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第24話 守る者の証明

  刃と守りがぶつかる音が続く。革巻きの長剣が盾の縁をなで、縁がまた押し返す。土は乾き気味で、踏めば浅く鳴るだけ。月は薄く、風は低い層で滑っていく。


「っくそ、邪魔くせぇ」


 ドランが舌打ちを落とした。視線が私とセイル、テオを一度ずつ撫でる。空矢の音、短い笛、足もとに置いた私の“返し”。どれも致命じゃない。けれど間を少しずつ削る。それは熟練の冒険者の視野の広さゆえに効果を強める。


「……んでお前は、そんなもん使ってんだよ」


 長剣の先をわざと盾の面に当て、ドランがガルドを顎で指す。


 長剣がふっと消え、次の瞬間には盾の外から内へ角度を変えて落ちてくる。私はガルドの踵の後ろに“支え”を一枚、膝の内側へ“返し”を薄く足す。受けの面が半寸深くなる。


「……俺が、あんたに憧れたからだ」


 打ち合いの合間、ガルドの声が出た。息は荒くない。喉の奥の温度だけがわずかに変わる。


「俺に、憧れた?」


 ドランの片眉が上がる。次の打ちに行くはずの肩が、ほんの一瞬、止まった。


「そんな見え透いた嘘、ついてんじゃねぇ」


「嘘じゃねぇ!」


 ガルドは吠えない。けれど、言葉の芯は揺れない。盾の縁で長剣を外へはじき、右の鉤爪で柄の根を軽く払う。押し込まない。間を戻すだけ。


「子どもの頃だ。茂みの陰から見た。泥が跳ねて、あんたの盾が前に出て、道ができた。剛鉄の道標の人たちがその道を迷いもなく使っていった」


 セイルの空矢が、言葉の切れ目で土に浅く音を置く。テオの笛が一度、短く鳴る。ドランの視線が半拍、そちらへ触れたのを私は見た。


「剣が通った。弓が抜けた。詠唱が間に合った。モンスターの攻撃は通らなかった——あんたが“前”にいたから、全部が間に合った。俺には、そう見えた」


「……は、何を言うと思えば」


 笑いじゃない息がドランの喉で鳴る。


「さっきも言ったろ。どんなモンスターを斬っても、評価されんのは“目立つ”奴らだった。やれ剣撃がすごかった、矢がすごかった、魔法の一撃がトドメだった、ってな」


 ドランは打ちながら言う。声は大きくないのに、足もとへ重く落ちる。


「守るだけの俺なんざ、誰も見ねぇ。——それが現実だ」


「見てるやつはいる」


 ガルドは即答だった。盾の面が前へ出る。押しすぎない押し。縁で角度だけを奪い、距離を戻す。


「俺は見てた。あの時、泥の匂いの中で。……あんたが盾で“前”を作るのが、誰よりかっこよかった」


 月の薄さと同じくらいの強さで、言葉が空に張られる。ドランの動きが一瞬、素の軌道に戻った。長剣の動きが、以前よりわずかに“見える”。


「剛鉄の道標の人たちは、あんたを信じて“前”を任せてたんじゃないのか。俺には、そう見えた」


「……信じる? 任せる? ……それで何が残る。賞金の割り前は増えたか?」


 ドランの肩がまた沈む。間合いが縮む。長剣は振らず、身体ごと“寄る”。盾の裏の人間を直接試しにくる動き。


「だから俺は——“守る”を捨てた。見えねぇ“手応え”なんざ、飯にならねぇ」


 私は一瞬、舌の裏で息がつかえる。——拍手じゃなくて手応えで十分。三日月亭でそう言った夜が、喉の奥で灯る。けれど今、返すのは私じゃない。私はガルドの踵に“支え”を重ね直すだけ。


