侍女頭
侍女を訪ねた後、牢を守る兵士達に、彼女の処遇についての細かな指示を出しておきました。
寝具や着替えなどの手配もしておいたので、少しは過ごしやすくなると良いのですが。
ため息をついて顔を上げると、水色の空に、ぼんやりとした半月が浮かんでおりました。
本当に、目まぐるしい毎日でした。
壮行会の後片付けの最中に発覚した、首飾りの紛失。
幸いにも首飾りは見つかりましたが、盗んだとされたのは、王妃様付の侍女でした。
彼女の部屋から盗まれた品物が見つかったという報告を受けた時には、既に地下牢に投獄された後でした。
壮行会の後、私が、首飾りが宝石箪笥の中に収められたのを確認したのです。
部屋には鍵がかけてあり、廊下には不寝番の騎士もいたはずです。
彼女が、どのようにして盗み出せたと言うのでしょう。
「もう少しきちんと、調べて頂けませんか?」
王妃様に訴えましたが、鼻で笑われました。
「泥棒猫には、それなりのお仕置きが必要よ」
旧知の騎士から、後で耳打ちされました。
『昨晩、王妃様のお気に入りの騎士が、あの侍女と一緒にいるところを見た者がおり、それを王妃様に報告した』と。
王妃様は、北の国から嫁いで来られた方です。
何年も続いた戦を止めるために、講和の証として送られてきたのです。
我が国の王様には、長年思い会った婚約者がおりましたが、戦に疲れた我が国は、異国の王女を王妃様として受け入れました。
王様は、婚約者を側妃として傍に置くことを主張され、それは認められました。
異国から嫁いできた王妃様は、公共の場では、王様の横に並び、仲の良い姿を国民には見せておりましたが、毎夜王様が眠りにつくのは側妃様の離宮だというのは、王宮に勤める者は、皆存じておりました。
王妃様の周りには、自然と、北の国との繋がりを求める貴族が集まり、王妃様のお心を慰めるようになりました。
王様は、公務以外の王妃様の言動には、あまり関心を払う様子を見せませんでしたので、次第に、王妃様とその周囲の者達の言動が目につくようになりました。
側妃様はそれを憂えて、いろいろと心配りをされています。
私が王妃様にお仕えすることになったのも、側妃様の御指図です。
王妃様からは、侍女を処罰するようにとの催促が、毎日のように届いております。
あの侍女は、先の戦で、国のために命を捧げた貴族の娘です。
無碍に扱って良い相手ではありません。
文官を遣わして、処罰は王様の御帰還の後に、正式な裁きを行ってからと説明させておりますが、納得しては頂けないようです。
王妃様を焚きつけている者達の中には、王妃様の失脚を目論んでいる者もいます。
罪のない侍女を勝手に処罰したとして、王妃様への反感を煽ろうとしているのです。
彼らは、投獄された侍女を象徴にしようとしています。
北の国との同盟を解消して、相手に攻め入る口実を与えるための、聖なる犠牲だと。
でも、この国には、象徴も犠牲も要らないのです。
先の戦で多くを失った我が国が望むものは、戦ではありません。
これは、王様と側妃様の、強い願いでもあります。
月の女神のお力が弱まっていく日々ですが、王様の御帰還までに、これ以上もめ事が起こらず平和に過ごせますようにと、祈らずにはいられません。