第三話 まだ知らない温度
薪が割れる音が、小屋の裏で響いていた。
サクラが洗濯物を干し終えて戻ると、そこには斧を振り下ろすヘンドリックの姿。
顔には汗が伝い、細身の体には筋が浮き、力強さが見て取れる。
「わぁ、たくさん割ってくれたんだね。ありがとう」
「別に」
そっけない返事のあと、ヘンドリックはタオルを受け取って額を拭く。
その仕草にふと見惚れて、サクラは首を傾げた。
(最近、なんだか雰囲気が……大人っぽくなってきた、かも)
でも、まだ子どもだ。可愛い弟。
そう思って頭を撫でようとしたその手を、ヘンドリックが無言で止めた。
「……もう撫でなくていいよ。俺、もう子どもじゃないから」
「え?」
「……狩りも薪割りも、全部俺がやる。サクラは何もしないで」
言葉が重かった。
まるで――命令のように。
「……でも、私は私でやれることが――」
「……やめて。無理するくらいなら、黙って俺のそばにいて」
目が合った。
紫がかった瞳。その奥に、ぞくりとするような強い感情が見えた。
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「ねぇ、ヘンドリック。ご飯もうちょっと食べなよ。細いんだから」
「……俺のこと、ずっと弟みたいに思ってる?」
「えっ? うん、だってそうでしょ。可愛い弟みたいに…家族だって思ってるよ」
言った瞬間、空気が少しだけ冷たくなった気がした。
「そう……」
それきり黙る。
でも、その夜。サクラが寝静まったあと。
ヘンドリックはゆっくりとベッドから起き上がり、彼女の寝顔をじっと見つめていた。
少し開いた唇。整った横顔。無防備な姿。
「……弟、か。いつまで、そう言ってられるかな」
そう呟いて、彼はサクラの髪にそっと手を伸ばす。
指先で一房だけ、やわらかくつまみながら――
「……全部、俺が守るから。誰にも触れさせない。……サクラは、俺だけのもの」
まだ声に出してはいけない想い。
でもその熱は、もう胸の奥で煮えたぎっていた。