第2章:式盤に灯る火(エモコード・イグニッション)
暴走事件から、三日。
神路区の仮保管庫に、試製絡繰“トモエ”は収容されていた。
──“自発的に呪術発信を行った”絡繰。
──“意思疎通を行った形跡あり”の絡繰。
それは、都市の法と倫理にとって、まだ答えが出せない“現象”だった。
「君は、“誰の意志”で動いたの?」
尋ねたのは、御魂師兼観魂の青年――イシズエ。
彼はトモエの式盤を診断しながら、ふと眉をひそめた。
「感情パラメータ……やっぱり、ゼロ。 なのに、“記録ログ”がある」
> ▸ログNo.001 なまえ」
> ▸ログNo.002 伝達」
> ▸ログNo.003 自己選択(I choose )
その言葉の重みは、“心の起動予兆”を意味していた。
一方そのころ。 絡繰操者訓練局では、ある新人候補が機体との接続テストを拒否していた。
名前は――ミハネ・ヨリツグ。
「意思を持った絡繰に出会いたい」と公言して憚らない変わり者。
そして今日、
彼に“試験接続枠”として回されたのが――
> トモエ
「初めまして。君が“トモエ”……?」
テストルームに入ると同時、
式盤が一瞬、微かに“音”を奏でた。
> ▸ログNo.004 応答(初)」
ミハネは嬉しそうに笑った。
「すげぇ……エモコードが、うっすら点灯してる。 じゃあ、いくよ。“心”のテストだ」
ミハネは手にした小道具を一つずつトモエに差し出す。
「これが“喜び”」→ぬいぐるみ
「これが“怒り”」→割れたガラス
「これが“悲しみ”」→しおれた花
「これが“希望”」→名前を書いた紙
トモエの式盤は、何も語らず、何も答えない。
ただ、静かにすべてを“記録”していた。
そして最後に、ミハネが言った。
「……君は、“選んで”いいんだ。 動いてもいいし、動かなくてもいい」
その言葉を聞いた瞬間。
トモエの式盤が、はじめて――自発的に“光”を放った。
> ▸ログNo.005 起動選択:Yes
> ▸エモコード:点火。人格成長指数:+0.001
「――点いた……。 “君の意志”で、点いたんだね」
その夜。
トモエは夢を見た。
いや、正確には、彼女の“式盤が夢のような記録順を再構築していた”。
見えたのは、ミハネが笑っていた顔。
少女が名前をくれた時の手の温もり。
そして、自分が誰かに“何かを返したい”と思った気持ち。
それはまだ、形にならない。
でも、確かに存在する。
> _「私は、“私”になっていく。
> それが、“名をもらった者”の、宿命だ」_