第五話 小さな世界できみと
今日は久しぶりの晴れ。
朝の光が窓から差し込んで、小屋の中をやさしく照らしていた。
「ねぇヘンドリック、目玉焼きは半熟? それともしっかり焼く?」
「半熟。サクラの作るやつなら、なんでもいいけど」
「またそれ言う〜。ちゃんと選びなよ」
「……じゃあ、サクラが先に決めて。合わせる」
「ずるい!」
笑いながら朝ごはんを作るサクラを、ヘンドリックは椅子に座ってぼんやりと眺めていた。
肩にかかる髪。手際よく動く指先。ふいに微笑むその横顔。
……ずっとこうしていられたらいいのに。
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食事のあと、洗い物をしていたサクラに、ヘンドリックが近づいた。
背後からそっと抱きつくように腕を回して、あごを肩にのせる。
「ちょっ……!? 水が跳ねるから、危ないってば」
「別に。濡れても平気」
「ダメ〜、濡れたら洗濯増えるし!ほんといつまでも甘えん坊だね〜」
言いながら、でもサクラは怒らない。
小さな頃からこうやって甘えてくるのが当たり前になっていた。
「わ、ヘンドリック、また背が伸びたんじゃない?」
サクラの背を抜かすまで、もう少し。
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午後、サクラは近くの子どもたちと一緒に、野いちご摘みに出かけた。
「サクラ姉ちゃん、これ食べられる?」
「それはダメ〜。ほら、こっちのが甘いよ」
「すごい!なんでも知ってるね!」
子どもたちに囲まれて笑うサクラを、ヘンドリックは少し離れた木陰から見ていた。
表情は変えない。でも、目の奥には、複雑な光があった。
……触るな。
俺以外が、こんなふうにサクラの名前を呼ぶな。
全部、壊したくなる。
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「今日はみんなありがとね〜。あ、こらヘンドリック、そんな顔しないの!」
「……してない」
「してるってば。ほら、子どもたちにも優しくしてあげて」
「……俺、あいつらとは違う」
ぽつりと、低く呟く。
「……俺は、サクラの隣にいられる“子ども”じゃない」
「えっ?」
「なんでもない。帰ろう、荷物持つよ」
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夕飯のあと、ヘンドリックがサクラに小さな布包みを差し出した。
「……これ。今日、森で見つけた。……誕生日、近かっただろ?」
中には、サクラの好きなハーブが編み込まれた小さなリース。
香りがふんわりと広がる、ていねいな手作りだった。
「わぁ……うそ、覚えててくれたの?」
「……忘れるわけない。……サクラのことなら、全部覚えてる」
「ありがとう……すごく嬉しい」
ヘンドリックは、リースを髪に飾ってあげる。
その手が、少し震えていた。
「……きれい。すごく、きれいだよ」
その言葉に、サクラはにっこり笑う。
「ありがと、ヘンドリック。ほんと、いい弟をもってわたしは幸せだよ〜!」
……“弟”。
またその言葉。
でも、今日は笑って、流した。
この静かな時間を、まだ壊したくないから。