した。


「うん。歩く練習」


 私は笑いながら言った。


「きっと大丈夫だよ。堂々と、自分らしく」


「簡単に言うなよな……」

 

 ガルドがぼやいたが、その声には諦めと、少しの期待が混じっていた。


「ガルド……」


 私は笑って言った。


「きっと似合うよ」


 ガルドは照れ隠しに顔を背けた。


「ああ、わかったよ!やるからには全力でやってやる!」

 

 セイルも苦笑しながら頷いた。


「……未知数だけど、やってみる価値はあるかも」


「データ収集、開始」

 

テオが真顔で言った。


「みんな……ありがとう」


 震える声でマリーが言った。


「私、頑張る。みんなが誇れる服を作る」


「うん」

 

 私はマリーの肩を抱き、そこから彼女の体温が伝わってくる。震えはもうない。その代わりに、胸の奥で確かに燃えているものがある。

 それは恐怖じゃなく、希望の熱だった。


「一緒に頑張ろう、マリー」


 そして、私たちは笑い合う。

 

 まるで、夢を語り合っていた幼い頃の私とマリーに戻ったみたいに——まだ何者でもなかった頃のように、未来を信じて笑っていた。

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