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第22話 線を合わせる夜へ

 柵の内側に戻ると、白い布が低く揺れていた。昼の光は強いのに、影は浅い。井戸の水音、干した草の匂い。ギルド小屋へ向かう角を曲がる——そこで、先に声が落ちた。


「三日“待ってやる”って言ったよな。……もう尻尾巻いて言い訳しに来たのか?」


 ドランが帳場の壁にもたれ、顎だけ上げてこちらを見る。目は笑っていない。見下ろすんじゃなく、下に置く目つき。


「言い訳は、ありません」


 私は歩みを止めずに近づき、包みを開く。灰で汚れた布の上——ゴブリンナイトの耳と、兜の破片。鈍い鉄色が日差しを一度だけ跳ね返す。


「……は?」


 ドランの眉間がひと筋深くなる。ほんの一拍、目が“測る”のではなく“確かめる”ほうへ動いた。


「西の森。二番目の沢を越えた先です。取り巻き四、ナイト一。——討伐証明です」


「……どこで拾ってきた」


「拾ってません。私たちがやりました」


 私が言うと、ガルドが無言で頷く。セイルは肩をすくめ、テオは布端を整える。それぞれの短い“はい”。


「はっ。口は揃ってるな。……じゃあ聞くが、風は?」


「北から。草木が静かなくらい弱い」


「地面は?」


「乾き気味で浅く鳴る。張り縄が効きやすい固さ」


 私が淡々と返す横で、テオが兜の破片を裏返し、人差し指で黒い粉を軽くはたいた。


「炭粉と砂。僕の配合。縁に残ってる」


 ドランの目がわずかに細くなる。


「……小細工で稼いだってだけだろ。誰かに“やってもらって”耳だけ切ってきた可能性は?」


 セイルが静かに首を振る。


「ぼくの矢は回収してるけど、喉と腋の浅い傷は残ってる。現場に戻れば見えるはずだよ」


 横でガルドが短く口を開いた。耳は伏せない。


「耳だけじゃない。あいつの剣の重みは、俺の盾が覚えてる」


 言葉は多くなかったけれど、盾を握る指にわずかに力がこもり、爪が革をきゅっと沈ませた。


 ドランは舌打ちを一度。けれど、視線は証明から離れない。鉄と血の色が瞳に浅く映る。


 私が踏み出す前に、三人の視線が自然に重なった。

 押されたんじゃない。前に出る足と同じ速さで、“並んでる”という合図を返してくれている。胸の奥に、それだけで十分な支えが灯った。



「——あなたにとっては、“結果がすべて”なんでしょう?」


 私は静かに言葉を置く。大声はいらない。ただ、そこに置くだけ。


 短い沈黙。ドランは肩で息をひとつし、煩わしそうに鼻を鳴らした。


「チッ……まあいい。今夜、村の外れの空き地で相手をしてやる」



「勝ったら、“推薦”の話は口じゃなく線に。無いなら無いと、明言してください。——“始まりの剣”への嘘も、そこで終わりに」


「いちいちうるせぇ。覚えてるよ。……もっとも、負けたら二度と俺に口を利くな」


 言い終えると、ドランの視線がガルドの盾に落ちる。灰色の面を、上から下まで一度だけなめて——口端がわずかに上がる。


「で、その鉄板はなんだ? “盾ごっこ”で冒険者気取りってわけか?」


 ガルドは耳を伏せない。視線はまっすぐ、声は低い。


「飾りじゃねぇ。前で支えるための道具だ。ごっこかどうかはすぐにわかる」


「口だけは一丁前だな。……いいぜ、四人まとめてで構わねぇ。時間の無駄は嫌いだ。夜、鐘が二つ鳴ったあとに来い。刃は革で巻け。致命はなし、有効打は二つ。それと——」


 ドランは周囲を一度だけ流し見る。


「人は呼ぶな。見世物にする気はねぇ。俺とお前らだけだ。——逃げんなよ」


「逃げません」


 私が答えると、ドランは肩をすくめ、背を向けた。歩調は相変わらず一定。空気に“ここを通った”という線だけを残して、柵の向こうへ消える。



     ◇



 白鷺亭の手前、軒の影で足を止める。風は穏やかだが、胸の中の音は半拍速い。私は深呼吸をひとつ置き、皆を見る。


「……まず、段取りを詰めよう」


「ルール、整理」


 テオが指を二本立てる。


「一、刃は革巻き。致命なし。有効打二つで勝敗。二、場所は外れの空き地。暗くなる前に入り、人目がないうちに始める」


「三、声は落とす」


 セイルが窓の白布へ視線を送る。


「煽りが聞こえても飲み込まない。ぼくは“息”を見る。胸、肩、肘——呼吸の合間に“空矢”を混ぜて急がせる。当てに行きすぎない」


「僕は視線と動きを奪う」


 テオは腰袋を確かめる。「木笛を一回、短く。視線がずれた瞬間に薄煙。安全な炭粉と砂だけ。痺れは使わない」


「私は“足”を見る」


 口にしてから、自分の舌に小さな結び目を作る——挑発に返さない。返すなら線で。


「彼は、一歩目の“消し方”が上手い。踏み替え前に“返し”を薄く置いて間を奪う。攻め込まれたら、踵に“支え”。——ガルド、前は任せる」


「あぁ。前で止める。真正面の線は俺が受ける。差し込まれたら、逸らす。盾は“押す時だけ押す”。無理はしない」


 ガルドの声は低いが、迷いはない。


「……それと、“勝ち”の置き場所を合わせよう」


 私は机の角に触れるみたいに、言葉をひとつずつ置く。


「“倒す”じゃない。——嘘の約束を正すための勝ち。その線は崩さない」


その言葉に、セイルが小さく息を吐いて頷く。


「勝って見せるためじゃなく……“嘘を残さない”ため、だよね」


 私は目を合わせて返す。

「うん。勝敗の線よりも、“残すもの”を間違えない」


 テオは腰の袋を整えながら短く言った。

「線の意味、共有——了解」


ガルドは盾の縁を指で一度だけ叩き、低く言葉を落とす。

「あぁ、俺たちは俺たちにできることをする……それだけだ」


 耳はわずかに揺れただけで、目はまっすぐ。盾の裏に乗せた重みを確かめるみたいに、肩がひとつ静かに沈んだ。



     ◇



 夕方。私たちは音を立てない歩幅で、外れの空き地へ。


 草の匂いが濃くなり、土の色が一段深くなる。空き地の端に、一つの影が立っていた。長剣の鞘に親指を置き、こちらを測る目。ドランだ。周りに人影はない。風の層は浅く、音は遠くへ流れる。


 

「ミナ」


 ガルドが呼ぶ。盾の縁が夕日を一度だけ返す。


「大丈夫だ。俺は、もう迷わない」


「うん。——私たちも」


 セイルが風を数え、テオが金具を一度だけ鳴らす。


 夜の線は、ここから引かれる。

 結果の名前を、こちらで決めるために。

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