第1話 そして四人は出会う
第1章が予定より少し長くなりましたので、本日の投稿は第1章(1話〜6話)までとさせていただきます。
リーダーの口が、私への言葉を言いかけて止まった。
「……つまりさ、お前は向いてないんだよ。場を回すのは助かるけど、目立たないし、決め手に欠ける。ミナ」
言い直したその一拍が、やけに長く感じた。
「今後は別のやつを入れる。お前の結界は地味で、パッとしない。あ、いや、悪気はないんだ。わかるよな?」
わかってほしいのは、どっちだろう。私は喉の奥で笑いそうになって、それを飲み込んだ。飲み込むのは得意だ。戦闘の前に段取りを組むのも、揉め事の仲裁も、回復ポーションを割り勘で多めに出すのも、ずっと私の役目だった。
「……手当や道具は返すから、清算は後でギルドに——」
「いやそれはこっちでやっとく。……な?」
「な?」の一文字が、背中を押す手つきで宙に浮いた。私の居場所も、一緒に浮かんで、そのまま落ちた。
「…了解しました。お世話になりました」
本当にそう思っていた。思っていたのに、口に出すと、薄い紙のように軽くなった。
触れた扉の取っ手の冷たさが、手の温度を奪っていく。外へ出るまで、振り向かない。振り向けば、自分の段取りの残骸が目に入る気がしたから。
荷物の在庫のチェックと足りない物のリスト作成、彼らが先に出て私が最後に鍵をかける。ずっと私が決めて、私が動いて、私が消えていた。
◇
「誰でもできる」と言われたのは二度。
荷物の積み方を工夫したとき。重い箱を下に、軽い箱を上に。揺れが減った。でも「誰でもできる」と笑われた。
もう一度は、戦闘のあと。
倒したモンスターの素材を切り出しているとき、私は周囲に簡単な結界を張って仲間に声をかけた。
「結界で囲っておいたから、奇襲が来ても事前に反応できるよ」
返ってきたのは、軽い調子の声だった。
「ミナさ、そういう地味な結界とか段取りじゃなくてさ……もっと役立つようなこと、できないの?」
周りも苦笑しながら頷いた。
「そうそう。そういう誰でもできるようなことばっかじゃ、ちょっと物足りないよな」
私は笑ってごまかしたけれど、胸の奥では笑えなかった。
誰でもできる。そう言われるたび、胸の中の結び目がひとつ緩む気がした。
でも——誰でもやるわけじゃない。
だから私は今日も、気づいたことを口にする。指を動かす。見てしまった以上、黙って後悔する自分を想像する方が怖い。冒険者は危険と隣り合わせだって知っているから。
◇
靴紐を一度引き直す。固く結べば解けないが、固すぎれば自分でも扱えない。結び目は、気づいたときに結び直せるくらいの緩さがちょうどいい。私はそういう結び方を覚えた。誰に教わったわけでもなく、何度もほどけて、何度も結び直して、手が覚えた。
軒先の窓ガラスに、自分の姿がぼんやり映る。
伸ばしっぱなしの茶色の髪。少し日に焼けた肌。パーティーを追われたばかりの、心だけが影を落としている顔。
そこに立っているのは地味で、代わりはいくらでもいる支援術師。——少なくとも、仲間にはそう映っていた。
行くあてがないとき、人は灯りに向かって歩く。夕暮れの石畳は冷たく、酒場から漏れる温かさが、まるで毛布みたいに見えた。
看板には「三日月亭」。入り口の鈴が小さく鳴る。
「いらっしゃい。お一人?」
「ひとり。……相席でも大丈夫です」
「そこ、空いてるよ」
指さされた四人がけのテーブル。端に座っていたのは、耳の立った獣人の青年。灰色の耳と尻尾。体は大きいのに、周囲に気を遣って少し小さく見える。目は琥珀色で優しい色をしている。
向かいには、淡い緑の瞳をしたハーフエルフ。長い髪を一つにまとめ、尖った耳の先が少しのぞく。細い手首には、使い込まれた矢羽の飾り。
その隣は、小柄な——たぶんドワーフの男性。一般的な“がっしり髭”とは違って、髪は短く、顔立ちは中性的。白い指で木のコップを器用に回している。
