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第1話「影より訪れし者」



深夜の零時を過ぎ 倉橋透子はよろけるようにアパートのドアを開けた


長時間の残業で身体は重く まるで鉛を抱えているようだった 靴を脱ぐのも面倒になり そのままソファに倒れ込むように座り込む 少しだけ目を閉じて 無意識に手を伸ばし スマホを取った


疲れた指でスクロールし SNSを開く


──メイドがいればな……


思わず呟いたその瞬間 スマホから通知音が鳴る


「伺います」


指がぴたりと止まる


──誰?


心当たりはない フォローしていないアカウントだ アイコンには黒い影のようなものが映っており ユーザーネームは意味不明な記号の羅列だった


イタズラか こんな短時間で返信が来るなんて どう考えてもおかしい


薄気味悪さが背筋を走るが 疲れきった身体と心がすぐにそれを流し去る 今更考えるのも面倒になり スマホを放り出して そのまま眠りに落ちた



──コン と硬質な音が響いた


意識が水面から浮かび上がるように 透子はうっすらと目を開ける リビングの照明がついており 空気が妙に澄んでいる 肌にまとわりつく冷たい空気 どこからか かすかな囁き声が聞こえた気がした


──誰か いる?


重い瞼を押し上げると 目の前に一人の女性が立っていた


漆黒のメイド服を纏ったその女性は 静かに微笑んでいる


「初めまして ご主人様」


透子の眠気は一瞬で吹き飛んだ


──誰 どうしてここに


慌てて身を起こそうとしたが その瞬間 思考が凍りつく 目の前の女性が着ているメイド服が どこかおかしかった


黒──だが それはただの黒ではない


光を吸い込むような深い闇の色 その襟元には精緻な刺繍が施されており 最初は装飾かと思ったが よく見ると それが言葉のようにも見える


見てはならない


本能が警告する だが どうしても目を逸らせない 刺繍がゆっくりと変化し 意味不明な文字が透子の脳に流れ込んでくる


視てはならぬ されど お前は視るのだ お前は視てしまうのだ


透子は息を呑んだ 喉から奇妙な音が漏れ 頭がぐらりと揺れる 世界が歪んでいく


──だめだ これ以上 見てはいけない


ようやく視線をそらし 呼吸を整える しかし 悪夢は終わらなかった


そのエプロンは 奇妙に生々しい質感を持っていた 滑らかでしっとりとしながら どこか温かみを帯びている それはまるで──


──皮膚?


透子の胃がひときわ大きく跳ね上がる


「……あ あなたは 誰……?」


必死に絞り出した声に メイドは微笑みを浮かべながら 恭しくスカートの裾を持ち上げ 一礼した


「私はニャルラトホテプ ご主人様のおそばに仕える 忠実な従者でございます」


透子の背筋が一瞬で凍りつく


「ニャル……?」


その名前に どこかで聞いたような 覚えのある気がした しかし 頭の中はぼんやりとした霧に包まれていて 何も思い出せない


「ご安心くださいませ これより ご主人様の望む生活をお支えいたします」


ニャルは微笑んだまま ゆっくりと透子の前に膝をついた その足元 メイド服の裾の奥に 深い影の中で何かが蠢いている


細く ぬめり気を帯びたものが 闇の中からひとたびにゅるりと動く


──触手?


「どうぞ ごゆっくりおくつろぎくださいませ」


その声が 透子の耳に絡みつくように響く


透子は まるで逃げるようにソファに沈み込んだ 心臓が異常なほど速く鳴っている


──何なんだ この女は?


悪夢のような存在が 完璧な微笑みを湛えて そこに立っている


視界が暗転し 透子の意識は 深い水底に沈んでいくように すとんと落ちた




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