第二話 春の蕾がほどける頃
サクラがヘンドリックを拾ってから、二年が経った。
森の奥、村からも離れた小屋。二人だけの、静かで温かな時間。
「……これ、どうするの?」
ヘンドリックは薪割りの斧を前にして眉をしかめた。
まだ8歳。体は小さいが、どこか大人びた目つきをしている。拾った頃よりずいぶんと柔らかくなったけど、それでも不意に冷たい目になる瞬間がある。
私の肉体年齢は多分、13歳くらい?正直、子供が子供を育ててるような状況である。
「右手をここに、左手はここ。怖がらないで、私がちゃんと見てるから」
サクラが後ろからそっと手を添える。ヘンドリックの肩がぴくりと震えた。
「ふん……俺に触るなよ」と言いたげな顔をするけど、いつも、されるがままになる。
「……サクラの匂い、する」
「え?」
「手。……好き」
ぽつりとそう言って、でもすぐに顔を背けた。
この子は、甘え方を知らない。
「好き」の意味も、「守られる」ことも知らない。
毎晩、悪夢にうなされてサクラのベッドにもぐりこんでくる。
寝ぼけながら、サクラの指を握って「こわい」って囁く。
そんな夜を、何度も過ごしてきた。
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小屋の外で、うさぎの罠にかかっていた動物を見て、ヘンドリックがふと言った。
「弱いものが生きるには、誰かを犠牲にするしかない」
その言葉に、サクラの胸がぎゅっとなった。
「違うよ。助け合って生きることもできる。私はそうやって生きてきたから」
ヘンドリックは、眉をひそめてサクラをじっと見つめた。
「……それ、弱者の理想論だよ」
「そうかも。でもね、私は君を信じてるよ。ヘンドリックは、やさしい子だから」
彼の目が、一瞬だけ揺れた。
信じられない、というような、だけどどこか戸惑うような光。
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「……サクラ」
「ん?」
「俺がもし……人をたくさん殺したら、どうする?」
「……そんなの、しないって信じてる」
「でも、もし。もし、俺がそうなっても……サクラは俺を嫌いにならない?」
サクラはベッドの中で、彼の額にそっとキスをした。
「それでも、私は君を愛してる。何があっても、大切に思ってる」
その夜、ヘンドリックは初めて、自分からサクラに腕を回した。
細くて震える腕。けれどその中には、確かな執着が芽生えていた。