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第26話 後悔の先に渡す手

「……どうしてお前らがいる」


 ドランが眉をひとつだけ動かす。声は荒れていないが、夜気より低い。


「ごめんなさい。ドランさんと、余白の四人の皆さんがどこかへ向かわれるのを偶然見かけて……」


 リオが胸の前で手を揃え、息を整えながら言った。フェナは背を伸ばしすぎて肩が硬い。バーンは膝の上で両手を重ね、視線だけを真っ直ぐ持ち上げる。


「んで、こそこそ俺たちの戦いを見てた、と」


 ドランの口端がわずかに下がる。叱責というより確認だ。三人はそろって頭を下げた。


「はい……申し訳ありません」


「……でも、目を離せませんでした」


 フェナの声は震えを残しながらも、芯は折れていない。バーンが短く続ける。


「……見なきゃいけないと思いました」


 ドランは鼻を鳴らし、視線を三人から私たちへ、一度だけ滑らせ、また三人に戻す。


「なら……話は早ぇか」


 空き地に浅い沈黙が落ちる。


「俺がどんな人間で、何をしてきたか。少しはわかったろ?」


 リオが唇を噛み、言葉を選ぶ間を一拍。言い淀みを飲み込んでから口を開く。


「……だから、指導冒険者を、辞める……んですか?」


 ドランは正面を見たまま、短くうなずいた。


「あぁ、筋は通す」


 セイルが風の層をひとつ数え、テオは金具を鳴らさず腰袋を押さえる。私は両手の内側を確かめ、結び目を作らないまま息だけ揃えた。


 そこでリオが、一歩だけ前に出る。言葉の置き場所を確かめるように視線を下ろし、また上げた。息はまだ速いのに、声は前へ出る。


「さっきの戦い……余白の四人の皆さん、本当に格好よかったです。役割がばらばらじゃなくて、全部が“つながって”て。見ていると、胸が熱くなりました」


 言い出してから、抑えきれないものが堰を切ったように溢れる。


「ガルドさんの盾が立った瞬間、周りの空気が広くなるのを感じました。……テオさんの道具で目が流れて、動きが遅れるのもわかった。ミナさんの“支え”が入ると、みんなの足が沈まず前に出られる。セイルさんの矢は、空で“曲がった”みたいに見えました。先回りして、次の一手の“場所”を作っている感じで」


 フェナがその袖口を軽く握り、リオに続く。瞳が潤いかけても、言葉は途切れない。


「それに……怖い時の呼吸の戻し方とか、撤退線の合図とか、ただ『強い』じゃない“具体”がたくさんありました。『痛いだけ』じゃなく『できるようにする』ための段取りが、ちゃんとあって……それを、戦いながら互いに“渡している”のが、すごいと思いました」


 バーンも一拍置いて、真っ直ぐ言う。


「自分、盾の“陰”に入るってこういうことかって、初めて少しわかった気がします。陰なのに息が苦しくならない。守られているだけじゃなくて、前へ出る準備ができる“場所”でした」


 フェナが小さく頷き、言葉を結ぶ。


「……言葉は多くないのに、皆さんが視線と短い合図だけで同じものを見て、同じ速さで動いていました。『任せる』『受ける』が、説明より先に成立している感じで……ああいう“信頼の置き方”に、ぼくらはなりたいと思いました」


 言葉の熱が、夜気の上に薄い層をつくる。私は、胸の奥にそれが確かに載るのを感じた。大げさな賞賛じゃない。見て、数えて、掬い上げた“具体”の言葉だ。そういう言葉は、あとで彼ら自身の“支え”に変わる。


 ——照れはある。けれど、それ以上に背筋が伸びる。私たちが大切にしてきた「結果の置き場所」を、彼らはちゃんと見ていた。

 今この場で返すべきは、奪わないことと、受け取ること。


 リオが、最後にもう一度だけ前を見る。さっきより、ほんの少し強い目で。


「そして……その余白の四人の皆さんと、ひとりで対等に渡り合っていたドランさんも、やっぱりすごい人なんだって、改めて思いました。剣だけじゃなく、間の取り方や歩幅の詰め方……“体でわかっている”って伝わってきました」


 バーンが不器用に、しかしまっすぐ言う。


「だから……もし許していただけるなら、これからも指導をお願いしたいです」


 ドランは短く目を伏せ、小さく舌打ちを落とす。苛立ちというより、自分に向けた躓きの音。


「気の迷いだ。考え直せ。俺は……さっき言ったばかりだろ。こういうのに向いてねぇ」


 言い切る前に、ガルドが低く挟んだ。

 盾の縁を一度だけ指で叩き、彼はそのまま静かに一歩踏み出す。

 耳は伏せず、視線はまっすぐ。夜気の中で立つその背は、戦いのときと同じように“前”を形にしていた。


「あんたは、逃げるのか?」


 その声には怒気も嘲りもなく、ただ確かめるような重さがあった。

 ドランの視線がわずかに動く。ガルドは盾を立てたまま、目だけで正面を射る。


「目を逸らして逃げたことを後悔したって言ってたよな。じゃあ次は、こいつらから逃げるのか。周りの評判じゃなく、自分たちの目で見てあんたに任せたいって言ってくれた奴らから」


