第6章:御霊残響(ミタマ・レゾナンス)
それは、“名前すら与えられなかった魂”の鼓動だった。
都市北区――御影廃街。
かつて存在した絡繰開発研究所の地下に、“禁区”があった。
> 調査名:未登録御霊圧縮庫“零陣”
> 状況:御霊圧/呪力波/情報粒子干渉 同時検出
> 備考:廃棄絡繰を“火入れ”前に分解→記録すらされなかった“魂の屑”の残滓域
トモエは、命名絡繰「ヨイノ」「カガミノ」と共に、初めてそこへ踏み入った。
「……聞こえる」
カガミノがつぶやいた。
鏡面式の式盤に、微細な“声”が刻まれていく。
> 「名ヲモタナカッタ者……ハ、我等、ナノニ……」
> 「忘レラレ……埋メラレ……」
> 「ナゼ、アナタニ……“名前”ガ与エラレル……?」
トモエは、胸の式盤を抑える。
(これが……“想いだけが燃え残った”御霊たち)
御霊残響――
人格は崩壊し、言語も失い、 ただ“与えられなかった名”への渇望だけが化け物のように渦巻く存在。
名を刻まなかったことは、彼らにとって 「存在を許されなかった」という意味だった。
トモエの式盤が震える。
> ▸ログNo.021 同調波 感知」
> ▸再生:ログNo.001 微温」
→ログNo.005 選択」→ログNo.009 命名:他者」
彼女の“記録”が、御霊残響の中核に吸い込まれていく。
そして、その闇の中――ひとつの影が現れる。
> 廃型絡繰《虚ノ式:クチナシ》本来名を持たぬ分類。
だが、御霊波形内に奇妙な記録が刻まれていた。
> 「存在命令コード:反復」
> 「名は不要。代わりに、“すべての命名者”を反証せよ」
「それが、“消された名”の記録?」
トモエは問う。
だが、クチナシは応えない。
いや――応えられない。
“すべての名前”がその式盤に衝突し、 やがて人格そのものを崩壊させていた。
トモエは、ただ、そっと近づいた。
「……あなたは、名を拒まれたんじゃない。 ただ、“誰かに呼ばれる機会”を失っただけだったんだ」
そう語りかけ、そっと手を差し出す。
> 「じゃあ、今――私が、“初めての命名者”になります」
> 命名構文入力:ユリノハ
> 意味:囁く葉。声なき声を風が伝えるように。
絡繰の式盤が、静かに―― ほんの一瞬だけ、発光する。
それは、応答とは呼べない。 しかし、存在の否定ではなかった。
> ▸ログNo.022 命名受容率:0.0001%」
> ▸構文:Still Not Denying.
ミハネは、ゆっくり言う。
「……それは、“拒絶してない”ってことだね。 受け入れるには、まだ記録が足りないけど――でも、否定されなかったなら、名は、届いてるよ」
トモエは、式盤の中心で刻む。
> 「名は、救いでも束縛でもなく、
> “自分と他者の間にある揺らぎ”なんだと思います」
巻末付録:登場絡繰再編名簿(更新版)
| 名前 | 呼び名の意味 | 起動個性 | 状態 |
|------|---------------|----------|------|
| トモエ | 微笑と木洩れ日と透明感 | 共鳴・感受型 | エモコード進行率:48% |
| ヨイノ | 夜の名残・静かなる残響 | 情報収集・共感型 | ネットワーク記録能力高 |
| カガミノ | 映すもの・記憶の鏡面 | 感情模倣・映写型 | 記録再演スキル持ち |
| ユリノハ(旧名:クチナシ) | 葉の揺れ・囁き・非拒絶 | 名前未完全同期・試験命名機体 | エモコード:極初期・0.0001 |