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8. ナヴァール辺境伯からの求婚

「ナヴァール辺境伯だと……?」

「信じられないわ。なぜわざわざ自分に粗相をした相手を妻に貰い受けたいなどと言ってくるわけ……?!」


 その日、オーブリー子爵邸の居間はちょっとした大騒動となった。訝しがる義父母に、黙ってはいられない義姉と義妹。皆が不快そうな目で私をジロジロと睨みながら話し合いを続けている。


「ね、ねぇ!どういう相手なのよそのナヴァールって人は!辺境伯ってことは……、あ、あたしたちの結婚相手よりもお金持ちってことなの?!何でエディットなんかにそんな縁談が来るのよ!おかしいじゃない!」

「落ち着きなさい、ジャクリーヌ。たしかにナヴァール辺境伯が莫大な資産を所有していることは間違いないわ……。けれどそんな辺境伯がなぜこれまで独身を貫いてきたか、それはね、かの方がとてつもなく恐ろしい人物だからよ」


 義母の言葉に、ジャクリーヌがえ?と固まる。義姉が続けて言った。


「そうよジャクリーヌ。ナヴァール辺境伯といえば、社交界で誰よりも恐れられている男なのよ。知らないの?氷の軍神騎士団長よ。他にもいろいろな二つ名があるんだから。これまで数々の戦場で血の海を作り上げ、多大な戦果を挙げてきた化け物らしいわ。私もあんたもあの夜会でナヴァール辺境伯の姿を見ていないけど、ものすごく大きな体で、恐ろしく残忍な性格をしていて、女の扱いもむごたらしいそうよ。学園でも何度か噂を耳にしたことがあるわ」

「そ……、そんなに怖い人なの……?ナヴァール辺境伯って」


 アデライドのおどろおどろしい喋り方に、ジャクリーヌが震え上がる。義父がうむ……と唸りながら顎に手を当てた。


「ああ。たしかにかなり大きな図体をしていた。夜会の日、エディットを介抱したのがそのナヴァール辺境伯だ。噂とは随分かけ離れた行動をする方だと若干疑問には思っていたが……、まさか、そこまでエディットのことを気に入っていたとは……」


 誰よりも、私が一番信じられなかった。なぜ……?あの時の騎士団長様が、一体どうして私なんかを所望されるのだろうか。

 私は一家の話をただ呆然と聞くしかなかった。義父母が眉間に皺を寄せたまま話し続ける。


「過去に何度も縁談があったのに、それを断ってこられた方よ。王家の縁戚に当たる侯爵家のご令嬢でさえお断りされたとか……」

「いや、あれは違ったろう。侯爵令嬢の方があの男の元に嫁ぐぐらいなら死んだ方がマシだとごねたんじゃなかったか」

「そんな噂はたくさんある方よ。それほどまでにどの家の令嬢たちも恐れている人物なんですもの。……それが、この小娘を……」

「…………。」


 全員の視線が私に向く。するとアデライドが面白そうに言った。


「いいんじゃありませんの?お父様、お母様。承諾の返事をお出しになったら?エディットが私たちの結婚相手よりも格上の人に嫁ぐのは正直気分が悪いけど、まぁどうせ毎日乱暴な目に遭わされて喘ぎながら暮らしていくことになるんでしょうし。それに、そんな乱暴者でもすっごい資産や私設騎士団を持ってる辺境伯様なのよ。結婚させれば、うちにもメリットがたくさんあるんじゃない?お金を山ほどもらえたりして」


 義姉のその言葉に、全身を震えが走った。そんな……あの方が、そんなにも恐ろしい人だったなんて……。


 目覚めたベッドのそばで私の顔を覗き込んだあの方の瞳は、とても優しく温かだった気がしたけれど。


「そうね。あたしも賛成よ!こいつが一番幸せに暮らすんだったら許せないけど、そんな男ならまぁいいわ。辺境伯に、うちへの支援金を吊り上げたらどう?あたし新しいドレスが欲しいなぁ。あとイヤリングも!」


 アデライドとジャクリーヌの言葉にも、義父母は頷かなかった。ただ難しい顔をしてため息をつき、やたらと顔を見合わせるばかりだった。


「……まぁ、熟考するとしよう」


 その日は義父のその一言で終わった。


 後日、義父母はナヴァール辺境伯にお断りの返事を出したらしかった。私はほんの少しホッとしたけれど、不思議にも思った。義父母はきっとすごく大金持ちの相手にだったら、私のことなんか喜んで差し出すと思っていたのに。


 それからまた日を置かずに、ナヴァール辺境伯から書簡が届いた。

 何度も手紙は届き、義父母はそのたびに話し合っているようだった。


 そしてある日、私は義父から部屋に呼ばれた。そこには義父と義母しかおらず、娘も使用人たちも、他には誰一人いなかった。






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