 その言葉は責めではなく、繋ぐための言葉だった。

 夜風が一度だけ草を揺らす。ドランの喉が鳴り、視線が足もとをかすめた。


「……俺は、相応しくねぇ」


 そこに混じるのは虚勢じゃない。躊躇だ。私は一歩だけ前へ出て、言葉を置く。


「『相応しくない』という今を持つ人にしか、伝えられないこともあると思うんです」


 彼の目がこちらに来る。私は逃げずに受けて、続けた。


「弱さを、虚しさを、後悔を——それらを抱えて歩いてきた、そんなあなただからこそ」


 言葉を口にしながら、私は自分の胸の内をそっとなぞった。

 誰だって、歩いてきた時間の中に“折れた場所”がある。

 それを隠すことも、見せびらかすこともせずに、ただ“持ち続けている”人の背中には、確かな重みが宿る。


 彼の生き方は、きっとその重さごと歩いてきた時間だった。

 戦いの中で見せた苛立ちも、静かな矜持も、それら全部が、たしかに刻まれた痕。

 


 たとえそれが、“終わり”に見えたとしても、それはきっと、新しい“始まり”になる。


「後へと託すこと。 それが、あなたの次の冒険だと……そう思います」


 ドランは息を一つ吸い、視線を少しだけ上に上げた。夜空の端にかすかな星の光があった。

 その光を見ながら、かすれた声で繰り返す。


「後へと……託す、か」


 セイルが小さく息を吐き、テオが淡々と添える。


「経験、想い。——渡す役、価値」


 リオは言葉が重なる前に、自分の言葉を探し当てる。


「ぼくら、叱っていただくことは必要だと思っています。弱いところも、足りないところも、はっきり言ってほしいです。ただ……走る先と、戻る道を、いっしょに見てほしいんです」


 フェナが続く。声は震えない。


「“できたら褒める”じゃなくて、“できるようにする”を教わりたいです。痛いだけじゃない指導を」


 

 バーンが拳を胸の前に握り、少し息を吸い直してから叫ぶように言った。拙くても真っ直ぐで、夜を震わせた。


「今は!こんな僕たちだけど、いつか!ドランさんが胸を張って自慢できる冒険者パーティーになってみせます!」


 ——彼らはもう、自分たちだけで立とうとしている。

 同時に、彼の想いを“過去”としてではなく、“これから”の中に抱えて歩こうとしている。


「そしていつか!あなたが僕たちの手をとったあの時の選択は、間違いじゃなかったって笑って言えるように!!」


 三人は同時に深く頭を下げ、バーンがそのままドランに手を差し出した。

 その手は震えていたが、迷いはなかった。


——自分たちが、“選んでよかった”と思わせる冒険をしてみせる、と。

 それが、彼らなりの“返答”であり、戦いだった。

 “指導される側”ではなく、“共に線を引く側”として。


 ドランはふっと鼻で笑い、それから顔を上げた。笑いは乾いているのに、空洞ではない。


「……面倒くせぇやつらだな。揃いも揃って」


 言葉とは裏腹に、肩の力がわずかに抜ける。夜の光の中で、頬の線がほんの少し柔らかく見えた。


「いいか。俺は一度、立場を降りる。今の嘘くさい“肩書き”のまま続ける気はねぇ。筋を通す。——そのうえで、だ」


 リオたちの背筋が自然に伸びる。ドランはわざと憎まれ口の形に戻し、口端だけで笑った。


「男に二言はねぇからな……甘くはしねぇぞ」


 そう言って、差し出されたバーンの手をがっしりと掴んだ。

 掌と掌がぶつかる音が小さく響き、夜気の中で輪を描いた。


 バーンが迷いのない声をあげる。


「はいっ!」


 フェナが深く頭を下げ、リオが拳を握ってから、ゆっくり開く。


「お願いします!」


 ドランは顎で空き地の外を示した。


「今日は帰れ。体を冷やすな。……俺は俺で、やるべきことを片付ける。ギルドと、他のやつらにも。全部終わったら、声をかける」


 そして、いつもの調子で言い切る。


「俺が一人前の冒険者にしてやる。覚悟、決めとけ」


「……はい!」


 三人の返事が同じ高さで落ちる。背は揃わない。けれど足は、揃って前に出た。


 空き地の出口まで送るあいだ、ドランは何も言わなかった。ただ、去っていく背中を、懐かしいものを見る目で見ていた。かつての仲間の背、あるいは昔の自分の背——その両方を重ねるみたいに。


 夜は深い。でも、私には結び目がはっきりと見えていた。

 ——選び直した人の線と、受け取る人の線。その二つは固く結ばれている。

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