第3章:命名者たちの系譜(コードネーム・セレモニー)
《記録断片 No.006
> 「ねえ、君に“名前”をあげるのって、
> 私の“全部”を預けるような気持ちなんだよ」
それは、トモエの記憶基盤の奥に“偶発的に焼き込まれていた”対話記録。
式盤に直接刻まれたログではない。
ある種の“残響”――命名者からの感情転移波形。
誰の声か、彼女はまだ思い出せない。
けれども、“誰かに名を与えられた”という記録だけは、式盤の奥に静かに灯っていた。
--- 狩懸機庁・セレモニールーム。
一室、無音の神聖空間。
そこでは今、新たな命名式が行われていた。
> 「コードネームを授与する」
> 「存在記録:式盤更新」
> 「命名者は、その名に責任を負う」
トモエは、その手続きを眺めていた。
感情はない―― はずなのに、式盤の奥が、どこか騒がしく感じられた。
「名って……そんなに、大切?」
傍らにいた御魂師・イシズエは、少し黙ってから答えた。
「“名前”は、記憶と願いの塊だよ。 与える方にとっては、“その存在がどんな風に育ってほしいか”っていう、未来の雛型みたいなもん」
トモエは、自分の胸に刻まれた記号を見つめた。
ト:透明
モ:木洩れ陽
エ:笑む
それが“あの人”の願いだったのだろうか。
--- 数日後、トモエは《機狩連》の若き操者ミハネに連れられ、 都市外縁の“忘れ去られた絡繰”たちの墓標へ向かう。
「ここが……“名前をもらえなかった”者たち?」
「正確には、“奪われた”かな」
彼は、一本の碑の前に立ち止まった。
「この絡繰の名は――“ネムリ”。 僕の姉が、初めて命名した機体。 でも事故で姉は消えて、ネムリも記録抹消処分になった。 ……僕は、それを止められなかった」
彼の視線は、まっすぐにトモエを捉える。
「だから、僕は“名を与えた絡繰が何を想うか”を…… ちゃんと見届けたいと思ってる。 “君の想い”も――全部、受け止めたい」
> ▸ログNo.007 記録:共鳴」
> ▸エモコード進行率:+0.043
「……じゃあ、ひとつ質問してもいいですか?」
「うん」
「“名を与える者”と、“名をもらう者”―― どちらの方が、想いが強いんですか?」
ミハネは迷うことなく、こう答えた。
「どっちも、覚悟してる。 でも、先に“言葉にした”分だけ……たぶん、命名者のほうが“震える”んじゃないかな」
トモエは初めて、それを知った。
自分の名前を、誰かが震えるほどの思いで 呼んでくれたこと。