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第七話 君が笑ってくれるなら

夜明け前、薪を割る音が森に響く。

ヘンドリックは黙々と斧を振るい、木屑のついた前髪を振り払った。


「起きるの、早すぎるってば…」


眠そうな目をこすりながら、サクラが外に出てきた。


「言ったろ。薪も狩りも、俺がやるって」


「でも、私も一緒に暮らしてるんだから…大変な仕事は、分担しないと不公平だよ」


「……分担して欲しくて言ってるんじゃない」


ぽそりと、ヘンドリックがつぶやく。その声に、サクラは何も言えなかった。



あの夜から、どこかぎこちない。

「男として意識してくれ」そう言われたあの瞬間を、思い出すたびに心臓が跳ねる。


だけど、ヘンドリックはまだ16歳。自分より5つも下で、ずっと弟のように接してきた。

(何なら社畜OL時代を含めると、自分の子供でもおかしくないくらいなのに)


だから「気の迷い」「からかわれてるだけ」そんな風に、自分を誤魔化していた。


 


夕暮れ。今日はサクラの誕生日だ。


村の広場で子供たちに囲まれながらも、サクラの視線は、ずっと一人の少年に向いていた。

少しだけ、ぷいと距離を取っているように見えるその背中が、寂しそうで、愛おしかった。


「……はい。誕生日、おめでとう」


家に帰り、ヘンドリックから差し出された小箱。

中には、銀の指輪。ごく小さな石が埋め込まれた、優しいデザイン。


「これ…」


「願掛けの品。守るって、意味のあるものらしい。……サクラに、似合うと思った」


サクラは震える手でそれを受け取った。

…この世界でも、指輪に込める意味は、元の世界と同じなのだろうか。わからないけど、それでも。


「ありがとう。……本当に、うれしい」


 


その夜、二人は、焚き火の前で静かに座っていた。

今日は星がよく見える。


「……ヘンドリック」


「ん?」


「その……あの日のこと、まだ…覚えてる?」


「……当然」


「そっ、か……」


言葉を濁すサクラに、彼は一瞬だけ表情を曇らせたが、ふっと笑って頭を振る。


「でももう、無理強いはしない。無理に意識させても意味がないから。……俺のことを“好きだ”って、サクラが思ってくれるまでは」


その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。


(私……本当は、もう答えを出してるのかもしれない)


でも、怖かった。

壊れるのが。関係が変わるのが。

だから、ただ笑ってみせた。


「ねえ、明日は畑の草抜き手伝ってくれる?」


「……わかったよ。サクラのためなら、…何でも」


 


――帰り道。

ヘンドリックの表情が、ふと硬くなる。


「……どうしたの?」


「なんでもないよ」


微笑みを浮かべたまま、彼はサクラの肩にそっと手を添える。


けれど、その手のひらには冷たい汗が滲んでいた。


(魔力の残滓……誰かが、近くにいた?)


 


まだ、サクラには見えない。

けれどヘンドリックには、予感があった。


穏やかな日常は――もう、長くは続かない。


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