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第23話 沈黙の盾、語る剣

 鐘が二つ、遠くで重なって消えた。

 草の先に露が残り、月は薄い。空き地の土は乾き気味で、踏めば浅く鳴る。


「二つ入れたら終いだ。——始めるぞ」


 ドランが長剣の革巻きを軽く叩き、親指で鯉口を確かめるみたいに柄に触れた。こちらを見る目は笑っていない。測り、切り捨てる目だ。


 私は“返し”を薄く、足の間に置く。ガルドの踵の内側には“支え”を一本。テオは木笛を指先で回し、セイルは矢羽を指で弾く。


「——行くよ」


 セイルの空矢が土の前で軽く跳ねた。音は小さい。けれど間は切れる。テオの短い笛が一度、空気をすべらせる。ドランの視線が半拍だけ泳いだ——そこにガルドが前へ出る。


 盾の面が立つ。縁で差し、肩で受け、足で押す。

 ドランは半身に捻り、一歩目を消して間合いの中にいる。長剣の“腰”が先に動き、革巻きの刃先が盾の縁をさぐる。


「おらおら、そんなもんかぁ!?」


 革の打突が盾に載る。そのまま押し込むのではなく、わずかに角度をずらして縁へ滑らせる技。ガルドは肘で吸い、肩で返し、土に音を落とさない。


「鉄板抱いて吠えるのだけは一人前だな。顔が隠れてると強くなった“気”がするか?」


「飾りじゃねぇって言っただろ」


 ガルドは低く返し、盾の裏で押しを半歩だけ前に。縁でドランの手首をはじき、肩で間合いを戻す——“押す時だけ押す”。息の高さは崩れていない。


「腰が入ってねぇぞ! その足じゃ、俺の間は踏めねぇ」


 ドランの声と同時に、二歩目が切れる。腰の回転から肩、肘、手首へと順に力が落ちる無駄のない打ち。革巻きとはいえ、芯がある。盾に鈍い音。


 私はガルドの踵に“支え”を重ねる。受けの角度が半寸、深くなる。土の鳴りが短くなり、押し返しに繋がる。


「どうして……」


 打ち合いの合間、ガルドの声が出た。息は乱れていない。喉の奥の温度だけが変わる。


「昔の、大盾を使ってた頃のアンタはこうじゃなかった」


 ドランの片眉がわずかに動く。次の打突は来ない。代わりに口が来る。


「はっ、昔の俺、ねぇ……わかったような口、利きやがって」


 言葉の尻と同時に、刃先がまた生きる。縁、縁、裏。盾の外をなでて内へ入り、すぐ抜ける。ガルドは縁で追わない。追えば崩れる。面を据え、肩で受ける。


「ぼく、風、浅いよ」


 セイルが低く言い、矢をふた呼吸に一度、空へ捨てる。音だけの線でドランの呼吸を早める。テオは砂と炭粉を指先でつまみ、草の影へほんのわずか散らす。視線がズレる“予告”を作るだけ。痺れは使わない。


「……あんなもん使ったって意味ねぇんだよ」


 ドランは言い、打ちながら笑う。

 笑いの角度は下。こちらを“置く”笑い。


「どんなモンスターを討伐したところで、評価されんのは目立つ他のパーティーの奴らだ。やれあの剣撃がすごかった、あの矢の一撃がすごかった、魔法の一撃がトドメになった——どいつもこいつも、そんなんばっかだ」


 ガルドは押さない。押し返さない。盾の陰で、ただ“前”を維持する。

 私は“返し”をドランの踏み替え前に薄く置き、彼の一歩を半拍だけ遅らせる。ドランの足先が土をかすめ、口の端がわずかに吊り上がった。


「足の下に細工か。……ちょこまかと」


 言いながら、ドランは踵で土をひと擦りした。わずかに砕けた土が月明かりで粉を吹き、彼はそこへ体重を載せてから抜く——踏み替えの感触を足裏で確かめる癖だ。視線はガルドの面ではなく、足の甲と地面の境目をなぞるように低く往復する。頬の筋が一度だけ動き、口角に短い苛立ちが浮いては消えた。刃を振るう前に、地面を“自分の間”へ引き込もうとする動き。


「——守るだけの俺なんて、誰も見てなかった」


 その言い方は乾いているのに、底が鈍く湿っている。

 ドランの肩がわずかに落ち、間合いがさらに縮んだ。長剣は振らず、押し込まず、身体で“前”を奪いに来る。


「——くだらねぇ過去だ」


 言葉と同時に、腰が地面を噛む。

 “消えた一歩目”からの打突。盾の縁を舐め、腕の内へ落ちる角度。私は“返し”を盾の裏に重ね、ガルドの肘の前に“支え”を置く。受けの面が半寸、深くなる。


「……くだらなくなんてない」


 ガルドの声は低い。盾の縁で押し上げ、右の鉤爪で柄の根を払う。

 刃先が跳ね、革巻きが空を切る。


「それは、アンタにだって否定させない」


 言いながら、ガルドは一歩だけ押す。押し過ぎない。押すのは“通す”ためだ。

 盾の影が、私とセイルとテオの足もとに落ちて、すぐ伸びる。


「あっ? なに訳わかんねぇこと言ってるんだよ!」


 ドランが笑い、刃がまた生きる。

 セイルの空矢がその打ちの直前に落ち、テオの笛が一度だけ鳴る。視線が半拍ズレる。そこへガルドの縁が入る——小さく、静かに。


 革巻きと革巻きが触れ、鈍い音。

 ドランの肩がわずかに止まり、彼は鼻で笑った。


「へぇ。縁は使えるようになったじゃねぇか。——だが、まだまだ足りねぇな!」


 次の瞬間、足運びが変わる。

 狙いは盾の外ではない。内でもない。“盾の裏の人間”へ向けた圧力。

 肩が入る直前、私はガルドの踵の後ろに“支え”を一枚、膝の内側に“返し”を重ねる。受ける面の角度が、また半寸深くなる。


「ミナ、呼吸いい」


 セイルの声。風が浅く、音は遠くへ流れる。

 テオは砂を指先から落とし、ドランの視線がふっとそちらに触れる瞬間を作る。ほんの一瞬。けれど、必要十分の一瞬。


「アンタが否定した過去は、俺が“守る”」


 ガルドが言い、盾の縁でドランの手首をまた弾く。押しではない。“通すための退け”。ドランの足先が半歩、土を滑った。



 ドランの口角が上がる。

 「ベラベラと、“守る”なんて捨てたんだよ。——俺は“奪う”側に立った。誰にも俺の価値は奪わせねぇ」


 言葉と同時に、刃先がまた生きる。呼吸の谷へ、肩の切り返しが落ちる。

 私は合図を待たずに“返し”をドランの足裏の前に置き、“一歩目の消し”を半拍だけ遅らせる。ドランの目がこちらへ細く流れた。


「……面白ぇ。足の下に、見えねぇ“指”がある」


「“指”じゃない。“結び目”」


 言ったのは私だ。声は落ちている。

 ドランは笑って、長剣の革巻きを盾に押し付ける。


「名前は何でもいい。——二つ、取れば俺の勝ちだ」


 ガルドが息を入れ替え、盾の面をほんのわずか寝かせた。受ける構えのまま、“攻めの角度”へと線が変わる。


「取らせない。通す」


 盾が、静かに前へ出た。


 草の先に露が震え、月が薄く雲にかかる。

 言葉と打ちが絡むまま、夜の線はさらに深くなる。

 “過去”と“今”、どちらの重みが前へ出るのか——答えは、まだこの先。

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