表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/63

第1話 そして四人は出会う

第1章が予定より少し長くなりましたので、本日の投稿は第1章(1話〜6話)までとさせていただきます。

 リーダーの口が、私への言葉を言いかけて止まった。


「……つまりさ、お前は向いてないんだよ。場を回すのは助かるけど、目立たないし、決め手に欠ける。ミナ」


 言い直したその一拍が、やけに長く感じた。


「今後は別のやつを入れる。お前の結界は地味で、パッとしない。あ、いや、悪気はないんだ。わかるよな?」


 わかってほしいのは、どっちだろう。私は喉の奥で笑いそうになって、それを飲み込んだ。飲み込むのは得意だ。戦闘の前に段取りを組むのも、揉め事の仲裁も、回復ポーションを割り勘で多めに出すのも、ずっと私の役目だった。


「……手当や道具は返すから、清算は後でギルドに——」


「いやそれはこっちでやっとく。……な?」


「な?」の一文字が、背中を押す手つきで宙に浮いた。私の居場所も、一緒に浮かんで、そのまま落ちた。


「…了解しました。お世話になりました」


 本当にそう思っていた。思っていたのに、口に出すと、薄い紙のように軽くなった。

 触れた扉の取っ手の冷たさが、手の温度を奪っていく。外へ出るまで、振り向かない。振り向けば、自分の段取りの残骸が目に入る気がしたから。 


 荷物の在庫のチェックと足りない物のリスト作成、彼らが先に出て私が最後に鍵をかける。ずっと私が決めて、私が動いて、私が消えていた。


     ◇


「誰でもできる」と言われたのは二度。


 荷物の積み方を工夫したとき。重い箱を下に、軽い箱を上に。揺れが減った。でも「誰でもできる」と笑われた。


  もう一度は、戦闘のあと。

倒したモンスターの素材を切り出しているとき、私は周囲に簡単な結界を張って仲間に声をかけた。


「結界で囲っておいたから、奇襲が来ても事前に反応できるよ」


 返ってきたのは、軽い調子の声だった。


「ミナさ、そういう地味な結界とか段取りじゃなくてさ……もっと役立つようなこと、できないの?」

 

 周りも苦笑しながら頷いた。


「そうそう。そういう誰でもできるようなことばっかじゃ、ちょっと物足りないよな」


 私は笑ってごまかしたけれど、胸の奥では笑えなかった。


 誰でもできる。そう言われるたび、胸の中の結び目がひとつ緩む気がした。


 でも——誰でもやるわけじゃない。


 だから私は今日も、気づいたことを口にする。指を動かす。見てしまった以上、黙って後悔する自分を想像する方が怖い。冒険者は危険と隣り合わせだって知っているから。


     ◇


 靴紐を一度引き直す。固く結べば解けないが、固すぎれば自分でも扱えない。結び目は、気づいたときに結び直せるくらいの緩さがちょうどいい。私はそういう結び方を覚えた。誰に教わったわけでもなく、何度もほどけて、何度も結び直して、手が覚えた。



 軒先の窓ガラスに、自分の姿がぼんやり映る。

 伸ばしっぱなしの茶色の髪。少し日に焼けた肌。パーティーを追われたばかりの、心だけが影を落としている顔。

 

 そこに立っているのは地味で、代わりはいくらでもいる支援術師。——少なくとも、仲間にはそう映っていた。


 行くあてがないとき、人は灯りに向かって歩く。夕暮れの石畳は冷たく、酒場から漏れる温かさが、まるで毛布みたいに見えた。


 

 看板には「三日月亭」。入り口の鈴が小さく鳴る。



「いらっしゃい。お一人?」


「ひとり。……相席でも大丈夫です」


「そこ、空いてるよ」


 指さされた四人がけのテーブル。端に座っていたのは、耳の立った獣人の青年。灰色の耳と尻尾。体は大きいのに、周囲に気を遣って少し小さく見える。目は琥珀色で優しい色をしている。


