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20話 森の影、敷かれた段取り

今回は少し短めです。

 すべての準備を終えた私たちは、翌朝、朝食を済ませてから西の森に足を踏み入れていた。


森は葉が厚いのに、北からの風が細く通る。二つ目の沢を渡り、低い尾根へ向かう獣道を進んだ。土は乾き気味で、踏めば浅く鳴る。


「作戦、再確認しよう」


私は歩調を落とさずに言う。


「最初の一手はセイルの狙撃。ゴブリンナイトの喉——兜が深ければ腋の下でもいい。それに続けてガルドが声で挑発。怒って突っ込んでくるはずだから、テオの罠で“痺れ”を入れて膝を抜かせる。もし小隊を率いていたら、痺れの間に取り巻きを先に落としてから、ナイトをまとめて仕留める」


「了解。初矢は“喉”。外したら腋の下。……それも外したら昼食当番でいい?」

 セイルが口元をゆるめ、矢羽を指で一度弾く。


「外さない想定で段取り、外した時の段取りもある」

 テオは淡々と続けるが、目だけが少しいたずらっぽく光る。

「メニューは? “薄味”は勘弁」


 ——緊張は、体の端から固まっていく。いまの一往復だけでも、呼吸が少しやわらぐ。こういう軽口は無駄じゃない。必要な余白。


「じゃあ“濃いめ”のシチューお願いね」

 

私が返すと、セイルが少し大袈裟に肩をすくめた。

「やば、外せなくなった」


「ったく、どのみち外すな」

 

ガルドが面の縁を指でこつ、と叩き、呆れ半分の溜め息を落とす。耳はぴくりと動いただけで、目は笑っていた。


「ちなみに俺は——ゴブリンナイトのステーキ希望だ」

 

その平然とした声色に、セイルが一歩引く。


「やめて。想像しただけで鉄と泥の味がする」


「間違いなく筋、多い。歯が負ける」

 

テオが真顔で追い打ちをかけ、三人分の小さな笑いが草の上でほどけた。


「冗談に決まってるだろ」

ガルドは肩をすくめ、視線を前へ戻す。


「よし、そろそろ締める。——作戦に戻るぞ」


 

 ガルドの締める声にテオは淡々と続く。


「罠は二つ。『張り縄』を二本——膝下の高さに細いワイヤーを張って、走ってきた足を取るやつ。それで突進の勢いを殺す。僕が合図したら“痺れ袋”を割る。ミナ、粉を”押し”で敵の鼻口に寄せて」


「うん、任せて」


「俺は真正面で止める役だ」

 ガルドは大盾を肩で支え直す。「セイルは二本目を取り巻きへ切り替え。テオは張り縄に誘導。抜けてきたナイトの攻撃は俺が受ける。ミナは足元に“支え”の結び目を頼む」


「了解」

「了解」


 息がそろったところで、森がふっと開けた。腰高の草が楕円に倒れて、土がのぞく“卵形”の空隙。中央で鈍い鉄の面が光る。


 ゴブリンナイト。歪んだ鉄板の小盾、錆びた長剣。片割れ兜の下から黄緑の皮膚。

 周りに四体——槍が二、石袋が一、刃物が一。立ち位置はばらけているのに、目線はナイトの顔に集まっている。合図待ちの隊形。


「発見。距離二十五。風は斜め前から弱い。……喉、出てる」

 セイルが囁く。


「置く」


 テオはしゃがみ、獣道の入り口に膝下の高さで『張り縄』を二本張った。平行に、少しだけ間隔を空けて——どちらかの縄が必ず足に掛かる幅で。さらに根の影に痺れ草の粉を詰めた“痺れ袋”をそっと置く。草先を一本折るだけの印が、低く光った。


「私は“支え”と段取り」

 私はガルドの踵の後ろに“支え”を結ぶ。攻撃の衝撃を和らげる線が彼の足の内側にぴたりと通る。


「射線、取った」

 セイルが弓を半張りにし、呼吸の谷で視線を固定する。「初矢は『今』で離す。二本目は取り巻き。三本目も取り巻き。ナイトは最後にみんなで」


「いつでもいける」

 ガルドが深呼吸をして息を整える。


「痺れの粉、押し準備できてる」

 私は掌に砂を少量広げ、風の層を一枚読む。


「テオ、最後に『撒く』の合図だけ確認」


「合図は一語で出す。……“撒く”」


「了解」


 草の先で、ナイトが喉をコッ、と鳴らす。槍二体が視線を動かし、石袋が腰に触れた。


「——警戒されてるけど、まだ気付かれてはない。こっちから始めよう」

 

私は胸の奥の結び目をひとつ締め、短く言った。


「セイル、今」


「……行くよ」


 弓が静かに満ち、薄い息とともに解かれる。


 あとは、敷いた線の上を歩くだけ。

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