「どうぞ」
「ありがとう」
私は端に腰を下ろし、温かいスープと黒パン、薄いエールを頼んだ。湯気が頬に当たるだけで、少し泣きそうになる。
「……よかったら、乾杯だけご一緒しても?」
ハーフエルフの彼が控えめに言った。澄んだ声に、遠慮が混ざっている。
「もちろん」
「だったら俺から。新しい席に——静かな始まりに」
獣人がグラスを持ち上げる。爪は短く丸く整えられ、誰も傷つけない形だ。
「静かな始まりに」
四つのグラスが小さく触れた。泡がやさしい音を立てる。
「俺はガルド。狼種。今朝、パーティーから、えっと……抜けた」
「抜けた?」
「クビになった。言い換えても、意味は同じだな」
苦笑い。尻尾が情けなく左右に揺れる。
「俺、前に出ると、後ろのやつらの視界を塞ぐらしい。だから下がるんだが、下がると“壁”が足りないって怒られる。前も後ろもやると“空気読め”って言われる。空気、読んでるつもりだったんだが」
私は思わず頷いた。わかる。その“つもり”が、通じないこと。
「ぼくはセイル。ハーフエルフ。弓と、ちょっとだけ風」
セイルは口元に苦笑を浮かべ、指先でグラスの縁を一度なでた。
「万能は、便利に使われるよね。足りないところに置いとけばいいって言われて、気づいたら前衛の盾で、気づいたら後衛の支点。どっちの評価にもならない。最後は“器用貧乏”で終わる」
“器用貧乏”。言葉が胸に刺さって、それから妙にあたたかくなった。刺さるのは、同じ痛みだから。
「私はミナ。支援術師。結界と、足場作りと、段取り」
「段取り?」と小柄な彼が顔を上げる。瞳は灰青で、目つきは穏やかだ。
「戦闘の前に道具の確認だったり、合図の順番を決めたり、視界が重なる人の配置をずらしたり。……そういうの」
「それ、誰もやらないやつだな」とガルド。
「やらないね」とセイル。
「やっても褒められないやつ」と私は笑う。
「僕はテオ。ドワーフ。鍛冶と小物の発明。小物ばかりだって笑われることはあるけど、僕はそれでいいと思ってる。大きい武器や道具は見栄えがするけど、小物は命の端を留める」
テオは木のコップの底をコン、と指で叩く。ささやかな音がテーブルの四隅に広がって、戻ってきた。
「……ねえ、みんな、今日?」
「今日」とガルド。
「今日」とセイル。
「昼過ぎ」とテオ。
「奇遇だね」
笑って、少し黙る。黙っているのに、会話みたいだった。不思議と、沈黙が怖くない。
「俺、追放の場でさ。最後に『ごめんな』って言われたんだ」
「うん」
「その“ごめん”は、俺のためじゃなかった。言った側が楽になる“ごめん”。わかるか?」
「わかる」とセイルと私が同時に言い、テオも頷いた。
「ぼくは『またね』だった。またはなかった」
「私は『感謝してる』だった。いるうちに言ってほしかった」
「僕は『才能があるから別の場所で』。才能、ちゃんと見てくれてたら、僕はまだ、そこにいるはずだった」
四人で同じため息を吐く。吐いたあと、少し笑えた。
「それで……これから、どうしよっか?」とセイル。
「登録所に行って、日雇い?」と私。
「工具の研ぎ直し。あと、片付け」とテオ。「僕、しばらく片付け要員だったから」
「俺は……とりあえず寝る」
笑いがこぼれる。ガルドの尻尾が、さっきより元気だ。
「——組むか」
誰が言ったのかわからない。私じゃない気がするけれど、私の喉から出たようにも感じる。四人の視線が、まん中でぶつかって、ほどけた。
「仮でいい。やってみて、違ったらやめればいい」
「仮がいちばん、信用できる」とテオ。「仮のほうが、修正が効く」
「名前は?」とガルド。
「まだ早いかも」とセイル。「帰りの道で、思いついた順に」
私たちはグラスを合わせた。乾杯は大きな声じゃない。小さな音で、ちゃんと響く。
拍手はない。
でも、それで十分、前に進める。




