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第21話 盾の影、通した一線

 弓が満ち、薄い息とともに解かれる。


 最初の矢は、ゴブリンナイトの喉の前——片割れ兜の縁と胸当ての隙間に向かって真っ直ぐ伸びた。金属の擦れる音。矢羽が震え、鎖骨の上に半ばまで刺さる。


「——こっちだ、鉄くず頭! さっさと来い!」


 ガルドが盾を強く叩き、大声で挑発する。ナイトの視線が一気に収束し、鼻孔が広がる。小盾を無意味に叩き返し、隊の合図を飛ばして一直線にガルドへ線を取った。怒りが理を押し流し、冷静さが喉の唸りに溶けていく。


「っグルルル——!」


 ナイトの黄緑の喉が膨らみ、唸りが草の面を波立たせた。小盾を叩き、長剣を掲げてこちらへ突っ込む。槍の二体が左右から続き、石袋と刃物の一体が前へ出る。


「来る」


 私は短く言い、胸の内で“押し”の位置を確かめた。


 先頭のナイトが獣道に乗る——張り縄の高さ、膝下。最初の糸が脛を叩き、次の糸が足首に絡む。重心が遅れる。


「撒く」


 テオの一語。根の影の痺れ袋が弾け、灰緑の粉がぶわりと広がった。私は“押し”で粉の縁を前へ寄せ、ナイトの鼻口へ薄く押し込む。槍の二体も霧の一端を吸って、歩幅が乱れる。


「前は俺が止める」


 ガルドが盾を立てて一歩出る。左足の踵の後ろに私が置いた“返し”、盾の裏の“支え”が踏み込みと押し返しをつなぐ。槍の一本が盾に当たり、鈍い音が鳴った。盾の縁がわずかに回り、槍先が滑って地面を掠める。もう一本は縁で受け流し、ガルドが肩で押し込む。前に出るのでなく、線を横へずらす押し。持ち手がたまらず一歩下がる。


「二本目——取り巻き」


 セイルの声と同時に、二の矢が右の槍持ちの喉元を打ち抜き、体が前に崩れる。三の矢は左の石袋の眉間すぐ下へ。投げる前の一瞬に合わせて放たれていた。石袋が手から落ち、草に鈍く沈む。


 刃物の一体が、右からガルドの盾の死角を狙って回り込む。テオが細いワイヤーを払う。足首にかかった瞬間にはもう巻き取っている。体が泳ぎ、刃物が空を切る。


「ミナ、右、滑り」


「了解」


 私は刃物の足元の土に小さく“緩み”を置く。踏んだ瞬間に土が半指ほど沈み、刃物が膝をついた。ガルドの右の鉤爪がそこを捉え、手首を払う。錆びた刃物が土に落ち、すかさず盾の腹で胸を押して転がした。


「あと一」


 セイルが短く数える。彼の視線はもう次の動きへ。ガルドの盾の前、ナイトが痺れに足を取られながらも長剣を振りかぶる。間合いは近い。


「ガルド、支える」


 私は盾の裏の“支え”をもう一枚、膝の内側へ薄く重ねる。受けが沈まない角度。ガルドは一歩踏み込み、盾の縁をナイトの小盾の縁へ差し込む。硬い音。盾がわずかに跳ね上がり、長剣の根元が一瞬浮いた。


「今だ」


 セイルの四の矢が、露出した腋の下へ吸い込まれる。装甲の継ぎ目——狙い通り。ナイトの腕が揺れ、長剣の軌道が鈍る。


 ガルドは盾で押し上げた勢いを殺さず、右の鉤爪で剣の柄にかけた手を払う。皮膚が裂け、血がにじむ。長剣が滑り、盾の縁が今度は顎を突き上げた。ナイトの頭が跳ね、喉の傷から荒い息が漏れる。


「引くな、俺が止める」


 ガルドが自分に言い聞かせるみたいに低く吠え、盾の裏で長剣の根を押さえ込む。ナイトが怒りに任せて肩でぶつかってくるが、盾の角度を僅かに寝かせて受ける。力を受け流す縁。結果は土が低く鳴っただけ。


「取り巻き、片付いた」


 セイルの声。右の槍は倒れ、石袋は沈黙し、刃物はテオのワイヤーで転がされて動かない。残るは一。


「呼吸を乱す」


 私はナイトの喉傷へ薄い“押し”で血の流れを乱し、呼吸のタイミングを崩す。吸うべきところが飲み込めず、息がひっかかる。視線がぶれた瞬間——


「通れ!」


 ガルドが盾を一気に押し出す。盾打ちが胸板を捉え、ナイトの体が大きく後ろへ浮く。右足が着地点を探る前に、私の“緩み”が着地点を消す。踏ん張れず、膝が落ちる。


 そこへ、セイルの五の矢。狙いは変えず、喉の同じ線。矢羽がもう一本、矢の根元に寄り添うように刺さる。咽喉音が潰れた。


「終わりだ」


 ガルドは盾の縁で小盾をさらに押し上げ、右の鉤爪を短く突き入れる。狙いは鎖骨の下、浅く、必要十分だけ。ナイトの体から力が抜け、長剣が鈍い音を立てて落ちた。


 静けさが一瞬だけ遅れて、森の周りに戻る。風が低く通り、葉の先が擦れる。


 私は周囲に薄く目の余白を置く。音、匂い、風——変化なし。


「……終わり」


 言葉は小さく、でも芯がある。


 ガルドは盾をゆっくり下ろし、肩で一度息をした。耳は立っている。尾は力を抜いて浅く揺れた。


「盾、どう?」


 私が問うと、ガルドは盾の縁を指で軽く叩く。


「押すべき時に押せて、止めるべき時に止まる。……これでいい」


 声は大きくないが、揺れていなかった。


「矢、五。予備、十分」


 セイルは弦を緩め、矢筒を軽く叩く。「喉、腋、喉。……呼吸が“見えた”のが助かった」


「張り縄、回収。痺れ、残り一」


 テオは淡々と罠を片づけ、痺れ袋の残りを数える。巻き取り器のワイヤーを布で拭き、金具を一度鳴らす。「線、通った」


「証明、取るね」


 私はナイトの左耳を布で拭い、手早く切り取った。兜の破片も一片だけ拾い、血を拭って包む。取り巻きの耳も忘れずに布でくるむ。鉄と土の匂いが短く立ち、すぐ風に混じった。


「時間、日が高くなる前に戻れる」


 セイルが風の層を一枚数え、頷く。


「帰ろう。——三日なんて、要らない」


 ガルドが盾を肩に担ぎ直し、落ちていた長剣を足で押し退ける。盾の影が私たちの足に一瞬重なり、すぐ伸びた。


 歩き出す前に、私は両手の内側を見て、ゆっくり開いて閉じる。


 あとは持ち帰るだけ。

 通した一線を、紙の上の線に変えるために。

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