表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/63

第30話 光彩の街、歪んだ輝き

「ミナ、本当にミナだよね!? 信じられない!」


 マリーが私の手を取る。その手は温かくて、確かにマリーの手だった。

 小さい頃、泥だらけになって野原を走り回った時と同じ、あの手の温度。


「マリー……本当に、マリーなの?」


 私は戸惑いながらも、彼女の手を握り返す。

 触れた瞬間、胸の奥で懐かしさと違和感が同時に跳ねた。


「そうだよ! ミナこそ、本当に冒険者になったんだね。すごい! 昔言ってた夢、叶えたんだ!」


 マリーの声は弾んでいた。

 でも、その明るさの裏で、私の中の何かがそっと冷える。

 ——声と姿のあまりのギャップに、心が追いつかない。


「あの……マリー、その格好……」


 言いかけて、言葉が喉で詰まった。

 無遠慮に聞けば、きっと彼女を傷つける。

 けれど、聞かずにはいられなかった。


「ああ、これ?」


 マリーは自分の服を軽く払い、誇らしげに笑う。


「素敵でしょ? 今、フィオーレで流行ってるの。“光彩の鎖”って言ってね、このアクセサリーをたくさんつければつけるほど美しくなれるんだよ」


 首、手首、腰、足首——鎖のようなアクセサリーが、彼女の体を縁取っていた。

 動くたびに金属音が鳴る。それがまるで“美”を示す合図みたいに、通りのあちこちで響いている。


「美しく……なれる?」


「うん! アルミダ様が言ってるの。この街では、みんなこうやって美しさを磨いてるんだ」


 アルミダ——その名前が出た瞬間、私の胸の奥に小さな警鐘が鳴った。


「アルミダ様って……?」


「この街のカリスマだよ! 美しさを教えてくれる、本当に素敵な方なの。ミナも会ったら、きっとわかる」


 マリーの目は輝いている。

 でもその輝きは、まるで鏡に反射した光みたいに、どこか“外側”に浮いて見えた。


「ねえねえ、街を案内してあげる! 久しぶりだし、色々話したいこともあるし!」


「あ、うん……」


 私が答える前に、マリーはもう私の手を引いていた。

 後ろでは、ガルド、セイル、テオが無言でついてくる。

 彼らの顔にも、同じ戸惑いが浮かんでいた。



     ◇



 マリーは街を案内しながら、次々と話しかけてくる。


「ここがメインストリート。お店がたくさんあるの。全部、美しくなるためのものばかり!」


 通りには、色とりどりの店が並んでいる。服屋、アクセサリー屋、化粧品屋——どれも派手で、目が痛くなるような色使い。


 美しいというより、どこか押しつけがましい華やかさだった。


 そして、街を歩く女性たちは、全員が同じような格好をしている。まるで制服のように。


「ねえ、あれ見て! “輝きの雫”っていうの」


 マリーが指さす先には、小瓶を並べた屋台。

 金色の液体が入った瓶を、女性たちが夢中で買い求めている。


「あれを飲めば飲むほど、内側から美しくなれるんだって。私も毎日飲んでるよ」


「……それ、体に悪くないの?」


 テオが淡々と問う。

 マリーはきょとんとして、笑った。


「悪いわけないよ。アルミダ様が勧めてくれてるんだもん」


 テオは何も言わない。

 視線だけが冷静に、瓶の中の液体を分析していた。

 彼の瞳が、わずかに険しくなるのを私は見た。


「それに、みんなが飲んでるから安心だよ。ほら、あの人も、あの人も」


 マリーの指の先では、女性たちが笑顔で金色の液体を飲んでいる。

 でも——その笑顔は、どこか“描かれた笑顔”みたいだった。


「……ねえ、マリー」


 私は勇気を出して口を開く。


「マリーは……今、幸せ?」


 その一言に、マリーの足がぴたりと止まる。

 通りの喧騒が遠のいた気がした。


「幸せ? もちろんだよ。こんなに美しくなれて、みんなに認められて……幸せに決まってるじゃない」


 彼女の笑顔が少しだけ震えた。

 でも、次の瞬間には元通りになっていた。


「そっか……」


 私はそれ以上、何も言えなかった。

 胸の奥がひどく重たくなった。




     ◇




 マリーは私たちを、街の中心にある広場へ連れて行った。

 そこには大きな看板が立っている。派手な装飾と、奇抜なファッションの女性の絵——その下に、大きく名前が書かれていた。


『アルミダ — 美の導き手』

 

「ほら、あれがアルミダ様! 素敵でしょう?」

 

 マリーが誇らしげに指さす。看板の女性は、確かに目を引く姿をしている。でも、美しいというより——異様だった。


 絵の中の瞳が、どこか“こちらを見ている”ようで、背筋に冷たいものが走る。


「この街では、アルミダ様が美しさの基準を教えてくれるの。だから、みんな従ってるんだ」


「従ってる……」


 セイルが小さく呟く。

 その響きが、胸の奥にずしりと落ちた。


「ねえ、ミナたちも“光彩の鎖”、買ってみない? きっと似合うよ!」


「あ、えっと……」


 私は言葉を濁す。

 あの鎖をつけることが、“何か”を許してしまう気がして。


「今は……いいかな」


「そっか。まあ、最初は抵抗あるかもね。でも、慣れれば大丈夫だよ」


 マリーは笑い、軽い足取りで通りの向こうへ歩いていった。

 その背中は、私の知る“親友”の姿と重ならなかった。


 街の風が少しだけ冷たくなる。

 私たちは、しばらく言葉を失っていた。


「変……だよね」


 セイルの声が、風の音に混ざる。


「違和感で片付けるには……ちょっと怪しすぎる」


「“光彩の鎖”……粗悪品。金属の質が悪い。長期間つければ、皮膚に負担」


 テオが淡々と分析する。


「“輝きの雫”も怪しいな。あんな色の液体、普通じゃねぇ」


 ガルドが眉をひそめ、腕を組む。


「……この街、どこかおかしい」


 私は呟く。

 風が吹くたびに、どこからか“金属の擦れる音”が聞こえた。

 それは鎖の音。——この街全体を包む“音の枷”。


「マリーも……」


 胸の奥が痛い。

 幼い頃の彼女は、笑いながら風を追っていた。

 けれど今は、鎖の音に支配されている。


「……まずは宿を取ろう」


 私は小さく息を整えた。


「それから、この街のことを調べよう。——アルミダっていう人物についても」



 港の風は冷たく、潮の匂いが鼻を撫でる。

 華やかな街並みの奥に、目に見えない檻の影があった。


 美しさの名の下に、何が歪められているのか。

 それを知るために——私たちは、動き出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