第六話 俺のものに、触れるな
突然、サクラは男に呼び止められた。
近くの領主の使者を名乗る男――礼儀正しく、物腰も柔らかい。
「我が主人からの使者で参りました。
これから、屋敷の方で茶会にいらっしゃいませんか?……あなたのような方が、村にいるのはもったいないと主人が仰せです」
褒め言葉。紳士的な微笑み。
けれど、視線がいやらしかった。
「すみません、私、そういうのは……」
「いえいえ、遠慮しなくてよいのですよ。
……我が主人は気の短いお方でね。さあ行きましょう」
はっきり断ろうとしたそのとき。
「――なにを、している」
その声に、空気が凍った。
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戦場にいる獣のような静けさをまとう少年――いや、“男”。
「触るな。名前も呼ぶな。目も合わせるな」
その一言に、男は思わず後ずさる。
「なんだ貴様……この女の何なんだ?」
「サクラは“俺の”ものだ」
ヘンドリックが腰の剣を抜く。
ぎらついた刃に、木漏れ日が反射してきらりと光る。
「……さっさと去れ。殺されたくなければ」
男が短剣を抜きかけた瞬間には、もう終わっていた。
足払い、肘打ち、喉元に剣――。
相手の動きすら見えなかった。地に伏せた男は、恐怖と、微かな陶酔の入り混じった目でヘンドリックを見上げる。
「ひ……っ……」
「……いい顔だ。俺に踏み潰される寸前の人間は、だいたいそんな目をする」
「ヘンドリック!!もうやめて!!!」
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サクラが抱きつくようにヘンドリックを止める。
その剣を、泣きながら押さえる。
「お願い……!もう充分だよ!殺さないで……!私、私……!」
(小説のままのヘンドリックになってしまうのは、嫌……!)
「サクラ、離れて。この虫ケラはお前を“所有物”として見てる。殺されて当然だ」
「……じゃあ……!」
サクラの声が震える。
「……なんでもする、から……!ヘンドリックが望むこと、私なんでもするから……!だから、殺さないで!!お願い!!!」
ヘンドリックの目が揺れた。
次の瞬間、剣を地に落とす音が静かに響いた。
「なんでも……?」
サクラは、黙って頷く。
ヘンドリックは、彼女の顔を近くでじっと見つめた。
「じゃあ――俺を、“男”として、見てくれる?」
「え……?」
「弟としてじゃない。子どもとしてじゃない。……“男”として、俺を見て。俺の隣に立てるのは、もう、…サクラだけだから」
ハンドリックに見逃された男は、逃げていった。
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その夜、サクラは眠れなかった。
あの強さ。冷徹な殺気。そして、何より――自分を見つめる、あの眼差し。
(ヘンドリックが……男、って……
いやいや、5歳も私の方が年上だし、そもそも家族っていうか、……社畜時代を入れると何歳差になるの…?)
(気の迷いだよ、ね…?)
頬が熱い。胸が苦しい。
でも、それは“怖さ”じゃない。もっと……近くて、体の奥から疼くような、感情だった。