第30話 光彩の街、歪んだ輝き
「ミナ、本当にミナだよね!? 信じられない!」
マリーが私の手を取る。その手は温かくて、確かにマリーの手だった。
小さい頃、泥だらけになって野原を走り回った時と同じ、あの手の温度。
「マリー……本当に、マリーなの?」
私は戸惑いながらも、彼女の手を握り返す。
触れた瞬間、胸の奥で懐かしさと違和感が同時に跳ねた。
「そうだよ! ミナこそ、本当に冒険者になったんだね。すごい! 昔言ってた夢、叶えたんだ!」
マリーの声は弾んでいた。
でも、その明るさの裏で、私の中の何かがそっと冷える。
——声と姿のあまりのギャップに、心が追いつかない。
「あの……マリー、その格好……」
言いかけて、言葉が喉で詰まった。
無遠慮に聞けば、きっと彼女を傷つける。
けれど、聞かずにはいられなかった。
「ああ、これ?」
マリーは自分の服を軽く払い、誇らしげに笑う。
「素敵でしょ? 今、フィオーレで流行ってるの。“光彩の鎖”って言ってね、このアクセサリーをたくさんつければつけるほど美しくなれるんだよ」
首、手首、腰、足首——鎖のようなアクセサリーが、彼女の体を縁取っていた。
動くたびに金属音が鳴る。それがまるで“美”を示す合図みたいに、通りのあちこちで響いている。
「美しく……なれる?」
「うん! アルミダ様が言ってるの。この街では、みんなこうやって美しさを磨いてるんだ」
アルミダ——その名前が出た瞬間、私の胸の奥に小さな警鐘が鳴った。
「アルミダ様って……?」
「この街のカリスマだよ! 美しさを教えてくれる、本当に素敵な方なの。ミナも会ったら、きっとわかる」
マリーの目は輝いている。
でもその輝きは、まるで鏡に反射した光みたいに、どこか“外側”に浮いて見えた。
「ねえねえ、街を案内してあげる! 久しぶりだし、色々話したいこともあるし!」
「あ、うん……」
私が答える前に、マリーはもう私の手を引いていた。
後ろでは、ガルド、セイル、テオが無言でついてくる。
彼らの顔にも、同じ戸惑いが浮かんでいた。
◇
マリーは街を案内しながら、次々と話しかけてくる。
「ここがメインストリート。お店がたくさんあるの。全部、美しくなるためのものばかり!」
通りには、色とりどりの店が並んでいる。服屋、アクセサリー屋、化粧品屋——どれも派手で、目が痛くなるような色使い。
美しいというより、どこか押しつけがましい華やかさだった。
そして、街を歩く女性たちは、全員が同じような格好をしている。まるで制服のように。
「ねえ、あれ見て! “輝きの雫”っていうの」
マリーが指さす先には、小瓶を並べた屋台。
金色の液体が入った瓶を、女性たちが夢中で買い求めている。
「あれを飲めば飲むほど、内側から美しくなれるんだって。私も毎日飲んでるよ」
「……それ、体に悪くないの?」
テオが淡々と問う。
マリーはきょとんとして、笑った。
「悪いわけないよ。アルミダ様が勧めてくれてるんだもん」
テオは何も言わない。
視線だけが冷静に、瓶の中の液体を分析していた。
彼の瞳が、わずかに険しくなるのを私は見た。
「それに、みんなが飲んでるから安心だよ。ほら、あの人も、あの人も」
マリーの指の先では、女性たちが笑顔で金色の液体を飲んでいる。
でも——その笑顔は、どこか“描かれた笑顔”みたいだった。
「……ねえ、マリー」
私は勇気を出して口を開く。
「マリーは……今、幸せ?」
その一言に、マリーの足がぴたりと止まる。
通りの喧騒が遠のいた気がした。
「幸せ? もちろんだよ。こんなに美しくなれて、みんなに認められて……幸せに決まってるじゃない」
彼女の笑顔が少しだけ震えた。
でも、次の瞬間には元通りになっていた。
「そっか……」
私はそれ以上、何も言えなかった。
胸の奥がひどく重たくなった。
◇
マリーは私たちを、街の中心にある広場へ連れて行った。
そこには大きな看板が立っている。派手な装飾と、奇抜なファッションの女性の絵——その下に、大きく名前が書かれていた。
『アルミダ — 美の導き手』
「ほら、あれがアルミダ様! 素敵でしょう?」
マリーが誇らしげに指さす。看板の女性は、確かに目を引く姿をしている。でも、美しいというより——異様だった。
絵の中の瞳が、どこか“こちらを見ている”ようで、背筋に冷たいものが走る。
「この街では、アルミダ様が美しさの基準を教えてくれるの。だから、みんな従ってるんだ」
「従ってる……」
セイルが小さく呟く。
その響きが、胸の奥にずしりと落ちた。
「ねえ、ミナたちも“光彩の鎖”、買ってみない? きっと似合うよ!」
「あ、えっと……」
私は言葉を濁す。
あの鎖をつけることが、“何か”を許してしまう気がして。
「今は……いいかな」
「そっか。まあ、最初は抵抗あるかもね。でも、慣れれば大丈夫だよ」
マリーは笑い、軽い足取りで通りの向こうへ歩いていった。
その背中は、私の知る“親友”の姿と重ならなかった。
街の風が少しだけ冷たくなる。
私たちは、しばらく言葉を失っていた。
「変……だよね」
セイルの声が、風の音に混ざる。
「違和感で片付けるには……ちょっと怪しすぎる」
「“光彩の鎖”……粗悪品。金属の質が悪い。長期間つければ、皮膚に負担」
テオが淡々と分析する。
「“輝きの雫”も怪しいな。あんな色の液体、普通じゃねぇ」
ガルドが眉をひそめ、腕を組む。
「……この街、どこかおかしい」
私は呟く。
風が吹くたびに、どこからか“金属の擦れる音”が聞こえた。
それは鎖の音。——この街全体を包む“音の枷”。
「マリーも……」
胸の奥が痛い。
幼い頃の彼女は、笑いながら風を追っていた。
けれど今は、鎖の音に支配されている。
「……まずは宿を取ろう」
私は小さく息を整えた。
「それから、この街のことを調べよう。——アルミダっていう人物についても」
港の風は冷たく、潮の匂いが鼻を撫でる。
華やかな街並みの奥に、目に見えない檻の影があった。
美しさの名の下に、何が歪められているのか。
それを知るために——私たちは、動き出す。




