騎士
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王都を離れて数週間が過ぎた。
今夜は月が登らないが、星明かりで十分辺りは確認できる。
先の戦で痛めつけられた領地を確認するために、王様と共に、北の国境まで行って来た。
以前は枯草や雑草だらけだった大地が、見渡す限りの黄金色に覆われており、立ち働く人々の顔つきも明るくなっていた。
故郷の兄も、今年は豊作だと手紙に書いていたな。
このまま収穫が上向くようなら、領地に帰っても食べていけるかも知れない。
月の無い星空の下で不寝番を勤めていると、最後に会った晩の、満月の光を浴びた彼女の姿が思い出されてならない。
彼女の甘い髪の匂いと、柔らかな肌が恋しい。
低くやさしい声を聞きたい。
彼女とは、いわゆる幼馴染という関係だ。
田舎の隣り合った領地で育ち、互いの両親も仲が良かったため、一緒に過ごすこともあったが、それだけだった。そのまま何事もなければ、親が決めた別々の相手と結婚していただろう。
それが変わったのは、隣国との戦争だ。
王様の招集に応じて出兵した彼女の父が戦死したとの知らせが届いたのは、戦が終わりに近づいた頃だった。
傷心の夫人が病に倒れて後を追うように亡くなった後、彼女の叔父が男爵家を継ぎ、彼女は王宮に侍女として勤め出した。
自分も男爵家の三男として、身の振り方を考えていたが、領地が荒れて収入が減ったのを機会に、王都に出て騎士として働くことにした。
幼い頃から、顔立ちを褒められることが多かった。
美しい母に似て整った顔は、昔から悩みの種で、子供の頃は良く苛められた。
剣や体術の修練に打ち込んだのは、その反動であったけれど、騎士として身を立てる事ができたのだから、何が役に立つかはわからない。
だけど、根が田舎者なので、王都での生活には戸惑う事が多い。
見た目が派手に見えるせいか、女性から声をかけられたり、男性から嫌がらせをされたりするうちに、人付き合いがますます苦手になった。
彼女とは、王宮で再会した。
同郷の懐かしさに何度か会ううちに、いつしか互いに大切に想うようになった。
王宮の警護中に、王妃様から声を掛けられたのは、その頃だ。
こんな下っ端にも眼を配ってくださるなんてと、最初は感激したが、次第にそれが頻繁になった。近衛にという話も出たと聞いて、面倒な事になったと思った。
王妃様は、愛らしく魅力的で、楽しい事がお好きな方だ。
宴会や観劇が好きで、慰問や奉仕は苦手。
本質的には悪い方ではないと思うが、周囲の人間達が危なすぎる。
王様が側妃様を大切にされている事実はあるが、正妃の権力は大きい。
王妃様に言葉巧みにすり寄って、自分達の思う様に動かそうとする貴族達に、巻き込まれる危険を感じてしまった。
王妃様を通して北の国との関係を強化したい貴族と、王妃様の瑕疵を見つけて北の国の影響力を弱めたい貴族とが、互いに相手の腹を探り合いながら、王妃様を取り巻いていることは、田舎者の下っ端の騎士にも理解できた。
「王妃様には、気をつけろよ」
友人が耳打ちしてくれたが、どう気をつけろというのか。
せめて、彼女との仲を王妃様とその取り巻き達に知られないように過ごすしかない。
彼女以上に大切な人はいない。この愛が長く続きますようにと、祈らずにはいられない。
もうすぐ王都に戻れる、彼女に会えるという思いに、気が緩んでいたのだろう。
気配を感じて顔を上げたときには、夜空を黒く染め抜いて、いくつもの影が飛び掛かってくるのが見えた。