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第2話「囁く混沌」



夜の名残が部屋の中にひそかに絡みついていた


湿った闇が黒い霧のように漂い、空気をじっとりと濡らしている 透子は重たいまぶたをゆっくりと開けた


だが、意識が目覚めるまでには長い時間がかかった いつもと違う感覚 妙な倦怠感が身体を覆っている 眠ったはずなのに、体は鉛のように重い 深く眠り込んだような異常な感覚が残っていた


異臭がした 湿った紙の香り 古びた図書館の匂い 鼻腔に染み込んでくる どこか異国的で不安を掻き立てる その匂いに誘われるように、透子は眠い目をこすりながら目を開ける


そして、目の前に現れたのは


異様な姿だった


長いまつげが影を落とす目元 白磁のような肌 黒いメイド服の裾が寝具に沈み、まるで影そのものが形を成したかのようだ


透子は息を呑んだ


──まるで死者のように静かに眠っている


背筋に冷たいものが走り、思わず身体が硬直する 彼女は本当に「眠っている」と言えるのか


静寂があまりにも深く まるで生気が感じられない まるで存在が人間ではなく、何か別の異質なものに変わっているかのように


透子は無意識に彼女に触った


その瞬間


「……いってらっしゃいませ、ご主人様」


その声は囁かれるように脳内に響いた 透子は反射的に飛び退き、心臓が跳ねる 冷や汗が背中を伝い、思わず震える


寝言なのか


だが、その響きはどこか異質で生々しく まるで透子の意識に直接侵入してきたかのような感覚があった


透子は震える指で腕時計を見る


──午前六時


ニャルは微動だにしない 時間が彼女だけを置き去りにしているかのように ただ静止している


透子はそっとベッドを降りて部屋を後にした



通勤の電車内 透子は虚ろな目で窓の外を見つめていた いつもと同じ朝のはずなのに 感覚がぼやけている 乗客の話し声が遠く 何もかもが夢の中にいるようだ


ふと反射した窓の向こうに金色の瞳が映った


透子は息を呑んで振り向く


──誰もいない


寒気が背中を駆け抜け、心臓が嫌なリズムで刻み始める 透子は目を閉じ、深く息を吐いた


──疲れているだけ


自分にそう言い聞かせるが まぶたの裏に焼き付いた金色の残像はなかなか消えなかった



帰宅した瞬間に透子は異常な空気を感じ取った


部屋の中が異様に澄んでいる どこか異国の館のような静寂に包まれている いや、それ以上に空気そのものが不自然だと感じた


「おかえりなさいませ、ご主人様」


透子は驚きと恐怖に息を呑みながら振り向く


そこに立っていたのはニャルだった 白皙の手を前で組み 穏やかな微笑を浮かべている


「ご飯にしますか それともお風呂に」


その声はまるで長年仕えてきたかのように 無理なく自然だった


透子は震える声で言った


「……なぜ、ここにいるの」


ニャルの微笑みがさらに深く 透子の目をじっと見つめる


「ご主人様が 私を望んだから」


その言葉が透子の脳裏を直撃した 確かにあの夜SNSで「メイドがいたらな」と呟いた そして、彼女がここに現れた


こんなことがあるはずがない だが、心のどこかで透子はそれを受け入れてしまっていた


透子は自分でも気づかぬうちに唇を噛んだ 悪寒とともに心の奥底に広がる奇妙な安堵感


──もう 考えなくてもいい


ただ 流れに任せてしまえばいい


透子はゆっくりと息を吐き そして言った


「……じゃあ 先にお風呂にする」


自分でも驚くほど自然な声が口からこぼれた



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