「……それで、あんたは満足しているのか?」


 ガルドが問う。盾は立てたまま、目だけでドランを真っ直ぐに射る。


「ああ? 満足だとも。俺に逆らうやつはいねぇ。金も賞賛も簡単に手に入る。最高に幸せだな」


「……じゃあ、なんでそんな目をしてるんだよ」


 言いながら、私は思わず息を止めた。ドランの目——乾いた光の底に、消えきらない煤みたいな色が沈んでいる。勝ちを重ねたはずの眼差しなのに、どこにも満ちる気配がない。


「……あ?」


 喉の奥で短く鳴った瞬間、肩の力が小さく抜けた。隙、ではない。けれど、呼吸の“溝”。


「今のあんたは、全然幸せそうじゃねぇって言ってんだよ!」


 ガルドが低く吠え、盾をぐっと押し込む。縁が顎の下に潜り、上へ跳ね上げる角度。私は踵に“支え”、膝の内側に“返し”を薄く重ねる。受けも押しも、沈まない。


「目、奪う」


 テオが短く告げ、炭粉と砂の煙をひとつまみ散らした。灰色の幕が低く滑り、ドランの視界の周縁を白く洗う。


「知るかよ! テメェらみてぇな冒険者が目障りだからじゃねぇか!」


「どうしてだよ!」


「そんなん……」


 続きが喉でほつれる。言葉の形を探す間。セイルはもう動いている。足音を土に沈め、背から半月の軌道で回り込む。


「一本、混ぜる」


 セイルが矢尻を潰した矢を一射。私は前方の空気に小さな“支点”を二つ置く。矢は背から出て、支点で折れ、正面から来る軌道へと滑り替わる。


「ちっ!」


 反射で、ドランの長剣が前へ上がる。革巻きが鈍く鳴り、矢が弾かれた——その顎が、一瞬だけ無防備になる。


「通す!」


 ガルドが声を落として踏み込み、盾の縁で顎を突き上げる。乾いた音。ドランの首が僅かに跳ね、足が後ろに流れる。


「有効、一」


 私は小さく数え、胸の奥で呼吸を揃える。結び目は増やさない。置いた二つだけを保つ。


 なおもドランは体勢を立て直し、長剣を振り下ろす。

 ガルドは盾を立てて受け止めた。鈍い衝撃が骨まで入る。革巻きの一撃なのに、盾板がみしりと鳴き、縁がわずかに歪んだ。私の“支え”が一瞬滑って体重線が外へ逃げ、ガルドの足が半歩流れる。


「このまま押し潰してやるよ!」


 上からの圧で盾が沈み、土が低く鳴る。——押される線は重い。私は踵の“支え”をかけ直し、脛の裏に薄い“返し”を添えて力の逃げ道を作る。


 ガルドは歯を食いしばりながら、短く吐いた。


「俺は一人じゃねぇ……俺たちはパーティーだ」



「これで終わりだよ」


 セイルの声が背で落ちる。次の瞬間、革で巻いた短剣の剣先が、ドランの背の肋骨のあいだ——致命ではない、しかし有効打になる一点にぴたりと触れた。刃は押しこまない。“置く”だけで、止まる。


「なっ!?」


 呼吸がひと跳ね乱れる。長剣の重みが腕から抜けきらず、しかし落ちてこない。テオが煙の名残を薄く払いつつ、横から静かに声を添える。


「有効、二」


 ドランの肩が止まる。ガルドは息を一度だけ吐き、言葉を置いた。


「……俺たちの勝ちだ」


 私はうなずき、呼吸を整える。


「——勝負あり」


 テオが簡潔に告げ、笛を指先から離す。セイルは短剣をそのまま触れた位置に置いたまま、呼吸だけを落とす。


 低い風が草を撫でる。ドランの喉が一度鳴り、視線が順に私たち三人をなぞった。苛立ちの色は薄れ、代わりに何かがゆっくりとほどけていく。


「あぁ……そういうことか」



 声は乾いているのに、芯は空じゃなかった。

 長剣を握っていた手が、ゆっくりと下りる。指の節が、打ち合いの衝撃をまだ覚えているように震えている。

 


 ドランは俯いたまま、笑うでもなく、息を吐くでもない音を漏らした。

 それは「気づき」に近い——けれど、その気づきに、どう向き合えばいいかまだ分からない音。


「俺は……お前たちが羨ましかったのか」



 その言葉に、夜の空気が静かに揺れる。

 肩が少しだけ震え、背の広さがかえって脆く見えた。

 勝ち負けよりも、置き忘れていた何かに指先が触れた人間の顔。

 そこには、かつての“前に立つ男”の面影がかすかに戻っていた。


 長剣が、力の抜けた手から離れる。

 革巻きが土に触れ、鈍い音を一つ落とす。

 その音は敗北の響きではなく、重荷を地面に置くような音だった。


 ガルドは盾をゆっくり下ろす。

 セイルも矢を納め、テオは笛を掌で包む。

 誰も言葉を継がない。言葉よりも沈黙の方が、この瞬間には似合っていた。


 

 彼は、ようやく「見て」いる目をしていた。

 見下ろすでもなく、測るでもなく、同じ高さで。


「……お前たちのパーティーは、強ぇな」


 その一言だけ残し、ドランは空を仰いだ。

 風が彼の髪をわずかに揺らす。

 月の光が雲に隠れ、空き地の色が少し柔らかくなる。


 夜気は冷たくない。

 けれど、肩に乗っていた熱だけが静かに落ちていく。

 そしてその余韻の中で——

 “守る”という言葉の意味が、彼の中でもう一度、形を取り戻していた。


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