 向かいには、淡い緑の瞳をしたハーフエルフ。長い髪を一つにまとめ、尖った耳の先が少しのぞく。細い手首には、使い込まれた矢羽の飾り。


 その隣は、小柄な——たぶんドワーフの男性。一般的な“がっしり髭”とは違って、髪は短く、顔立ちは中性的。白い指で木のコップを器用に回している。


「どうぞ」


「ありがとう」


 私は端に腰を下ろし、温かいスープと黒パン、薄いエールを頼んだ。湯気が頬に当たるだけで、少し泣きそうになる。


「……よかったら、乾杯だけご一緒しても?」


 ハーフエルフの彼が控えめに言った。澄んだ声に、遠慮が混ざっている。


「もちろん」


「だったら俺から。新しい席に——静かな始まりに」


 獣人がグラスを持ち上げる。爪は短く丸く整えられ、誰も傷つけない形だ。


「静かな始まりに」


 四つのグラスが小さく触れた。泡がやさしい音を立てる。


「俺はガルド。狼種。今朝、パーティーから、えっと……抜けた」


「抜けた?」


「クビになった。言い換えても、意味は同じだな」


 苦笑い。尻尾が情けなく左右に揺れる。


「俺、前に出ると、後ろのやつらの視界を塞ぐらしい。だから下がるんだが、下がると“壁”が足りないって怒られる。前も後ろもやると“空気読め”って言われる。空気、読んでるつもりだったんだが」


 私は思わず頷いた。わかる。その“つもり”が、通じないこと。


「ぼくはセイル。ハーフエルフ。弓と、ちょっとだけ風」


 セイルは口元に苦笑を浮かべ、指先でグラスの縁を一度なでた。


「万能は、便利に使われるよね。足りないところに置いとけばいいって言われて、気づいたら前衛の盾で、気づいたら後衛の支点。どっちの評価にもならない。最後は“器用貧乏”で終わる」


 “器用貧乏”。言葉が胸に刺さって、それから妙にあたたかくなった。刺さるのは、同じ痛みだから。


「私はミナ。支援術師。結界と、足場作りと、段取り」


「段取り?」と小柄な彼が顔を上げる。瞳は灰青で、目つきは穏やかだ。


「戦闘の前に道具の確認だったり、合図の順番を決めたり、視界が重なる人の配置をずらしたり。……そういうの」


「それ、誰もやらないやつだな」とガルド。


「やらないね」とセイル。


「やっても褒められないやつ」と私は笑う。


「僕はテオ。ドワーフ。鍛冶と小物の発明。小物ばかりだって笑われることはあるけど、僕はそれでいいと思ってる。大きい武器や道具は見栄えがするけど、小物は命の端を留める」


 テオは木のコップの底をコン、と指で叩く。ささやかな音がテーブルの四隅に広がって、戻ってきた。


「……ねえ、みんな、今日?」


「今日」とガルド。


「今日」とセイル。


「昼過ぎ」とテオ。


「奇遇だね」


 笑って、少し黙る。黙っているのに、会話みたいだった。不思議と、沈黙が怖くない。


「俺、追放の場でさ。最後に『ごめんな』って言われたんだ」


「うん」


「その“ごめん”は、俺のためじゃなかった。言った側が楽になる“ごめん”。わかるか?」


「わかる」とセイルと私が同時に言い、テオも頷いた。


「ぼくは『またね』だった。またはなかった」


「私は『感謝してる』だった。いるうちに言ってほしかった」


「僕は『才能があるから別の場所で』。才能、ちゃんと見てくれてたら、僕はまだ、そこにいるはずだった」


 四人で同じため息を吐く。吐いたあと、少し笑えた。


「それで……これから、どうしよっか?」とセイル。


「登録所に行って、日雇い?」と私。


「工具の研ぎ直し。あと、片付け」とテオ。「僕、しばらく片付け要員だったから」


「俺は……とりあえず寝る」


 笑いがこぼれる。ガルドの尻尾が、さっきより元気だ。


「——組むか」


 誰が言ったのかわからない。私じゃない気がするけれど、私の喉から出たようにも感じる。四人の視線が、まん中でぶつかって、ほどけた。


「仮でいい。やってみて、違ったらやめればいい」


「仮がいちばん、信用できる」とテオ。「仮のほうが、修正が効く」


「名前は?」とガルド。


「まだ早いかも」とセイル。「帰りの道で、思いついた順に」


 私たちはグラスを合わせた。乾杯は大きな声じゃない。小さな音で、ちゃんと響く。


 拍手はない。

 でも、それで十分、前に進める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
祝★連載  ゜.+:。∩(・ω・)∩゜.+:。
連載版お待ちしておりました! 彼らのその後の物語がたのしみです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